「嘘」カテゴリーアーカイブ

現実味/嘘/温帯魚

「変態になりたいんです。世界中に、中指と股間をおったてるような」
言葉に反して彼は真剣で、暗闇に混ざる街灯の光と相まって濡れた子猫の寂しさを感じた。そしてアタシはワクワクしたんだ。でもそれは間違いだった。

 

お悩み相談室を開こう。朝食のバナナを剥いていたら、ふとそんなことを思いついた。まだ酸味のほうが勝る物体を口の中でドロドロにしながら、考える。何を?言い訳を。

(アタシは物書きだ。まだ作品はないけど。でも、物書きだ。アイデアはいくつか頭の中にある。ただ、足りない。でも足りないだけだ。ネタが必要なだけだ。なら人の悩みを聞くことはうってつけじゃないか。ああそれに悩みのある人だって、案外他人に話したらすっきりするだろう。昔から知らない人と話すことは得意だった。ウィンウィンというやつだ)

これはたまに来る発作みたいなものだ。日常から外れたくなる。自分の価値を、確かめたくなる。
コップに入れた牛乳を口に流し込む。口内の温度に温まり甘さが強くなった粘液は、味と混ざって喉をドクドクと滑り落ちる。

(バイトはどうする?もしクビになってもどうせまたすぐに見つかるだろう。今日は行っても苦しくなるだけだし、たまには息抜きも必要だ。生きていくのならば、オモシロオカシク。でないと意味がない。どうせ私は、運がいい。何とかなるさ。それにもしもの時は実家を頼ればいい。それでも駄目なら、潔く死のう。大丈夫、たぶん。教室で挙手するのと同じだ。)

何だってできると、そう思い込む。嘘じゃない、わからないだけだ。いつの間にか、胸のあたりが重い気がすることに気付いた。残った皮をゴミ箱に投げ捨て、パソコンを開く。

(まあでも、先のことを考えても意味はないだろう。だから、考えない)

大丈夫、いつものことだと切り替え、インターネットを立ち上げる。ただ、口の中の消えない甘さに少しイライラした。

それから、午前中は人生相談とか街角の占いとかを少し調べて、お昼ご飯を食べてから中古店で折り畳みの椅子と机を買って、どこでやろうかと少し歩いて駅前から少し外れた道でアタシは腰を据えた。ワードで印刷した「お悩み相談」という文字を机に貼り、さあ来いと道路を睨み付けてから、数時間。日はとっくに暮れて、人間観察にも雰囲気を味わうのも意地を張るのにも疲れてきたときに、奴はやってきた。で、冒頭に戻る。

 

変態になりたいんです。憧れるんです。変態に。
これでも僕は真面目に生きてきました。自分からルールを破ることはしなかったし、就職もそこそこの場所に入れました。でも、それだけ。それだけです。それしか取り柄がないんです。最近ふと、なんで生きているんだろうって。生活するうえで不自由はないんです。でも、他に何もない。今までの人生を振り返って、何もないように思えるんです。
変態になりたいんです。ただ生きる目的のためだけに生きるような。こんな僕みたいに迷うことのない。嘘みたいな変態に。もっと単純に。どうすれば、なれるのでしょうか。

 

「あなたには無理ですよ」アタシは言った。
「そんなことに悩んでいる時点で、あなたは生き方を変えられません。手遅れです。そういうことに必要なものは経験なんです。残念ながら、今からでは遅いでしょう。たとえ真似をしてみたとしても、あなたはすぐにまた悩むでしょう。これでいいのだろうかと。グジグジ悩み、結局嘘のままです。あなたは幸せになれないでしょう。だから、諦めてください」

 

結局、机と椅子はゴミ置き場に打ち捨ててアタシは帰り道についた。一人で今日は嘘みたいな日だったなと呟いて、それがいつも通りだと気づいた。口の中の何もなさが、気に障った。

