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「呪われた少年」、拘留し経過観察 東京/嘘/さくら

 警視庁は23日、国内で発生している殺人事件・殺人未遂事件に関して、多くの事件に関連していると考えられる、いわゆる「呪われた少年」を、東京都葛飾区にある東京拘置所に試験的に拘置したことを発表した。

 警視庁の発表によると、この少年はここ1年間で、数多くの殺人事件に何らかの関与をしているとみられ、関連する事件における死者数は推定で1500人程度とみられている。
 一方で、事件との事実関係が認められる前に拘置をするという措置への人道的な観点から、疑問の声も多く挙がっている。

 宇曾田警視総監は、「少年のら行動範囲と、ここ1年で断続的に起きている殺人事件の分布が概ね一致しており、また事件発覚から犯人の特定までの時間が平均して36時間程度と、あまりにも短い。そして関連事件において、全身黒タイツの状態で殺害行為に及ぶなど、犯行グループの手口が酷似しており、少年と一連の事件に関連性を認めざるを得ない」と述べ、「本来、逮捕すらされていない個人を拘置所に拘置するという行為は、重大な人権違反にあたるが、今回は、拡大を続ける一連の事件群に対しての一般の方々のご不安にも配慮した結果で、やむを得ないものという認識である」と結んだ。

 拘置された少年は、東京都内の小学校に通学している住所不定の小学生、(自称)江戸川コナンくん(えどがわ・こなん、7歳)。「少年は戸籍を持っておらず、彼についてわかるのは、ただ都内の探偵事務所に居候しているという事実のみであり、偽名である可能性を否定できない」と少年犯罪に詳しい眉津羽教授は指摘する。

 警視庁は今後、拘置日の3日後に本来少年らが向かう予定であった、和歌山県白浜のホテルに厳戒態勢を敷き、事件の拡大予防に努める方針であると明らかにした。また、警視庁では、少年と同様に多くの殺人事件の発生に関与しているとみられる高校生の少年、金田一一くん(きんだいち・はじめ、17歳)についても同様の措置を行うべきか検討中の段階にあると述べた。

 なお、拘置翌日の24日には、東京拘置所に全身黒タイツの男が侵入し、警備員1人が殺害される事件が発生しており、これまでの事件の犯行グループとの共通点が多く、関連性が見られることから、慎重に捜査が進められている。 (波智門新聞社、佐倉)

嘘なのか/嘘/ゆがみ

私は不器用で素直な人だから嘘をつくのが下手糞である。

周りの人がどのように自分のことを捉えているかは知らないが、少なくとも自分ではそう思っている。しかし、この文章を見ただけでそう思う人はいない。それは嘘が言葉そのものでなく、むしろ態度によって表れるからである。ここ10年20年で急速に広まったインターネットで行き来する情報のほとんどは文字のみの情報である。もちろん、それまでも新聞などの出版物や電報、手紙など文字情報はあった。しかし、出版物は作る人が限られるし、電報や手紙もわざわざ日常的に送るものではないだろう。しかし、現在では多くの人が毎日のようにメールをしたりSNSに書き込んだりしている。

「嘘も方便」ということわざがある。ご存知の通り、うそをつくことは時と場合によっては必要だという意味である。これは時に正しいことを行ったりやりたいことをやったりすることよりも周囲に合わせることが美徳とされる日本特有の考え方であると言える。このスタジオでも物語以外の文章を書きたかったものの、周囲の空気に流されてなかなか書けなかった人がいた。このことが発覚したのも実際に顔を突き合わせて話したからである。これに対して「これまでのスタジオでそういう話が出なかったではないか」という反論があるかもしれない。しかし、実際に今までスタジオを行っていく過程の中で「ダラダラしているな」という共通認識があったからこそ話し合いが行われたのだろう。仮に実際に会ってのコミュニケーションが無ければ気づかれなかったのかもしれない。

もちろん、文字だけの情報の方が物を言いやすいという人もいるだろう。実際、2ちゃんねるでは、匿名であることもあるが、なかなかリアルの世界では言えないような発言が飛び交う場になっている。自分はやっていないのでよくわからないが、twitterでもリアルと違って饒舌な人もいるのではないだろうか。しかし、そこで交わされるのは文字情報のみであるため、当然だが表情や動作などのそれ以外の物を知ることはできない。「了解です」という言葉をリアルの世界で言えば、渋々言っているとか喜んで言っているとかいうことがわかるかもしれない。しかし、ネット上の「了解です」にはそれ以上の意味はない。初めのほうで述べたように、今では誰もがネット上のやり取りをできる今の時代、誰もが他人に気付かれぬままに自分にも他人にも嘘をついているのかもしれない。

