「嫌い」カテゴリーアーカイブ

シイタケが/嫌い/T

何がおいしいのか分かりません、シイタケ。臭くね。食感ぐにょぐにょしてるし。(好きな人、すいません…。)

なんでアイツはあんなに保育園の給食によく登場するのでしょうか。どれだけ苦しめられたか、その頃。私のクラスはお残しは許しまへんで~的な担任の先生で、自分の皿のごはんをすべて食べ切るまで席を立たせてもらえなかった。そんな先生の監視下で行われる給食の時間に、煮物の中にシイタケである。終わった。

ただでさえ人一倍給食を食べるのが遅かったT少年。まず煮物以外の献立をとりあえず食べます。その後、煮物のニンジンやゴボウ、鶏肉などをとりあえず食べます。おかずの皿に残った3つのシイタケ…。とりあえず眺めます。

給食の時間の終わりは、だいたい12時。その少し前になると先生に一度お伺いをたてるのです。ちょっと具合が悪そうなテイストも含んだ声で、「せんせい、しいたけのこしてもいいですか?」先生の機嫌が良いときは、しょうがないわね1個はちゃんと食べなさいで済むのです。しかしそんな時は稀なのです。だいたいは全部ちゃんと食べなさい、残しちゃダメと怒られます。なんでだ。

そうこうしているうちに掃除の時間が始まるため、私とシイタケは机と椅子ごと教室の隅にもっていかれて、埃が舞う中で格闘するのです。地獄。周りの子にもからかわれるし。大好きだったさえちゃんも一緒に笑ってるし。T少年、半泣きです。もうどうしようもなくなったので、献立と一緒に出てくる麦茶を使って、噛まずに鼻をつまんで流し込むという最後の手段に出ます。3つのシイタケを1つずつなんとか飲み込んだころには、掃除も終わってクラスの皆は昼寝の準備です。…シイタケが給食に現れた日は、毎回こんな感じだった。

 

今考えると、なんであんなに必死になってシイタケ食べようとしてたんだろうって思う。なんでこっそりティッシュにくるんでトイレとかに捨てたりしなかったんだろう(後から聞いたら、うちの母は苦手なものが出た時はそうしていたらしい。ひどい…。)。残飯を絶対に許さないという保育園の給食文化も謎だし。何を目的にしていたんだろう。嫌いなもの、苦手なものにも、とりあえず立ち向かえという精神修行か。別に食べ物使ってやらなくてもいいのに。ただその甲斐あってか今では私も普通にシイタケ食べられるようになった。嫌いだけど。

あれから4年/嫌い/眉毛

わたしがどれだけ、他人に、嫌われないように、嫌われないように、毎日気持ちを我慢して過ごしても。わたしがどれだけ、できるだけ笑顔で、できるだけ気を遣って、周りの評判を気にしてやりたいことも我慢して、目立たないように叩かれないように、毎日そうやって過ごしても。なんでだろうあの子は好き勝手いつもしているくせに、わたしの欲しいものを全部手に入れる。あの子はかわいい。確かにかわいいけど、だからといって全てが赦されるほどでもない。他人の悪口結構言うのに、あの子のいるクラスはあの子色に染まるし。男とすぐ付き合ったり別れたりして、男子もあの子のそういう面を悪く言ってるのに、結局あの子には彼氏が絶えない。そして結局あの子はわたしの行けなかった大学に進学した。私は浪人してもそこに行けなくて、もちろん今の生活も楽しいし、周りの人にも恵まれているとは思うけど、なんであの子なんだろう。なんであの子は全てを手に入れていくのだろう。私も欲しいものばっかり。

 

 

私だって腹が立つこともあるし他人の悪口言いたいこともある、なのにそれをちょっとは愚痴ってもあの子ほどおおっぴらに悪くは言わない。私だって彼氏は欲しいけど、友達のついこないだ別れた男とは付き合えないし、第一いま私に彼氏ができたら軽いと思われそうだから付き合えない。そうやって自分の恋愛に周りの目はつきものでしょう。私にできないことをあの子はずっとしてる。私がなれない人間にあの子はなっていく。

 

 