朝五時のサンプル/嘘/エーオー

「しゅう、」
 冬の朝、体温をふりしぼって出した声は、お湯みたいにじゅっと広がった。
「おはよ」
「おはよ」
 まだ暗い道を街灯が照らす。ブーツのつま先から冷気があがってきた。すでに見えている駅を光の梯子が通過して、車輪の音だけ耳に残してがらんとした。
「寒いね」
「うん。今日めっちゃさみい」
「聞いて。マフラー忘れた」
「うわっ、かわいそー」
「ぜったい馬鹿にしたでしょ」
「してないしてない」
「嘘つけ! いいもん。歩いたらあったかくなるし」
「新陳代謝だね」
 ふっと笑うと、白い息が昇っていく。からだのなかに熱がともった。カツカツ響く靴底と、ぶうんと鳴る蛍光灯の音。

「だからもうほんと、向こうがなに考えてんのかわかんない!」
 言い切ると由奈は味噌汁をすすった。
「東くんさあ……。思わせぶりだなあ」
「ほんっとそれ!」
「ていうか、もう好きって言うしかないよ」
「うーん、でも玉城さんがなー。気まずくなるの怖いな」
「ゼミ内で三角関係って死ぬね」
「それね」
 お腹がいっぱいになると眠くて、由奈のマッドブラウンの爪をぼうっと見た。頭の痛みがぶり返してきて、眉間に皺が寄る。
「どした、灰李」
「んー、頭痛い」
「だからそれ片頭痛だって。病院行った?」
「いってない」
「あのさあ、」
 水を飲む。安っぽいプラスチックは、視界を濁してくれた。
「原因がはっきりしてるんなら、治すためになんとかしたほうが絶対にいいじゃん。痛いっていうだけじゃどうにもなんないよ」
「うん」
ほど近いテーブルで、男子学生の笑い声がおこった。由奈がそっちに気を取られてくれたから、私は必死で熱い眼球に力を入れて耐えた。

「別に解決してほしいわけじゃなくてさ」
「うん」
「それが出来たら苦労しないと言うかさ」
「まあ、友達もいろいろ考えてくれてるからそう言ってくれるんじゃん」
「そうだけど」
 傘を刺すのは面倒くさいけど、普通にしているよりいくらか暖かいのを知っている。朝の五時、雨に濡れたタイルの道はひたすら冷たそうに見えた。
「じゃあどうしてほしいの」
「なんだろ、ね」
 頭が痛いと言うことは、今日全然寝てないと口に出すことは、もちろん自分がぼろぼろで疲れてて、誰かにどうにかしてほしいのは確かなんだけれど。
「たぶん。ぎゅってしてくれるだけでいいんだよ」
 傘の骨の先がかしゃんと軋んだ。じゃまだなあ。
 今日が、雨じゃなかったらよかった。

『いつも聞いてくれてありがとね。今度、はいりの話も聞くからね!』
 駅までの道で携帯をふとみると、由奈からメッセージが届いていた。
 寝落ちする前のやりとりで、東くんと玉城さんが付き合うことになったと知った。由奈も大変だなあと思う傍ら、その場に自分がいたらと想像して心がひりひりもする。かさついた指で文字を打ち込む。
『私は、とくに悩みはないから、大丈夫!』
『そっか。じゃあ頼りたいことができたら頼ってね!』
『うん』
 この「うん」をカタカナで送りたかった。そんで「ン」の点の傾きを、四時と五時の間のどっちかわからない角度に調整したい。その場ではスルーされて何十年あと、私のいない世界で気付いて後悔してほしい気持ちもあるし、そのまま一生気付かれなくても私の願いはかなう気がする。
 いつもの場所に付く。白い光でぼうっとそこだけ明るかった。
「しゅう」
 シュウ。
 しゅうは、シュウマイのしゅう。
 冬の朝五時、時間も分からないほど暗い。その中でひときわ明るいのは開いていない弁当屋さんの前のショーケースだ。
 整列する弁当は冷たくて硬そうで、まるで食べ物の気配はない。それでも凛と立っていて、誰も見てないくせに。
 おはよう。おはよう。私はケースの前でつぶやく。大丈夫? うん、ありがとう平気。言ってほしい言葉だけ呟く。ひとりで。そう、ひとりだ。
 けっきょく、そういうことなのだ。してほしいことをしてほしい。そんなの相手は知ったこっちゃないし、期待して悲しくなるんだから、だったら自分で賄えばいい。
 ぴとっと額をくっつける。つやつやした白米に、自分の口元が反射した。
 耐えきれなくて、顔を覆ってしゃがんだ。喉の奥からせりあがってくるものを、唇をかみしめて必死に耐える。出られなくなった嗚咽が、耳に回ってぱたぱたと鼓膜を鳴らす。旗がはためくような音だった。
 だれにも頼りたくないよ。自分で自分をなんとかしたいよ。そんな夢をずっと見ている。
 蛍光灯がぶうんといった。

