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荒らし/嵐/ピーポ

吹くからに 秋の草木の しをるれば 
むべ山風を 嵐といふらむ

百人一首にこんな歌がある。
筆者の拙い古文力で現代語訳すると、
「山から秋風が吹き降りてくると、とたんに草木を枯れさせて荒らしてしまう。なるほど、だから山風を嵐というのだなぁ。」
となる。
この歌は冬の到来を歌ったもので、まさに今の時期にピッタリな歌だ。
山に風がついたものが嵐だとすると、山に嵐がついたものがヤマアラシである。
ヤマアラシの棘は鋭く、ゴム製の長靴を突き破るほどの硬度を持つ。
また、棘は防御に使われるのみならず、背中側から敵に突進するなど、攻撃にも積極的に使用される。
そんなヤマアラシを題材にした哲学用語がある。
「ヤマアラシのジレンマ」というもので、簡単に解説を行うと、これは自立欲求と他者と一体になりたいという欲求の間で揺れ動くジレンマを表現している。
ヤマアラシは体を寄せあってお互いを温めあいたいと思うが、針で相手を傷つけてしまうので近づけない、というものだ。
しかし、原文によると、精神的に卓越した人ほど非社交的であり、凡夫ほど人との慣れ合いを求めたがるという意味らしい。
学問の世界ではこのような取り違いが非常に頻繁に起こりうる。
少し例が違うが、医学用語などは誤訳の宝庫である。
例えば帝王切開という語。
実際の作業内容だけを想像すれば、帝王の要素はどこにも存在しない。
なぜこのような日本語訳になっているのだろうか。
元はドイツ語のKaiserschnittに由来する。
これはKaiser=皇帝、Schnitt=手術をそのまま直訳してしまったがゆえの誤ちである。

まとまりのない思考を嵐のように書き綴り、思考の場を荒らすという試行を行ってみた次第である。

媚びる/嵐/ふとん

自分を演じるようになったのはいつからだろう。

愛されたい、好かれたい、可愛いと言われたい、ちやほやされたい。
時々、そんな感情が身体中からどろどろと無限に湧いてきて、ぐるぐる流されて中心の真っ黒にくぼんだ深い穴に呑まれそうになる。

わたしは男に好かれることに何よりも幸せを感じるような、安っぽくてつまらない女だ。

小学校でも中学校でも、わたしはモテた。
勉強を頑張っていて、常に誰かに恋しながら奔放に過ごしていたわたしは誰かにとって魅力的に見えたんだと思う。しかしいくつもの私の恋が叶うことは無かったし、好意を示してくれた人を好きになることも無かった。

高校生の頃だろうか、誰かが自分を好きだと思わないと満足できなくなったのは。
男性に好かれるためにいろんな自分を演じるようになった。
数学の先生の前では頻繁に質問に行くまじめな子。
体育の卓球で一緒になった男子の前では素直な明るい子。
塾で一番有名な先生の前では、ミステリアスな落ち着いた子。二人きりの時を狙って話しかけて、渾身の「恋している目」で見つめた。
街ではすれ違う男の人の「あの子可愛くない?」が欲しくて、ふわふわした雰囲気の女の子がするような微笑みを纏って歩いた。

結局、そんなことばかりして醜い自分を隠して、繕って、誰にも本当の自分を好きになってもらえなくなった。

こういう男に好かれたくてしょうがない女は本当の意味で男に好かれることは無い。
男は皆、可愛いのに自分の可愛さに気付いていないような、無邪気で素直な女の子が好きだ。
男にちやほやされたいと思ってしまったら最後、無邪気で純粋な女の子をどれだけ必死で演じようがどこかでぼろがでるし、完璧に演じて愛されたところでその愛は演じている女に向けたものであって本当の自分に向けられたものではないため虚しさばかりが残る。
こういう性格の悪い女は開き直ってメイド喫茶で働くか、オタサーの姫になるか、風俗嬢になるかして不特定多数の男を取り巻いて満足したような気になっているしかないんだろう。