今宮戎の福娘にも選ばれたらしいよ。すごいね、応募する度胸がすごい。自分の容姿に自信がないと応募できないなあ。春からテレビ局で働くんだって。本当にすごいね、あなたの持ち前の図太い神経で、どうぞ辛い仕事をこなしていってください。

 

 

仲良くもないくせに何かしらんけど同窓会で話しかけられた。「来年就活頑張って!一緒に働こう!」やって。何なん。そもそもあなたの就職先すごいねいいね、とは言ったけど、私も目指してるとかあなたと働きたいとか一個も言ってへんやん。何なんむかつく。高校生活言っとくけどあんたのこと嫌いやったからな。しゃべる機会はあったけど、最後まで仲良くなられへんかったし、やのに卒業してもあんたの動向は気になってたわ。相変わらず図太い神経で、めっちゃ嫌い。ほんまはめっっっちゃくちゃ羨ましいけど。そういうとこやで。あんたにだけはなりたくないから。

紙一重/嫌い/ゆさん

歳を重ねて、以前よりもなにかを「嫌い」だと思うことが少なくなった。

 

高校生くらいまで、嫌いなものや嫌いな人がひどく多い子どもであったような気がする。そしてさらに悪いことには、思ったことはストレートに表に出すような我慢のできない子どもでもあったため、今思えば無駄に敵を作り、周囲と積極的に交わろうともしなかった。

 

子どもの頃から、集団行動が苦手で、小さな教室に押し込められ、クラスメイトと隣に座り、同じ授業を受け、班活動をすることが苦痛で仕方なかった。そんな空間で、他人の粗を探してそれを非難して壁を作ることは、幼いわたしにできる唯一の防衛手段だったのだろうか。

それに対し大学は本当に楽だ。自分で勝手に授業を組み、勝手にサボり、一日誰とも話さないなんてことザラだ。誰かと繋がりたければ繋がって、気が向かなければ離れる。それが許される今の生活は、ぬるま湯にぷかぷかと浮かんでいるようで心地よい。

 

なにかを嫌うことのエネルギーはすごい。それのどこが嫌いか、相容れないか、気持ち悪いか、不愉快か、持てる限りの言葉を尽くして語ろうとするときの熱量は、好きなものについて語るときのそれを圧倒的に上回っているような気がする。

いまのわたしは、昔のわたしに比べて、圧倒的に「好きなものにだけ」囲まれて生きている。なのに、なんだか空虚だ。本当にそれが「好き」なのかすらわからない。

嫌いなものに囲まれていた時は、「嫌いなもの」と「好きなもの」の対比があったから、好きなものがより輝いて見えた。例えば、大嫌いな数学の授業の後は、大好きな古文の授業が楽しかった。しんどくてしんどくてたまらないテストを終えた後、大好きなバンドのライブに行けるのは幸せだった。わたしの好きなものたちのことを、わたしはきっと間違いなく、好きなのだろうと思う。でも、好きなものに関して積極的に語ろうとすると、どうしても言葉に詰まる。それの何が好きなのか、わからない。説明できない。「嫌い」を語らないと「好き」が浮かび上がってこないなんて、なんて不器用なんだろう。

 

嫌いなものやひとを見ているときはイライラするしムカムカしてたまらない。でもかなり細かく見ている。凝視していると言ってもいい。そのとき、わたしはその嫌いなものを通して、好きなものを見ているのかもしれない。

嫌いから好きに転じるのはけっこう簡単なことだ。好きなものと違うからこそ、そこに興味が湧くのもよくあることだ。そう考えたら、好きなもののことしか見ていないわたしは、もしかしたら人生半分損しているのかもしれない。

身を尽くしても/嫌い/ノルニル

結局ぼくは、嫌いだと認めたくなかったんだ。


この世界にほんのすこし、「合わない」人がいた。趣味が合わないとか話が合わないとか、そういうんじゃない。きっと今まで生きてきた道が違うのかも。
自分のなかの「あたりまえ」が他人にとっては違う、そんなことは考えなくても知ってる。でもほとんどの人が一緒に持てるものってあるはずで、ぼくは今までそれを頼りにやってきて、それなりに周りの人にも恵まれていたつもりだ。

 