弱い嘘つきは今日もゴロゴロ/嘘/猫背脱却物語

「休みの昨日は何されてたんですか?」
「ええと、一人で家でゴロゴロしてたかな…本当に何もしてないです」

はいこれ。これが私がつきがちな嘘ランキング栄えある一位。そりゃ実際にこういう日もあったりするけど、本当はどこかに出かけたり、何か映画や本を見たり、元気な日には美術館に行くなどして、何もしていない事はない。でもつい、何もしてませんでした〜あははヘラヘラ、という態度が前線に立ち、「そうですか。私はですね…」と相手にお話ターンを譲るのだ。

ついてから考えるが、この嘘って誰が得するのか。伝えた嘘と実際の事実との間に差があれば、「あれは嘘です」と言った時に相手に驚きや怒り、あるいは安堵など大きな感情の揺らぎがあったりするはずである。「あれは嘘です。実は映画を見ました。」…あるか?落差。そしてそもそも、こんな小さなドッキリ成功報告をする前に、話はもっと別のテーマに移り変わっている。
嘘は大抵、話す相手に事実以外を伝えて惑わせたり、相手に事実から遠ざけさせたりする為につくもの。何もしていないのならそんな嘘で相手が惑う事はよっぽど無かろう。ならば私は「休みの日に何かしていた」という事実から相手を遠ざけたいのだろうか。隠してどうする。どこかの有名人でもないのだから、日頃の私にオフィシャルとプライベートの分かれ目なんかないに等しい。(あ、見てたものが人には言えないようなものだった?それはあるかもねグフフフフ……嘘だけど)

それなのに、なんでここまで大した事ないのに本当の自分を隠す事に執着できるできるのか?
という疑問の提示もパフォーマンス(一種の嘘)で、答えはなんとなく知っている。多分、知られても興味がないリアクションを取られるのが怖いのだ。見た作品、感じた思い、それを隅々までさらけ出して「ふーん」と流されるあの瞬間に自分を否定された感覚を覚えるのだ。作品の方に興味がないんだと思うんだけど、そんな興味ない作品を見ている自分にも興味ない視線が突きつけられる。それならば、「家でゴロゴロしている私」という、興味を持てるか否かのステージ上にも上がってこない自分を召喚して、本当の自分は後ろに隠れる。

本音のところ、話したい気持ちがないわけない。共通の趣味であればテンション上がるだろうし、そうでなくても興味を持ってくれたらひたすらしゃべると思う。それでも話す気持ちにならないのは、いや、正確には話す気持ちにさせようとしない自分がいるのかもしれない。先に「反応薄いの怖いでしょ?」って自分に言い聞かせたら、話したい自分だって「うん……」といってしまう。嘘が口から出る以前に、自分で嘘をついているのだ。

人は自分に嘘をつける。そして自分に嘘をつける人は、相手にも平気で嘘をつける。

仕組みが分かったところで、じゃあ直そうなんて思いはわかない。むしろ安心して嘘をついていこうと、弱さを隠す仕組みに誇りさえ持ってしまいそうである。ああ弱い嘘つきよ。

ナマケモノ/嘘/みくじ

あの日〜見た空茜色の空を〜ねえ、君は覚えていますか〜♪

そういえばハガレン実写化しますね。グリード事故ったら絶対許さないからな。
という訳で(??)今回のテーマは「嘘」なわけですが、私は嘘をつくのが死ぬほど苦手です。
これは人間性アピールとかではなく、ただの面倒くさがり自己保身したがり責任能力無しだからです。
嘘は整合性考えたりバレた時に怒られたりバレないかひやひやしたりするしで面倒ばっかりです。
そう、何よりひやひやするとかドキドキするのがめんどくさい。