今こんな感じ/嵐/ばたこ

心が動かない。日々停滞し、腐っていく。

 

夢があった。手を伸ばしても背伸びをしても、今いるところからじゃ絶対届かないような、そんな夢が。

ここにいても届かないから、その夢に少しでも近づくために階段を上り始めた。今まで登っていたのとは別の階段。今まで一緒に同じ階段を上ってきた友達はみんな応援してくれた。

最初は順調だった。ただがむしゃらになって駆け上がった。いくつもの障害を難なく跳び越えて、飛び越えて。

でもその間に、いろんなものを落っことしてきちゃったらしい。

いっぱいいっぱい駆け上がって、いっぱいいっぱい落っことしてきた。それでもいいんだって本気で思って、本気で駆け上がった。

少し疲れて足を止めてみた。あれがいけなかった。

ふと上を見上げてみたら、今まで見えていた、向かってきたはずの夢が見えなくなってた。前より全然近づいたはずなのに、ぼやけて輪郭さえあやふやになってた。いつの間にか、眼鏡もコンタクトも全部全部落としてきちゃったらしい。

服の一つだって着てなかった。走ってる間はそれが気持ちよかったのに、ふと立ち止まるととても恥ずかしい。隣の階段をかけている人に笑われた。…気がする。

なんだか悔しくなってまた走り始めた。でも不思議、今迄みたいに走れない。周りの目とか、落っことしてきた忘れ物とか。そんなのばっかり気になって、怖くて足を踏み出せない。

そのまま地団太を踏んでたら、あとからあとから、次から次に後ろの人に追い抜かされてく。…気がする。

不安で不安でたまらない。一歩先の段なんて見えなくて、一歩前の段だってぼやけてる。

なにしてんだろ。てか、なにしてきたんだろ。

なにがしたかったんだっけ?

すると不思議、それでも光ってくっきり見えるものがある。

前歩いてた階段。友達がたくさんいるあの階段。そこだけはキラキラ輝いて、ずっと遠いはずなのに、今いる足元より全然くっきり見えるんだ。

あっちの階段に戻りたい。…気がする。それが正しいかなんてわからない。

分からなくて、怖くて、不安で、不満で、不安定で。とうとう一歩も進めなくなった。とうの昔に引き返す方法も乗り換える方法も忘れてしまった。

風ひとつ吹かないこの場所。暖かくも寒くもないこの場所。ここにいたら死んでしまう。この場所に殺されてしまう。それだけはわかるのに、踏み出し方を思い出せない。

怖くて怖くて仕方ないから、ここに家を建てることにした。立てつけ完璧、雨も風も入ってこない。オートロックだってついてる立派な家。これで安心して生きていける。何も心配することなんてない。…そんなわけない。

今は嵐を望んでる。この家も、この状況も、弱い自分も。全部全部まとめて吹き飛ばしてくれるような、そんな嵐を。

 

心が動かない、日々停滞して腐っていく人生の中で、僕はひとり、嵐を望んでいる。

 

お目汚し失礼しました。

クラスの/嵐/シュウ

忘れもしない、あれは僕が中学三年生の12月のことだった。何があったのか、オチを言ってしまうと、クラスが荒れた。一言で言ってしまえば、これだけであるが、僕に人生に少なからず影響を与えることになったのは間違いないだろう。

担任との面談で志望校を決定し、日に日に近づいてくる受験当日へ向けてラストスパートをかけ始めたころだった。彼女が転校してきた。鷸沼凪。凪と言う名前にふさわしく、おとなしげな様子で、整った顔をしていた。美人というよりも、可愛いと言ったほうがしっくりくる。