だからぼくは、「きらい」じゃなくて「苦手な人」と思うことにした。
きらいって想いで括って人をそんなふうに決めつけて切り捨てる。そんなことが、どうしてもできなかった。
その理由はやさしさとはかけ離れたもので、自分なりのやり方が通らないなんてことを認めたくなかっただけ。自分を否定されたような気持ちに耐え切れなかっただけで。
そうして全力でつきあって頼みごともきっちりこなして、迷惑をかけられても心から好きだと疑わないようにした。結果、得られたものはお礼のひとことも、謝罪のひと欠片もなかった。

 

最初に、見返りを求めちゃいけないって誓ったはずだった。
人には誠実に。これまでそれをずっと守ってやってきて、でも世の中には相容れない人もいて、もちろんそれは理解できる。
でも、どうしても縋ってしまう。これだけ頑張って、君たちに数えきれないほど与えて尽くして、だから少し、ほんのちょっとぐらい返してくれてもいいんじゃないかってそう願ってしまう。
期待しなければ失望することもないっていうけれど、今度こそ次こそなんども何度でも、がむしゃらに進んで針金の絡みついたからだに血がにじんでも、その甘い香りに酔いながら救われる日を待ち望んでいる。

 

「人間には、自らを傷つける人に惹かれる性質がある」という言葉を聞いたことがある。まさに今がそれなんだろう。けどそんなこともう関係ない。
例えこの身を滅ぼそうとも、まだ諦められないんだって、そう信じていたい。

嫌う、嫌われる/嫌い/ボブ

私は平気で人を嫌う。ああいう性格の人が嫌い、こういう価値観の人が嫌いと言ったように。そして嫌いな人の基準は最近になってやっとつかめるようになった。私は嫌いになった人は基本的に排除してしまう。例えば、嫌いな人の話は軽く聞き流していたり、曖昧な返答をしていたり。またその人が目に入らないことだってある。なぜこんな客観的であるのかというと、私は無意識的に嫌いな人を排除しているからだ。そして後になって思い返してみると、大抵相手に対して罪悪感を感じている。しかし、人には好き嫌いがあるから仕方ないとどこか納得する自分がいるのだ。だからこれからも私は平気で人を嫌うのだろう。

 

だが、嫌われることとなると話は違う。私は人に嫌われたくない。しかも、たちが悪いことに私が好きな人であっても嫌いな人であっても、つまり誰からも嫌われたくないと思ってしまう。そして、嫌われて排除されることはもっと怖い。小学校中学校高校と、排除され、孤独になる人を見てきたからだろうか。私は今まで、幸か不幸か特に人に嫌われたという経験がない。嫌われたくないという気持ちが先走って、知らぬ間に嫌われない術を身につけてしまったのかもしれない。周りの人が人間関係でトラブルを起こして、自分も少しは関係があったとしても私は傍観者という座を決して譲らない。傍観者という立場は誰とも軋轢が生じない、安全な立ち位置だからだ。窮屈に感じることはあることはあったが、排除されるよりはマシという考えに最終的に落ち着いてきた。

 

人のことは平気で嫌うことができるのに自分が嫌われるのは怖い、なんてどっからどう見ても虫が良すぎる。結局私は自分が傷つきたくないだけの弱虫ポンコツ野郎なのだ。そんなことは重々承知している。それでも今日も他人に合わせて嫌われないよう、慎重に生きている私がいる。きっと私はこのまま人に嫌われることを恐れながら生きていくのだと思う。なぜなら、自分のそんな弱さが好きな私がいるからだ。

小さくても色々考えている/嫌い/ふとん

 

幼稚園の年長さんくらいに仲良くなった、ゆいちゃんという子がいた。

そのころどうぶつの森というテレビゲームがものすごく流行っていて、ふたりともそれを持っていたのがきっかけで、気付いたらいつも二人でいるようになっていた。

ゆいちゃんはとにかくわたしを束縛したがる子で、他の子と遊ぶといつも怒った。

 

小学校でも同じクラスになると、それはどんどんエスカレートした。

 

入学してすぐ係決めがあった。

先生が黒板を指しながらこの係をやりたいひと、と言って手を挙げたらそこに入れる仕組みだった。ゆいちゃんが先になにかに手を挙げた。挙げながらめちゃくちゃこっちを見ていた。