自分や他人に不都合が発生する場合でも嘘がつけないので黙る逃げるしか選択肢を持ちません。人を傷つけないための嘘もつけないのでほんと正直者すぎるのもただの害悪です。

あと嘘つかれるのも嫌です(当たり前だ)。
つく側が完璧に整合性とってくれるならいいんですけど。途中でぼろ出されるとこっちも想定してたものが狂うから一から考え直さないといけないから。
あ、でも隠し事と嘘は苦手ですが、歌の歌詞にもあるように「果たせなかった約束」が嘘になるならそうでもないかも知れない。
遅刻魔だし、グループで遊ぶお誘いはドタキャンするし「今週中にはやっときます」とかだいたい達成されない。歯医者を予約してすっぽかしたことなんかは数知れず。

ってその方が相手の予定狂わせるからダメだ。
イメージと違う、嘘つかれた気分。みたいな事ってあるじゃないですか。
私はよく第一印象が真面目そうとかおしとやか(?)とか言われるのですが全くそんな事ないので、個人的に接する可能性が高い人には初対面からやたらとクズアピールしてしまう。
「もっと真面目な子かと思った」、「こんな子だと思ってなかった」はよく言われるし人によって良い意味で言ってくれる人もいますけど。
さっきも申し上げた通り遅刻魔だからというのも大きい。私がきっちり時間通りに来れる想定でいられると困る。
結局、嘘というか惰性の話になってしまった気もしますが、惰性が過ぎて嘘をつけない、嘘にしてしまうのです。

嘘だろう!!!/嘘/仄塵

もし母が嘘をついていたら、あなたの世界は崩壊しますか?

登場人物は全員視覚に障害がないとする。お母さんは赤ちゃんに「りんごの色は青、空の色は赤ですよ」と教え続けていた、赤ちゃんの色彩に対する認識は「一般人」とまっ逆になった。やがて赤ちゃんは幼稚園に行き、先生に「信号が赤の時には止まり、青になったら道を渡っていいよ」と教われる。その日子供は初めて信号機を見た、早速今日勉強した事を確かめようと、彼は「赤く」灯ってる信号機に向かって走っていった。そして車にぶつかり死んだ。

可愛い可愛い4歳の子供の死の原因が判明し、すべて人が母親を批判した、「なんでそんな嘘を子供に教えるんだ!」と。

いやいや、それはあなたたちが思い込んでいた「真実」を幼稚園の先生が一方的に教え込んでしまったではないか。

真実を明かした方が悪い。

「信号は青の時に止まり、赤の時に歩くのよ」と教われたら、あの子は事故を回避する事が出来た。そしてお母さんの言う事をずっと忠実に信じて実行していたら、無事に育つでしょう。しかし彼はとうとう絶望する日が来るのに違いない。なぜなら、この世には「真実」という水準が母より先に確立し、受け入れられていたらから。

嘘は真実なしには定義するようもない。それなら真実はあなたには分かるのか?辞書を引くと赤は「人間の血や、燃える火に代表される明るい色」と定義されている。なぜ血の色は赤と呼べなければならないの?私はどうしても青と呼びたいな。多分「正気か?」と言われる。それならあなたに「血の色はルージュだよ」と教えよう、あなたは納得できないだろう。しかしrougeはフランス語では赤を意味する。

そう、今あなたにも分かっただろう。すべては言語のせいだ。嘘が姿を現せるのは、言葉という媒体に乗せたからだ。しかし真実もまた言葉によって証明される。「りんごの色は赤だ」という真実を述べる時に、まずりんごの色を赤と定義する言語系統を承認しなければならない。真実が存在するところは客観世界でも人の心でもない、言葉の中だ。

数多く存在する言語世界における事柄は、どれが真実なのかを判断する拠り所は、どれほどの人の言語系統に存在するのかということ。それは、私たちは他人から衝撃なことを告げられた時に、第一声に「嘘だろう!」と叫んでしまう原因を説明出来る。

なぜあなたの嘘は嘘くさいのか。それは既存の言語系統に新たな要素を加えなければならないから。一種のクリエーティブと一緒だ。それなら、嘘をつけばつくほど、あなたの世界はより多彩になる可能性も十分にあるんだ。

 