「初めまして、鷸沼凪と言います。みなさんとはもうそんなに長い時間を過ごすことができませんが、どうぞ仲良くしてください。よろしくお願いします」

転校初日、教室の前に立った凪は、みんなにそう挨拶をした。

受験が近づいているからと言って、中学生が休み時間もずっと勉強しているわけではない。休み時間になると、凪のまわりをクラスの女の子たち(と言っても、クラスの上位にいたグループであるが)が、囲んでいた。「どこからきたの?」「可愛いね」「学校を案内しようか?」なんて、声をかけていたが、そんなことはうわべだけで、彼女を自分たちのグループに取り込もうとしている魂胆が、目に見えていた。けれども、凪はグループには入らなかった。一週間たっても、どのグループに属することはなかった。

そうなると、放ってほかないのは男子である。しばらくすると、凪のまわりには女子ではなくて、男子が集まるようになってきた。自覚的なのか、それとも自然なのかは、今になってもわからないが、凪は誰に対してもやさしかった。すぐに凪はクラスのマドンナになった。そうすると、行為を持つようになる奴が少なからず出てくる。凪をめぐって男子の関係が悪くなって来てしまった。

結果、男子のみならずクラス険悪な雰囲気となった。お互い敵対心を持つようになった男子、男子にちやほや凪を良く思わない女子、男子と女子の関係性も悪くなっていった。凪いでいたクラスに凪が結果的に嵐起こすことになってしまったのである。受験勉強もあまり気乗りしなくなってしまった。最終的に僕は志望校に落ちた。僕に限らず、クラスの大半は志望校に落ちた。

凪が転校してこなかったら、平穏の凪のままだったのにと思うが、そればかり仕方がない。クラスを荒らした嵐は凪が起こす。

さみしい彼ら/嵐/θn

『村内の皆様にお伝えします。明日は水神祭、明日は水神祭です――』

 いつもなら、こんな蔵を訪ねてくる人は限られている。だからこそ今日のような日は異常だし、私がこの光景を見かけるのは最初で最後なのだろうとぼんやり思った。

見たことない使用人に明日の装束の話をされ、村長の息子だとかいう人に明日の籠の話をされた。沢山の人の往来に、頭がくらくらしてきたから少しだけ休ませてくれと頼んでようやく周りが静かになった。今日と明日だけ、私は誰よりも大切にされる。

 扉が開けられる音がして振り向けば、敷居を少し跨いだぐらいのところに彼は立っていた。見慣れた姿に安堵する。明日の衣装なのだろうか、彼も私と同様、妙に気張った格好をさせられていて滑稽だった。

「どうしたの、コウちゃん。」
「……。」
「黙ってないで、なんか言えば?」

心がささくれ立っていて、それが暴言になってコウちゃんにぶつけられた。「何か話せ」というどうってことない指示。それが彼にとってどれくらい残酷なのか、私は知っている。

コウちゃんは祭司になるために育てられた、特別な人間だ。だからみんなが遊んでいるときに儀式の手順を勉強したし、みんなが学校に行っているときに大人に混ざって村の会議に出ていた。

何よりコウちゃんには祝詞以外の言葉が与えられなかった。

話せないわけじゃないのだと思う。現にたどたどしく私の名前を呼ぶことだってある。それでも会話らしい会話をしたことはないし、言い表す言葉をしらないからか、目立った感情表現もしない。
コウちゃんは、本当に、どこまでも可哀想な青年なのだ。

だから私と、唯一心を通わせられた。

「いよいよ明日だってさ。笑えるよね。」

ずっと昔、先人たちはこの土地が水神様のものだとわかっていながら開拓し、豊かな土壌を得た。その罰なのだろう、この村では五年に一度嵐がくる。畑を洗い流し、家屋を吹き飛ばすような大きな嵐が。水神祭はその天災の被害を最小限に抑えるべく始められた行事だ。コウちゃんみたいな祭司が水神様をお呼びして、村の若い女の子を生贄として捧げる。実際、どれだけ効果があるかなんて、だれもわかっていないんだろうけど。