 

 

※一応最後に誤解のないように言っておきますが、サイバースタジオに対して反対意見として言っているわけではありません。この流れの中で書いても信じてもらえないかもしれませんが(笑)

嘘でも売りたい/嘘/きりん

四月一日といえば、何を思い浮かべるだろうか。新学期?あるいは某漫画の眼鏡の彼?

ともあれ、四月一日は一年で唯一”嘘をついてよい日”である。

一応そこにも秩序はあって、これは今回調べて初めて知ったのだが、嘘をついてよいのは午前中のみ、午後にはネタばらしをしないといけないそうだ。即時でも良いのだが、最近は企業などもはりきって考えてくるものだからこういう線引きは必要なのだろう。ちなみに、エイプリルフールに嘘をついたことのある人の割合はさして高くないらしい。若い世代ではまだしも、年齢層が上にいくほど減るとか。そして私もこの一日で嘘に成功したことがない。そもそも四月あたまなんて大体忙しいし、気がついたら二日午前で「あっ、昨日一日だったんだ。エイプリルフールか…!」というのが毎度のこと。エイプリルフールという言葉には知名度があり、なによりせっかく嘘の許される日なのになぜ毎年気づかずに過ごしてしまうのかを少し考えてみようと思う。

まず、エイプリルフールにはパッとした由来がない。諸説あるものの、恋人の日!でもなく、感謝を伝える!わけでもなく、ただ嘘をつく、こどもの教育には良くなさそうなイベントだ。誰に対してどんな嘘をつこうか、数日前からドキドキしてどうしよう!なんてこともないだろう。そもそも日本の学生の四月一日は新学期前の春休み中だ。クラス替えや入学を控え、もともとの仲間とも春休みでしばらく顔をあわせていない。その状況下で冗談でも嘘をつける相手はかなり限られるのではなかろうか。

また嘘は、言葉は物質じゃないから、企業としても商品戦略が立てにくい。即日中という縛りがあるから電報も難しい。強いて企業利益に直結しそうなところを言うなら、エイプリルフール企画を実施することで得られる好感度と知名度ぐらいか。けれどデパートでエイプリルフールフェアをやるには至らない。

なら、もしエイプリルフール商戦を起こそうとしたらどんな商品が考えられるだろうか。驚かす系パーティーグッズ、限定販売のお酒、嘘用と釈明用二通セットのメールテンプレート、あとは間違いさがしカードや絵本。等々、ぜひ考えてみていただきたい。

皆の嘘が世界を救う!?/嘘/オレオ

皆んな、嘘付くのはいけないっていうけどさ、やっぱり必要だと思うよ、嘘。
なんで皆んな嘘を付くことに対して叩きまくるかっていうと、嘘を付かれたっていう立ち位置で全て考えてるからだよね。

ただそれだけ、自分が嘘付かれると不快だから、嘘ダメ絶対的な。

でも、自分が嘘付く分には当たり前だけど自分で自分を正当化して許しちゃうよね。これはしょうがないってね。だから、このシチュエーションは嘘付いた方が全てが円滑に済むなってな感じで人はナチュラルに嘘を付く。冷静に考えてみれば非常に合理的かつ論理的。嘘付くことによって、嘘を付かなかった場合に生じる衝突や摩擦を防ぐことができるんだから何も悪いことは無い。

これが唯一デメリットになる時は、その嘘が相手にバレた時だけ。それも、嘘付かれて傷ついたからっていう感情論だけで問答無用に叩かれる。加えて嘘を付いたことによって信頼とか信用を結構な割合で失う。こうしてみると、嘘ってギャンブルなのかもしれない。嘘をつき通せばギャンブルに勝って今まで通り円滑な人間関係を構築することが出来る。嘘を付いたことがバレてギャンブルに負けたら、そこ信用というチップを根こそぎ持ってかれちゃうみたいな。