わたしも手を挙げろという意味だったのはなんとなくわかったし、その係をやりたいと少し思ってもいたけど、ずっとゆいちゃんと一緒なのも飽きるような気もした。

それに、やれといわれるとやりたくなくなるあまのじゃく精神を小1の私は持っていたので、違う係に手を挙げた。

すると全員挙げ終わって黒板に名前を書くときに「なんでそんなのやるの!?」とキレられた。

自分のやりたいのをやっていいんだよ、と言う先生と、キレながら説得し続けるゆいちゃんに挟まれ、結局ゆいちゃんと同じ係をやることになった。

 

 

ゆいちゃんが掃除当番の昼休みに、こっそりさやかちゃんと遊ぼうとしたことがある。

さやかちゃんとグラウンドに向かおうと階段を下りていたところで、異変に気付いて全力で追いかけてきたゆいちゃんに見つかった。

「わたしとさやかちゃん、どっちと遊びたいの!?」

ゆいちゃんは自信ありげだった。ここでさやかちゃんと答えたらゆいちゃんが怒るのはわかっていた。わかっていたけど、言った。

「いつもゆいちゃんと遊んでるからきょうはさやかちゃんと遊びたいかな」と。

次の瞬間、ゆいちゃんが走り出した。外は雪が積もっているのにコートも着ないでグラウンドに飛び出した。

わたしは内心、非日常な出来事にわくわくしてにやけそうになりながら、焦っているふりをしてゆいちゃんを追いかけようと思った。

急いでコートを取りに教室に戻ったとき、状況を察したえりこちゃんに「あんなのほっとけばいいじゃん、追いかけちゃダメ」と引っ張られた。

家に帰ってこの話をしたとき、母親が「えりこちゃん大人だね」といった意味が、今ならわかる。

 

 

ある日ゆいちゃんが突然、男子に「嫌い」と書いた手紙を渡そうよ、と提案してきた。

目的も利益もない意味不明の誘いだった。でもゆいちゃんがすごく楽しいことのように言うので、私もやることにしてしまった。

ゆいちゃんはすぐに書き終えて隣の男子に渡したようだった。その男子はあまり傷ついた様子はなく、前の方の席で冗談を言い合っているのが見えた。

わたしもやると言ったからにはやらないといけないと思った。

紙に相手の名前とその二文字はとっくに書き終えていて、隣の席の男子に渡すだけだった。

いざ渡すとなると、いけないことのような気がして、やっぱり渡さないでおこう、と思ったところで、隣の男子が私の手の中の怪しい手紙の存在に気付いてしまった。

「それ、何が書いてあるの?」

そう言われて急に、これは絶対に見せてはいけないものだと確信して、なんでもないよ!と言って隠した。

小学1年生がそんなことをいわれれば気になるに決まっていた。頑張って隠し続けたにもかかわらず、もぎとられて中を見られてしまった。

その子は平然を装いながらもすごく傷ついていたように見えた。本当に嫌いなわけがないのに、悲しませてしまって自分も悲しくなった。

しばらくして、その子が床に捨てた手紙を先生が拾って、わたしが書いたのがばれて、先生にものすごく怒られた。先生に怒られるなんて初めてで辛くて、たくさん涙が出た。

ゆいちゃんがやろうと言ったことも、同じことをやっていたことも、言えばいいのに言わなかった。

ゆいちゃんは怒られて泣いている私を見ながら何も言わずに通り過ぎていった。

 

あんなに翻弄されたのに、ゆいちゃんのことを嫌いと思ったことはなかった。

成長するにつれてゆいちゃんの性格は落ち着いていって、違う中学に通いながらたまに遊んだりもしていたけど、同じ高校を受験して私だけが受かって、そこから連絡をとらなくなった。

いま、どうしているかな。

嫌ブロック/嫌い/フチ子

嫌いなもの。パクチーとかいう雑草。トイレ掃除を嫌がる男。ニキビ。レジ打ち。ネイルの剥げかけ。裏や可愛くない部分があると信じてかまかけてもボロが出ない性格の良い美人。団体行動。喉痛いのと咳が止まらない風邪。体育。