いき-ぐるし・い/嘘/五目いなり

息をする度、鼻の奥から、まるでクイズゲームで間違えた時の様な、「ブーッ」と言う音が鳴る。

初めの内は鼻風邪でも引いたのだろうと思っていたけれども、その音がだんだんにひどくなり、ついには周りの人たちにも聞こえ始め、「これはなんだかおかしいのではないか」と思い始めた頃には、皆が気味悪げな表情をしながら遠巻きにこちらを眺めていた。つい先日まで不通に話をしていた友人でさえ、今では近寄ろうとはしてこない。その度に自分に「大丈夫だ、きっと風邪が治ったら鼻も皆元に戻るさ」と言い聞かせてはいるのだが、そうするとまたしても鼻の奥から、出港の汽笛にも似た、「ブーッ」と言う音が鳴る。碌にため息さえ、つけやしない。

病院に行ってもその原因は分からぬままで、耳鼻咽喉科の医者でさえ分厚い眼鏡を押し退けて、鼻に突っ込まれた白くてふわふわした、『如何にも私は無害です』と言いたげなようにすら見える綿棒についた、邪悪な粘液を興味深げに眺めている。「どうやら風邪ではない様ですな」と言う声に落胆しつつ、「はあ」と返事をしかけると、また鼻の奥から、今度は見当違いな時間に鳴ったアラームの様な、「ブーッ」という音が鳴った。

息をする度漏れる音の正体は以前分からぬままではあるが、鼻の奥からその奇妙な「ブーッ」と言う音が鳴る度に、気分はだんだんと落ち込みゆく。それは丁度、鼻に詰まった不愉快な粘液を、体中のありとあらゆる管のなかに流し込んでいくかのような不快さで、その様を頭の中に空想すると、どうにも息が苦しくなった。

呼吸をする度、小さく「ブッ」「ブッ」と間違いを知らせるブザーが鳴るため、息をする度に自らの呼吸と異音に『お前が生きていることが間違いなのだ』と言われている様な気さえする。しかしだからといって呼吸を止めてみると、息が苦しくなった辺りで鼻の奥から、まるで咳止めていた水が流れ出したかのような勢いで、「ブブーッ!」と音が漏れるのだから、どうする事も出来やしない。あまりのうるささに息を止める事も忘れ、少し荒くなった呼吸を整え始めると、鼻の奥の異音はまた普段通りの「ブッ」「ブッ」と言う音に戻った。

目に映るものを眺める時には、また、何か食物を味わう時にしても、漂う音に耳を傾けている時も、必ず鼻の奥からは「ブーッ」という音が鳴る。最早周りの人間もその異音に既に興味を失ったらしく、時折険しい視線を投げかけるだけで、誰も何も言わなくなった。そうすると煩わしいことはない筈なのだが、また気管に粘液が詰まった様な息苦しさと、いつかの歌の様に運ばれていく仲間を見送る豚の鳴き声の様な、困惑した「ブー」と言う音が鳴った。鳴り続けている。

鼻から洩れる不可解な異音は、その後鳴り止むことはなかった。周りの人間からの視線、鼻の奥の不愉快な息苦しさ、そしてその鳴り止むことのない騒音から、無意識に梁にロープを垂らしていた。手に持ったロープを輪の形に結んだらその時初めて一瞬音が切れたが、深呼吸をしてもう一度ロープに手を添えると、途端に「ブーッ!ブーッ!」と、災害を知らせるサイレンの様な音をまきちらす。その異音と共に激しい痛みが鼻の中を突き抜ける。鼻孔の血管が切れていたのか、気が付けば以前音が鳴り続ける鼻からはぼたぼたと赤い粘液が垂れていて、何故だか全ての不幸が終わる様な予感が、した。

すると、どうしたことか鼻の奥から響いていた奇妙な異音はぱったり途絶えた。あとには床にぶちまけられたどろどろとした赤黒い血だまりと、輪の形に結んだ一本のロープだけが、目の前に残っている。鼻から空気を吸ってみると、不愉快の血の匂いが全身を駆け巡り、思わず背筋が粟立ったが、あの奇妙な、まるでクイズゲームで間違いを告げる様な「ブーッ」と言う音は、もう聞こえてはこなかった。