コウちゃんと私は、境遇が似ている。多分。
特別という意味での孤独をずっと受けてきて、その孤独すらも突然奪われる。水神様のせい?まさか。

「ねえコウちゃん、コウちゃんは水神様を呼ぶことができるんでしょ?」

コウちゃんがおそるおそる首を縦にふる。それ以上言わないでくれと目が訴えかけていたけど、私はそれを無視した。

「それならさ、コウちゃん。今水神様に来てもらってさ、この村ごとみんなでなくなっちゃおうよ。」

コウちゃんは目を見開いたまま、首をふらなかった。
随分背格好が変わってしまったんだなあとしみじみ思う。自分の細い手首を見て複雑な気持ちになる。途中で成長が止まったということが、きっとコウちゃんの言葉にあたるんだろうな。

「なんで?」
「……。」
「そしたらさみしくないよ?」

「あ、あすみちゃ、ん」

「私はさみしい。こんな閉じられた蔵の中で毎日過ごして、私ばっかりこんな思いして。私なんて、ずっといてもいなくても同じものだったはずなのに、こんな日ばっか持て囃されて、こうして死ぬことが望まれるんでしょ?みんなは明日も明後日も、次の水神祭の日まで笑って暮らすんでしょ?おかしいじゃん、私ばかりさみしいじゃんか。それなら、みんな嵐に巻き込まれて……」

いきなりコウちゃんが歩み寄ってきて、私の首に手をかけた。手のひらがしっかり項まで回されてぐらりと世界が傾く。

「……。」
「何?殺してくれるの?」

コウちゃんは首を絞めている側なのに苦しそうだった。
とっても、とっても苦しそうだった。

「こんな力じゃ虫も殺せないよ。」

コウちゃんが手を解いて、部屋を出て行く。
もう二度と、会うことはないだろう。

「幸太郎様、もう、よろしいのですか?」
「……ああ。」

 蔵を出るとすぐ、従者が周りを取り囲んだ。

「明日美様になんと声をかけられたのです?」
「特に、なにも。」

かける言葉などない。明日美にとって俺はきっと、いつまでも可哀想なのだから。救いになればいいのだと思い続けた。でもそれも明日で終わりだ。

「俺もさみしい。すごくさみしい。」

俺は生きてくよ、この終わってる社会のなかで。言葉も、体も全部手に入れる。君を河に突き落として、いつまでも君のためじゃない祝詞を読もう。

冬の嵐/嵐/のっぽ

「何か質問はありますか?」

「はいっ!」「はいっ!」「はいっ!」

1人の中年男性を囲むようにまだ20歳そこそこの若者が6人、円状に座っている。

その言葉を待ってましたと言わんばかりに、若者たちは嵐のような勢いで手を挙げる。

その中に一人だけ手を挙げていない若者がいた。よく見ると他の5人がスーツやフォーマルな恰好をしている中、その若者だけフード付きのトレーナーにジーパンと一人だけ場所を間違えたんじゃないかと思うような恰好だった。他の5人のピシッと決まった七三分けが、彼のピコっとはねた前髪を際立たせる。

 

ん?よく見ると彼だけ手元にメモ帳を持っていないぞ。他の5人はヘッドバンキングしながら中年男性の言葉をメモ帳に書き連ねているというのに。一言一句逃さないという姿勢で中年男性を凝視しているが、こんなに見つめられて中年男性は居心地が悪くないのだろうか。

 

「~ということです。これでよろしいですか?」中年男性が質問に答え終わり、他の若者が手を挙げようとしたときだ。

「ありがとうございます。それと、会社で一番楽しかったことを教えてください。」

 

今回答を貰ったばかりの学生がまさかの追い打ち。しかも回答内容と全然関係ないどうでもいい質問で。他の学生たちが挙げかけた手を下におろす。表情はさっきから全然変わらないが、内心怒りがこみあげているに違いない。その中でフードの子だけは、なんだかホッと安心したような顔をしている。きっと早く終われと願っているのだろう。

 