いろいろあるけど、どれも語れない。興味のないもの、好まないものは徹底的に排除して生きてきた。ママも昔から「好き嫌いなく食べなさい」と口うるさく言うタイプではなく、「これ食べないなら同じ栄養素を含むこれ食べなさい」と勧めるタイプだった。無理して食べた覚えがないから、時が経つにつれて大体のものが美味しく食べれるようになった(雑草だけは克服できないけれどしようともしてない)。

大抵のことは避けられる。性格が合わない人もいるけど、避け続ければ自然に関わらなくて済む。こんなにも人がうじゃうじゃいる世の中で、わざわざ合わない人に固執する必要はない。一人でいる自分を好きになる方が楽だ。

自分の感情を出さない子は嫌いだ(掃除を嫌がる感情を出す男も嫌いだけど)。出会った当初と、その後の会話や関係に進展がなくてでつまらない。感情を表情や言葉、文章で表してくれたなら、私なりに解釈をして、心地よい関係を少しずつ作っていけるのに。

体育、と書いたけれど、正確には違うような気がしてきた。縄跳びや竹馬、一輪車、鉄棒、フラフープは好きだし、歩くのも短距離走も嫌いではない。問題は先生や運動のできる友達に教えてもらうことにある、あれが最強に嫌い。フォームとか、こうすればいいんだよみたいなアドバイスの言っている意味はわかるし、頭の中のイメージは完璧なのだけど、体がその通り動かせない。上手く動いていない私をみて、言葉が理解できてないと思われてひたすら説明が繰り返される。あの、わかれよそろそろという圧に耐えられない。運動できない人の気持ちもわかってよ!という感じ。運動音痴の人しかわからないだろうな、このありがた迷惑。

放置してほしい。自分のできないことは自分がわかっていて、迷惑かけそうになったら自分から去っていくから、貶すか哀れんでくれていい。できないことに対する期待が嫌いだ。このストレスが溜まることで、大きなニキビの原因になる。ニキビこそ大嫌いな産物なので、二重苦だ。嫌いなものからは逃げる。向き合わない。違う選択肢を探す。それでいい。

と言いながら今一番嫌いなのは、バイト先の同僚だ。仕事上避けられない。トイレ掃除も細々した仕事もしない、その人のミスの尻拭いをしたら、ありがとうごめんねもなしで「おつかれ」と言われた。女全員俺の下と思ってるあの人は、度々助けてあげる私は自分に対して何らかの好意を持ってるとでも思ってるんだろう。

早くブロックしたい、さようならしたい。

八方塞がり/嫌い/縦槍ごめんね

「人の汚いところばかり見ていると汚い人間になってしまうわよ。」

それが昔からの母親の教えでした。私は人に合わせて、出来るだけ嫌われないように嫌われないように生きてきました。いわゆる八方美人でした。

その生き方のおかげなのか学生時代は誰にも嫌われることなく、普通に生活を送ることができました。たとえ人の嫌なところが見えたとしても、見えないふりをして決して悪口は言いませんでした。クラスの人達にはなんて人間が出来ているの人なんだろうと思われていたことでしょう。

しかし、社会人になってから私を取り巻く環境は一変したのです。社会という場所は人の汚い部分で溢れかえっていました。皆が皆、無責任で自分勝手。そんな中でも私は生き方を変えることはしませんでした。私は絶対この人達のようにはならないと心に誓ったことを今でも覚えています。まぁ本当のことを言うと今更、この生き方を変えることに恐怖感を抱いていたのです。私は本当に臆病な人間です。

就職してから2ヶ月、私は上手く使われる人間になっていました。学生時代はたくさんいたはずの友達も一人として出来ませんでした。皆が私にいい顔をするのは仕事を頼むときくらいのものでした。これやっといて、あれやっといての大合唱。でも私はそれを断るすべを全く身に付けてはいなかったので、ニコニコしながら全て受け入れてしまうのでした。

ある日、会社で休憩室に行くと先客がいました。それは、今まで全然話したことのない同僚でした。

「峰岸ってさ、本当に都合いい奴だよな。」

「いや、でもいつもニコニコしてて気持ち悪いよな。すごい薄っぺらい感じしてなんか友達とか無理な感じだわー。」

「まぁ、俺もよくわかんねぇけど、ドエムなんじゃね(笑)。」

聞こえてきたのは、私の陰口でした。最初はなんで悪口を言われているのか分かりませんでした。あぁなんだろうこんなに嫌な気持ちになっているはずなのに、まだ私ははむかうことに恐怖を覚えていました。