友情って/嘘/やきさば

女の友情はいくつになっても厄介だ。

ことの発端は、半年ほど前に先上る。
関東圏に住んでいる高校の友人たちと久しぶりに会うことになったのだ。
正直その時の自分は、大学の課題とサークルとバイトを両立するのに精いっぱいで、スケジュールに友人と遊ぶなんて予定が入る余裕は全然なかった。

それでもやっぱり久しぶりだし、なんとかして会いたい。キツキツのスケジュールをこじ開けて遊びの予定を入れた。

が、当日になって私は熱を出してしまった。
といっても、嘘だ。こういう旨のラインを入れたのだ。当日になって遊びに行くのに嫌気がさしたからだ。
日々の忙しさからの睡眠不足と、だるさが勝って、しかも交通費をかけて東京にまで出て、5000円ほど費やしてサバゲーをしに行くなんて言うから、無駄な出費だと思ったのだ。
東京に向かう前の予定をこなしてもう疲労は限界だったし、お金がないから東京まで出たくないし、第一サバゲーなんてあんまり興味ないし。アンタが好きなアニメとコラボしてるから行きたいだけだろ、そんなんに付き合わされてもこっちは何も楽しくない。

「そっか~体調大丈夫?じゃあうちらだけで楽しんでくるね!お大事に!」
まあ、嘘だと疑われてるだろうな…と感じながらとりあえずその日はそのまま見送った。

その二か月後、また遊ぼうという話になった。
嘘ついたことは反省して、今度はちゃんと予定を調整して、しっかり遊ぼうとわたしは気持ちを改めた、のだが。

その日は急にサークルが入ってしまった。しかもオーディション。遊ぶ日の二日前くらいに突然言われたのだ。
うちの音楽サークルは月に一回オーディションを開催していて、毎月レギュラーメンバーを更新している。レギュラーメンバーにのりたいわたしはこの日を休めるわけがなかった。
なんて間が悪いんだと思ったが、仕方がない。
正直に話して時間を遅らせられるかの提案、それが無理ならお断りのラインを入れた。

ら、キレられた。
「正直最近、わたしたちのことないがしろにしてない?こないだだってドタキャンしたしさ。ラインの返事だっていつも遅いし、もうそれなら遊ぶ必要ないよね。全然こっちはいい気がしないよ。もう終わりにしよう。」

…は?

なんでいきなりキレられなきゃいけないんだ、ドタキャンって言われてもこっちだって先輩にいきなり言われたんだから、どうしようもないって言ってんじゃん。ラインの返事が遅いとか別にしょうがなくね?気づいたら返すようにしてるし、第一いつもどうでもいいやりとりなんだから、別に遅くたっていいだろ。ラインの返事が遅いから怒るなんてメンヘラかよ!意味わかんな!こっちはこっちで予定があるんだよ!

が、ここはこらえた。高校の時の一番の友人たちをこんなところでなくすわけにはいかない。嘘をついたのは悪かったし、わたしに非があることは確かだ。

怒りをぐっとこらえ、イライラしながらごめんなさいという旨のラインを送った。
すぐに返事が来た。

「わたしも怒りすぎちゃったかも!ごめんね!でもやっぱりやきさばにはもう少し自分のスケジュール管理を頑張ってほしいなあ…。無理なら時間を遅らせて代替案をたてるとか!これからは気を付けて!わたしもこんなことで喧嘩したくないからこれからもよろしくね!」

カチーン。なんなんだこのテンション。なんなんだこのわたしが許してあげてる感。
だいたい、スケジュール管理頑張ってって、オーディションのことは突然言われたんだから
仕方ないって言ってんじゃん、しかも代替案をたてろってたてたらそっちが勝手にキレたんだろ!?意味わかんな!こいつ、私が謝ったのをいいことに調子乗ってるだろ!人の行動に文句つける前に自分の行動見つめなおせよ!