でも中には「良い嘘なら付いてもいい」とか抜かす輩がいるわけですよ。なんだよ「良い嘘」って。いや、分かるよ。本当はどういう嘘のことを言ってるのか何て僕だって分かってますよ。相手が知りたくない事実をあえて言わないで、代わりに嘘を言って相手を安心させてあげるみたいな感じのヤツですよね、ハイ。でもね、それって本当に「良い嘘」なのかね。僕からしてみれば何も知らない「良い嘘」を付かれた人は凄く滑稽で哀れなな人間に見えてしまうと思うんですよ。つまり、悪く言ってしまえば他の人が事実を知っているのに、自分は何も知らずにのうのうと生きてるってことだからね。例えその人がその事実と立ち向かえる意思を持っていたとしても、「良い嘘」を付かれたせいで、解決できるはずの事実が抹消されてしまったのだから、永遠にその人はその事実に立ち向かう機会を失っちゃうってことだよね。それって案外虚しい気がするんだよね。自分の力量が相手の優しさという自己満足で測られちゃうんだから。

まぁ、こうして書いてみれば嘘を付くことは絶対に悪だ!って言えるよね。でも、ここでやっぱり言えるのは、付かれた本人が気付かない、つまりは嘘付いたことがバレなければ全て解決なんだよね。

だから、改めて言うけど嘘っていうのはバレなければ全部丸く収めることのできるソサイエティの古代兵器みたいなもんだよね。つまり、皆んなが皆んなバレない嘘を付きまくれば結果的にそれが世界平和に繋がるんじゃないかな。

マリオネット/嘘/JBoy

2016年3月24日付の週刊文集に持ち上げられた、「ショーンKの嘘」という見出し。

 

さわやかで端正なルックスと、低く野太い渋い声や軽快な語り口などから、視聴者受けもよく、様々な番組に呼ばれる人気コメンテーターであった。また特徴的な声を生かして、intel等の有名なCMのボイスを担当したり、自身のラジオ番組を持つなどますますメディア進出の進む中で起こった今回の騒動は、いかにして起こったのであろうか。

 

まず驚くべきは、2016年に入ってから芸能界、その他政治界などを沸かすほどの大型事件を次々に暴いてきた週刊文集の情報力だ。経済的な裏側は、雑誌業界の衰退と春秋自身の経営的安定にある。ネット技術の普及で紙媒体の業界全体があおりを受ける中、老舗月刊誌「文芸春秋」などの安定的な収入源から徹底した取材体制を敷くことができる。

 

話を元に戻す。この一連の騒動で一番問題視されているのは、ショーンK氏が自身の学歴を詐称したということである。公式プロフィールには「テンプル大学でBA、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得。パリ第一大学パンテオン・ソルボンヌに留学。」とあり、その内容に偽りがあったという。実際には学位取得はおろか、中途退学していたり、一般人にも公開されているセミナースクールを受講したに過ぎないという状況であった。この学歴詐称を発端として、彼の持つ情報や肩書、ひいては外見や出自まで疑惑の目が向けられることとなった。

その一つに本職としている「経営コンサルタント」という肩書にも疑惑が持ち上がった。

だがこれに関しては、医者や弁護士が国家資格を必要とする職業であるのに対し、特別な資格は必要とせず、実際のところは自己申告に近いものであるという。

さらには「鼻を成形したのでは?」、「カツラでは?」といったような声も上がってきて、学歴詐称を契機に芋ずる式に疑惑の念や実際についていた嘘が暴かれる事態となってしまったのである。

 

この一連の報道に対し世間の反応は二分された。「学歴詐称は悪い」という前提の下で、本人の能力があれば問題ないのでは、という声と、メディアへ露出する仕事はその人の学歴を含む経歴も加味したものであり、嘘の学歴で舞い込んだ仕事は当然降板すべきという声だ。

擁護派の多くの人たちが述べるのは、日本という社会がそうあるべきであると望んだ結果であるとの主張である。学歴、ハーフ、そういった外向きのラベルをありがたがる世間の価値基準にある種「順応」させられたのでは、と脳科学者の茂木健一郎氏も自身のブログで綴っている。

 

此度の事件を人形劇に例えるならば、いったい演者は誰か。「ショーン・マクアードル川上」が主人公の人形として、自身をよく見せようとした「川上伸一郎」か、それとも経歴を求めた「社会」か…。

参考文献 「ショーンK 経歴詐称の全貌、彼はなぜ偽ったのか?」

編著 時事研究会

発行者 赤井 仁