「楽しかったことは、うーん…仲間とやったバーベキューです。はい、じゃあ次の人。」

連続質問を嫌って社員が他の人に質問を促す。連続質問をした若者は自分のターンをやり切った満足感を顔に浮かべている。対した質問ではなかったが。

 

勢いよく挙がった手の中から社員が次の質問者を選ぶ。さっき質問した若者も同じように手を挙げる中、やっぱり一人だけ手を挙げない。

 

選ばれた子はその5人の中で一番気合の入った子だった。意識高いの権化とは彼のことだろう。しっかりセットされていながら重さを感じさせない七三分けに、デパートの奥の方で売られている高そうなセーターに、足にぴったりと張り付いたシュッとしたズボンに、無駄な黒光りを抑えたマットでお洒落な革靴。

「御社ではクリエイティブプランがうんたら、コミットしてかんたらですがどうですか?」

そのあとも否応なく続く質疑応答。我先にとアピールを繰り返す学生たち。

 

そして20分が経過し、質疑応答が終了した。

フードの若者は感じたことだろう、まるで嵐を抜けたかのような晴れやかな気持ちを。

記憶/嵐/眉毛

 

 

「俺はお前に興味がない。俺とお前に補完性がないからだ。」

 

その人いわく、自分の足りない部分は相手が補い、相手の足りない部分は自分が補う、そんな二人はいっしょにいるべきらしい。その方が何かが生まれるらしい。

 

言ってることは意味が分かる。そういう関係性はいいことだとも思う。

でも、興味がないなんて言わないで。

 

私は基本的に他人にいい格好しい。だからいちいち、補完性とか考えて人との関係を作らない。いっしょにいて楽しければそれでいいし、できれば誰からも嫌われたくない。

 

あなたはそんな私を馬鹿だといい、だからお前に興味がないんだと言う。

 

 

私はあなたに憧れていた。あなたの言うことは過激だけど正しい。でもその過激さゆえに誤解されることが多くて、周りに敵をつくりがちなところも。それでもあなたは誰よりも人のことを見て、人のことを評価する。八方美人に流されるまま暮らしている私は、どうやってもあなたに近づけない。

きつい顔して笑った顔は最高に優しくて。あなたの隠しがちな優しいところも弱いところも私は全部知りたい。知ってあげたい。なのにあなたは私に興味がないと言う。

 

 

すごく雨がきつくて、嵐のような日に、私とあなたがたまたま講義棟の出口であった。あなたが傘をパッと開けてそのまま歩くから、私もつられて外に出た。私は折りたたみ傘しか持っておらず、出すのに少し手間取った。

濡れる私に自分の傘を傾けてくれる。そうなの、結局そうやって、ちゃんとふつうに、やさしい人だ。

「この風だと折りたたみ厳しいかもな。」

方向が違うのでそのまま別れたけど、あのとき私は彼に補完してもらった。傘がなかなか出ず濡れる私を、中に入れてくれたあなた。あなたが困っているとき、こんな小さなことなら私でもあなたのためになれるのに。それじゃだめなのかな。お互いちょっとした優しさを与え合い、お互いを補えないのかな。

 

これが去年の話で、すっかりあなたとは会わなくなった。けれど、今でも私はあの嵐の日を思い出す。興味がないなんて言うくせに、ふつうに傘だって入れてくれるし、仲良くしてくれた。今の私はあなたになりたいなんて思わなくなったから、今会ったほうがきっともっとしゃべれるのに。それでもあなたとは会えなくて、きっとこうやって、ぼんやりとずっと憧れの存在のままなんだろうな。