このラインには既読だけつけて終わらせた。

そして今、また遊びの予定がたちつつある。
ここまで本心とは180度違う嘘のラインを送り続けたが、次はどうなるのだろう。
わたしは心から友人たちと遊べてよかったと思えるのだろうか。
嘘で固め続けた友情、次回作に期待。

依存/嘘/なご

 

人は嘘と依存して生きているのではないだろうか。

 

これまで大小はあれども嘘をついたことがないなんていう人はだろう。

私自身よく嘘をつく。

遊びで帰りが遅くなった言い訳として「学校で課題をやっていた」

ギャンブルで負けたにもかかわらず結果を「とんとんだった」

学校に行きたくないがために「あ、2限休講になった」

これらの嘘であるが、ついた方もつかれた方も「いやいや、絶対嘘でしょ」と心のどこかでつっこんでいる気がする(ついた方はもちろんわかっているのだが)。

ただ、人はそこに実際つっこみを入れたりはしない。

つっこむかどうかはお互いの関係にもよるのかもしれない。この嘘たちは私が母に対してついたものである。

21にもなってあんな小学生みたいな嘘をついて恥ずかしい限りなのだが、母だって絶対に嘘とわかっているだろう。

バカ息子につっこむのが面倒だという思いもあるのか、何も言わず付き合ってくれている。ありがたい。

こんな話を聞いたことがある。

「嘘をつくときは、その場で嘘とわかる嘘をつけ」

きっと何かの漫画かアニメのセリフだったような気がするのですが、思い出せないです。誰か教えてください。

嘘と信頼というある意味反対の位置にある二つの言葉は実はつながっていて、信頼関係が成り立っているからこそ「すぐわかる嘘」が活きてきて、何かと人間関係を円滑に動かしているのではないだろうか。

 

 

うーん、この話どこか破綻していると思ったのだが、よくよく考えてみれば親子以上の絶対に崩れない信頼関係なんて私には存在しないので、とても特殊な条件で一般を語ろうとしていたことだ。母以外に嘘つく相手がいないというのもなんだか悲しい話のように思えてもきた。

ということで、今まで話全部「嘘」でお願いします。

 

 

ついていけない「嘘」について考えようと思う。

そもそもついて良い嘘があるのかどうかという議論はさておきだ。

人を貶めようとする意思のもとでつかれた「嘘」ほどひどい「嘘」はないだろう。

ただ、世の中そんな「嘘」でありふれている。結局人と人とが関わる、コミュニケーションをとるということと「嘘」とは切っても切れない関係にあるのだろう。

 

 

あーダメだ。このスタジオ入って文章書くようになってからというもの違和感というか書きたいことが見つからないのに必死にだましだまししながら、嘘をつきながら浮ついた文章を書いているような気がしてならない。きっと文章書く力が無いからとか、きちんと校正とかしてないからとか、最近全く本を読まなくなって例にもれない形での「活字」ばなれになっているからとか、まぁ理由をあげようと思えばたくさんあげられて、でもそれは言い訳でしかなくて、自分についている「嘘」なわけで。このまま「嘘」をつき続けてもいい結果が生まれないってわかっているのにどうしようもできないというか。そもそも「嘘」って言ってるだけで、テーマに沿わないただの「愚痴」になってしまっているのではないのだろうか。やはり答えは見つからないし結局書くしかないんだろうな、「嘘」たちを。

 

これからも「嘘」に依存して生きていこう。それで死んだらそれはそれで。

出来るのだとそっと私たちに嘘をつく。/嘘/どみの

永久機関という言葉をご存じだろうか。エネルギーを作るためには何かしらのエネルギーを供給しなければいけない。自動車の動力エネルギーには、ガソリンを燃やす火力エネルギー、蛍光灯の光エネルギーには、電力というエネルギー、電力というのも火力や、風力、地熱、太陽光のエネルギーが必要である。しかし、永久機関(正確には第1種永久機関)というのは一度動かしたら、仕事をし続ける装置のことを言う。つまりエネルギーの供給を必要としないのだ。そのようなものが出来れば、世界のエネルギー問題は一気に解決しそうである。人類は古くからこのような夢の装置の開発に取り組んできた。

しかし、今日私たちは実在する永久機関を知らない。多くの科学者たちが設計図を書いたのにもかかわらず、成功した試しがない。その設計図たちは、至極論理的で私たちに期待を与える。一方で、エッシャーのだまし絵『滝』のように巧妙に矛盾を孕んでいるのだ。