それ以降、私は会社にいけなくなりました。人を見ると怖くて怖くてたまらなくなったのです。おそらく私は精神を病んでいるんでしょう。でも人に会うのが怖いから病院にも行けません。誰か助けてください。

もう、八方塞がりです。

皆さんも八方美人には気を付けて。

坂の街/嫌い/なべしま

ずっと、ずっと。この下り坂はこのまま延々と続きます。この街の坂道は全部下り坂。
おかしいでしょう。そう思います。だから多分昔は上り坂もあったはず。それでも何の差し障りもありませんから、みんな平然と生活しているのでしょう。下り坂である分には、楽なもんですし。一度役所に質問しに行ったことがあります。こんな感じでした。
ええまあ、それについては今調査中でして。いま、まあ大声では言えないんですが、ちょっと問題がありましてね、ええ。こちらとしても……いや!そんな放置するつもりはありませんからね、ええ。善処しますから。上に提出しておきます。云々。
よく覚えていませんが、要領を得ないことを言われました。煙に巻かれたのかもしれません。その後掲示とか、回覧板とか、そんなのもなし。だからといって早急に解決するような問題でもないから、かまわないのですが。
前にお友達に聞いたことがありました。
「ねえ、このあたりって」
「ええ?なに?忙しいんだけど」
豪快な唸り声を上げる毛玉取りの機械を、タイツやセーターにかけていきます。安物だよ、とのことですが、なかなかの性能でしょう。年に一度の文化祭。その準備のために、わざわざ衣装まで用意して、彼女は張り切っていたのでした。高が、かき氷屋なのに。
「坂道、多くない。それも下り坂」
「上りが多いよりいいじゃない」
「そうだけれど、でも、不審でしょうに」
「そんなこと言ってあなた、あれ。買い物行きたくないからごねてるんでしょう」
毛玉取りに溜まった糸くずは、手毬にできそうなほどの大きさになっていました。惜しげもなくぼそっとゴミ箱に突っ込む潔さ。
「そんな人をナマケモノみたいに。すぐ行ってくるから。一時間で帰ってくるから」
そんなことを言われて、うやむやにされたのでした。本当にめんどくさかったからかもしれませんが。帰ってくるころには、山ほどの布を抱えて、そんな些細な質問は頭から飛んでしまっていたのでした。
そう、ここでも確かにおかしい。あの買い物は、自転車で向かいました。坂道をすべるように下って、爽快な気分でした。帰り道、どこに使うのか見当もつかないような大量の布を自転車の荷台に縛り付け、崩れないように注意しながら坂を下りました。なぜ、一度も上らなかったのでしょう。




「ねえ、私行くわ」
「どこへ」
「だってここ、変だから。そう、試しにこの坂をずっとずっと下ってみる。どう、いい考えでしょう」
「どうして」
「気にならないの?」
彼女は不服そうな顔をしていました。わからないのでしょう。いつか何かで読みました。精神的に向上心のないものは馬鹿だって。
「私は、別に」
それなら、彼女は馬鹿なのかもしれません。
「この世界って、本物だと思う?本当の世界ってあると思う?」
「本物じゃないの?私はいないってこと?」
私は彼女を否定したいわけではありません。そうじゃないの。
こんな場所を受け入れてしまえるなんて、彼女は馬鹿かもしれません。それでも、それは、彼女を嫌う理由になるでしょうか。
「ごめんなさい」
「それでもいいわ。だって私、貴方が好きよ」
唇よりも、彼女の髪の毛が先に、私に触れたような気がします。顔の、薄い皮膚が震えたようでした。



下り坂は、どんどん暗くなっていきます。日暮れでした。
色々なものが転がってきます。
ビニールを絡ませた蜜柑。ビー玉。箸。
坂道ですから。一度転がったら止まらないのでしょう。それらはよく転がるものでもありますし、やむなしです。
不安と、旅の高揚感がありました。残してきた彼女のことは、少し心配です。良い友人でした。
普通の世界を見つけられたら、迎えに来ようと思います。