静けさ/嵐/リョウコ

私には、嵐の音が聞こえていた。
物心が付く以前から、私の耳には荒れ狂う風の音や強い雨の音が常に聞こえていた。窓の外がどんなに美しい青空であっても、私の耳は風雨の音を拾った。
それが他の人間には聞こえていないということを理解したのは、幼稚園のときだった。アスファルトに撒いた打ち水が、一瞬にして湯気になってしまうような熱い夏の日。私の耳にはかつてない程に大きな嵐が近づいていた。
「きょうは、タイフウが来てるから、ヨウチエンお休みする」
小さな私は、少ない言葉で懸命に嵐が来ていることを訴えた。母は困ったような顔をして、幼稚園に行きたくないの?と私の頭を撫でた。言いたいことが上手く伝えられず、私は泣きだしてしまった。
「どうして、ママは、きこえないの。きてるよ、タイフウが、きて、きてるよう」
ますます困った顔になった母は、私を抱き上げた。鼻水や涎まで出して、顔中のものすべてを使って泣く私の背中を優しくさすりながら母は言った。
「あのね、チエちゃん。ママには台風が聞こえないのよ」
風は私の身体のまわりをぐるぐる回る様に吹いていた。雨は私の頬を思い切りたたく様に降っていた。
嵐の中に居るのは、私だけなのだと気づいたその日、大好きだった父と母の離婚が決まった。

嵐の音は、未来を示唆していた。私に何か、とても悲しいことが起こるとき、嵐は決まって激しくなる。

嵐の音は、未来を示唆していた。友達と喧嘩する前、大切にしていたイヤリングを亡くす前、可愛がっていた猫が死ぬ前に、嵐は激しくなる。私にとって何か厭な出来事が起こる少し前、私にだけ風が吹き雨が降る。予知能力とはまた違う、危険を察知する本能のようなものだと私は理解している。
生まれてから二十数年、私は嵐とともに成長してきた。私が嬉しいときも悲しいときも、嵐は弱く強く私の周りを吹き荒れた。
しかしつい最近、もはや私の身体の一部だった嵐がぴたりと止んだのだ。雨が止み、風が止まり、私の世界から嵐が消えた。二十数年の間にこんなことはなかった。なんだか耳がさみしい気もした。
だが、これでやっと普通の人間になれたのだ。私はとても嬉しかった。これで、友人と、家族と、そして恋人と同じ世界に居られる。
待ち合わせ場所の時計塔を見上げると10時5分前。辺りを見回すと、此方へ向かって走ってくるマサト君の姿が見えた。嵐が聞こえなくなったのは、この人に初めて会った日からだ。私は笑顔で手を振って、彼を呼んだ。遠くで雷が鳴った。

甘え/嵐/ゆさん

強い雨が窓を打ち、風がゴーゴーと音を立て木々を揺らす。そんな嵐の日は、なんとなくわくわくしてしまうものだ。家の外に出なければならない用事があるときにそんな天候だったら最悪だけど、休みの日はそれを理由に一日中引きこもって過ごすのも悪くない。昼間なのにあたりは薄暗く、時間の感覚が少し狂ってしまう感じも、非日常感が増していい。

 

わくわくはするけど、結局はすごく怖がっている。このまま家が壊れてしまうんじゃないか。川が氾濫して、一気に水が押し寄せて来るんじゃないか…近所中がパニックになって、みんなが避難所へ押し寄せる。わたしたち家族もなんとか逃げてきたものも、着の身着のまま、雨で濡れた洋服が冷えてどんどんわたしたちの体温を奪っていく……そんなところまで妄想する。一通りの悲劇を妄想したところで、ふと我に返り、ぬくぬくとブランケットにくるまり直し、温かいマグカップに口をつける。自分の置かれている現実がどんなに暖かく平和なものか実感し、安心する。

 

平穏な日常が壊れる妄想に浸ってしまうのは、何故だろう。嵐に限らず、地震や火事、交通事故など、わたしは何か、わたしなんかの力は到底及ばないような、大きなちからによってわたしの生活が壊されることを妄想してしまう癖がある。その妄想の中で、わたしや、わたしの大切なひとが酷い目に遭えば遭うほど、平和が崩壊すればするほど、わたしの感じる一種のエクスタシーのようなものが高まっていく。辛い妄想に埋没すればするほど、現実に返ってきたときの幸福感が増す。

 