“無限”“永久”“永遠”私たちは、これらのことばに憧れそして夢を見てきた。無限を実現する。それはシンプルにして難解な問題である。不死といった伝承として、数学的な理論として、私たちの身近にある無限は、”∞”といった記号や時には濃度といったもので表現されてきたが、無限の存在を証明することは、どのジャンルでもかなえられないのが事実である。そもそも私たちが住んでいるこの宇宙が、有限であるから。しかし、この世界が無限でないと証明できるものもない。だから私たちは、夢を見続けるのだ。証明が出来るかもしれないと私たちは私たちに嘘をついて生きている。嘘じゃないかもしれない。でもそれは蜃気楼のように淡く幻のような存在である。

 

ところで、永久機関の発明の後日談はこのようになっている。失敗という経験の積み重ねの結果、エネルギーの総量は一定に保たれるというエネルギー保存の法則(熱力学第1法則)が得られたのだ。これは高校物理で必ず学ぶ物理でも基本的な法則の一つだ。

無限の存在、タイムマシン、宇宙旅行、地中探検など、嘘みたいな存在の探求は決して悪いものではない。実現するにしろ、しないにしろそれらは何かしらの影響を私たちに与えてくれる。科学的な産物だけではなく、文学が、芸術が発展していった背景にはどこかで不可能を可能にしたいという想像力の存在がある。

この世で嘘と、幻と言われているものが実は存在する。そんな夢を一度は見たことないだろうか。未来の世界で発明される永久機関に「うそ!」とそんなふうに驚いてみたいものである。

初めての/嘘/YDK

じゃあね、ばいばい。
約1年近く付き合っていた彼氏と一昨日別れた。不思議なことで、涙は一滴も流れなかった。あっちはボロボロ泣いていたけれど。まぁ私は泣かなかった、と言っても寂しさに近い、心もとない感覚がつきまとっていることは否定できない。

LINEが全然来ない時。
家に帰っても誰もいない時。
夜1人の時。

当然のようにそこに存在していた人がいなくなるってこんな感じなんだと思った。初めての恋愛で初めての別れだから、自分の感情に頭が追いつかない。心の中でどろどろ、ぐちゃぐちゃ、さっぱり…。どうしてこうなったんだろ、って考えてみる。

私はちょっと前から自由にさせてくれない彼氏が好きではない、と主張していた。彼はずっと前から私のことを好きだと言っていた。かまってちゃんで誰にでもいい顔をする私のことが好きで嫌いだと。自分のことは雑に扱うくせにどうして他の人には優しくするのか、とも言っていた。私はそのたびに、

「あなたのことを信頼しているから、家族と同じように扱っているから、却って扱いが雑になってるんだよ」

という説明をしていた。一度も信頼されたことはなかったけど。信頼されないことにも私は怒っていた気がする。

だけど、私のこの主張が本当だったのか今でもわからない。自分のことなのにわからないっていうのは卑怯なのかもしれないけど、私の中ではそう理論づけられていたし、ピタッと辻褄の合う説明だと思う。でも彼の言う、好きならわがまま聞いてくれてもいいよね?っていうのも理解できたから、どうしたらよかったのだろう。私は誰にでもいい顔をしたり、誘いに乗ったりしないで、ちゃんと彼との時間を作るべきだった?さすがにサシで遊びに行くのはダメだった?でも、全部やりたいじゃん。19歳なんだから、ぱーっと自由に生きたいじゃん。1人の人に縛られたくないじゃん……

縛る…?

嘘。彼は私のことをまっすぐに好きでいただけだった。私は縛られてる自分に酔って、彼氏がいるのに他の人とも遊ぶ自分が大好きなだけだったのかもしれない。要は他の人からも愛されたかっただけ。でもやっぱり夜は寂しいから、
ねぇ、私のこと好き?

愛してるよ。
そんな茶番を繰り返して、彼のことを騙して、身体だけを繋げて、ぎりぎりのところで彼の気持ちを無くさないようにして、愛を計っていた。もらってももらっても足りない。不安だからまた気を引こうとする。浮気まがいのことをする。本当に相手のことを信頼してなかったのはどっちなの?
どうして、私は、泣いてるの?