不幸な場面を想像して、自分が実際に置かれている状況がいかに恵まれているかを実感して幸せを噛み締めるなんて、陳腐すぎると思う。不謹慎だなんだというつもりなんて到底ないけれど、そんな妄想しなくても、自分は恵まれているに決まっているのに。

 

結局のところ、自分の幸せなんて、誰かと比べないと、わたしにはわからないのかもしれない。こんなひどい状況に比べたらわたしは恵まれている、幸せだなあ、なんて言って満足しているだけなのだと思う。……まあ、幸せってなんだ?って話になったら困ってしまうけど。こんなくだらないことをつらつらだらだらと書いていられるっていうこの状況がすでに、しあわせなんじゃないかと思うけど。

 

本当にそんな嵐みたいな状況に見舞われて、それまでの平和がめちゃくちゃになってしまったあと、わたしは立ち直って、再び「自分は幸せだ」と思えるのだろうか。誰かと比べたりせず、自分で自分の「幸せ」を掴み取りに行くことなんてできるのだろうか。この幸せボケしたわたしが、そんな困難に立ち向かっていく自信なんてない。

 

……なんて、ここまで全部、くだらない甘えでしかないっていうことも、わかっている。いつかこんなに甘えていられなくなって、嵐の中に放り出されるんだ。そんなことわかってるけど、今はまだ、ぬくぬくと窓の外の嵐を眺めていたい。

嵐への追悼文

”ストーム・ライダー!!”

をご存じだろうか。

海近くのかの夢の国に存在する、飛行体験プログラムの通称だ。
体験できるのはその名の通り、飛行型気象観測ラボ「ストームライダー」の二号機。外観はおおむね小型飛行機のようだが、実際は段違いにでかいし、全体的に厳つく、みるからに頑丈そうである。

プログラムの概要は以下の通り。

「ストームライダー」に試乗するにあたって、発着は「気象コントロールセンター」にて行う。この施設はもともと地球上の複雑な気象の謎を解明する観測・研究施設であり、そこに勤める者たちの最終目標は嵐を制御することだった。異常気象が増加している今日この頃、その被害も甚大なものだ。それを少しでも軽減させたいという研究者たちの悲願である。
そして彼らはついに嵐を消し去ることができるミサイル「ストームディフューザー」、さらにそれを搭載する新型機「ストームライダー」を完成させた。

夢の国における「気象コントロールセンター」はポート・ディスカバリーに位置し、辺り一帯はストームライダー完成の祝賀ムードで賑わっている。いわばお膝元。”CWC”(Center for Weather Control)マークがあちこちで誇らしげに記してある。

遠方から嵐が近づいてきているらしいが、来たる史上最強嵐(風速70m、気圧は925hPa。実は高知県室戸岬にほぼ同規模の台風が来たことがある)に対しても「ストームディフューザー」があれば被害を出さずに済むかもしれない!観測デッキに同乗して見に行こうじゃないか!

が、しかし問題がある。

ミサイル「ストームディフューザー」は嵐の中心付近で炸裂させなければイマイチ効果が出せない。もとい、出ない。
嵐の暴風のなかで遠距離砲撃のできるようなものでもない。
つまり、ミサイルを積んだ「ストームライダー」はなんとしてでも嵐の真ん中へ突っ込んでいかなければならないわけだ。
頑丈にもする。

……そういえば、一号機の行方は私も聞いた覚えがない。

ということで、体験者は嵐の中心目指して奮闘するフライトプログラムを楽しむ。

また一層楽しめるのはお調子者のイケメン(声だけ)操縦士、キャプテン・デイビスのおかげだ。私的には途中離脱のキャプテン・スコットも捨てがたい。

他のアトラクションに比べ物理的に激しく動くことがなく、多くの人が安心して楽しめる。また、一回の稼働で動員できる人数が多いので待ち時間が短いのも特徴だ。

来年2016年5月16日をもって終了するこのアトラクションに、今一度乗りに行きたい。

おやつのピーナッツを持って。