「棘」カテゴリーアーカイブ

とげにんげん/棘/ネズミ

 


生物界において最も防御力の高い能力は何であろう。周りの景色と同化し自らの身を隠す力か、体内から何かを発射し目をはじめとした相手の感覚をくらませる力か、はたまたシンプルに毒か。なるほど、どれも素晴らしい能力だ。だがどうだろう、自分を景色に溶け込ませたところで万が一見つかってしまってはそこで終了である。また相手の感覚を鈍らせたとしてもそんなのその一瞬に過ぎない。毒を持っていたとしてもそれを相手にどう伝えるのか。襲われたときに毒を使ったとしてももう遅いかもしれない。

だったら何が最強なのかと聞きたくなるだろう。おれはこう思ってる、トゲだと。ヤマアラシやハリセンボンなんかを見ていればわかる。あれに触ろうとするやつなんかいるだろうか。あいつらは全身を使っておれに近づくな、触ったら痛い目に遭うぞとアピールしている。捕食する側もやつらを襲ったらどうなるかなんてことは一目瞭然。

まさにトゲは攻撃性の象徴だ。

 

「お母さん、あの人からだにトゲがはえてるよ」

小さな女の子がおれの方を指さして言った。隣を歩いていたお母さんらしき人はおれの方を見て両目を見開いたと思ったら、娘を強く引っ張りそそくさと行ってしまった。

ああそうだ。言い忘れていたけど、おれの体には全身にトゲが生えている。いつからなんて知らない。物心ついたころにはもうこんな感じになっていた。

言うまでもないかもしれないが友達などできたことがない。もっと言うと誰からも愛されたことがない。まあ当然と言えば当然だけど。たまに攻撃性が態度に現れて敬遠されるやつがいるが、おれの場合それが外見に現れている。みんなおれの出してもいない攻撃性ばかりを受け取って、誰も内面なんて見てくれようともしない。

誰もヤマアラシやハリセンボンの気持ちなんか考えない。それと一緒だな。あいつらは望んであの体に生まれてきたのではないのかもしれない。本当はもっとみんなと近づきたくて、自らの体を恨んでいるなんてことは考えられないだろうか。

どれだけおれが世界を愛する気持ちがあっても、おれの外見は常に世界に向けて刃を向けている。

これ以上は無駄だ。とっくにおれは愛することをやめた。

 

 

丸、それは全方位/棘/猫背脱却物語

棘と聞いて思いつくもの。ウニ、栗、ハリネズミ、バラ、斜に構えた卑屈な輩。
棘あるものには近づけない。普通に刺さると痛いから。攻撃的な、単純な構造である。

 棘が棘としてトゲトゲできるため欠かせないこと、それは「生えていること」だと思う。どこかから棘が生えて底面から垂直に伸び、重力に逆らって先端を宙に浮かせているからこそ、尖った部分が他の物と触れ合う。そこで初めて棘は、自分に向かってくる物に対して刺さるという、自らの役目を果たす。

 じゃあ生えていればなんでもいいのか?そんなことはない。ここで棘の心強い味方を紹介する。それは丸である。棘が丸を中心にして垂直に伸びていると、これにどこから突っ込んで行こうとも、自分の方に先端が向いている箇所が存在する。丸から棘が生えることで、全方位にトゲトゲできるのだ。これが四角だと死角だらけなのだ。思えばウニも栗もハリネズミもその棘を球状に近い中心から生やしている。薔薇の棘も、円柱状の茎から全方位に棘の先端を向けている。さすが自然界、トゲトゲするもの皆賢い。

 人間界ではどうなのか。知り合いにトゲトゲしている人がいる。ありがとうと素直に言わない。嬉しいと素直に言わない。常に不満げに口撃的に生きている。こういう人って誰彼構わず同じ態度である。まあとある誰かからに対してだけ物腰が柔らかかったりしたら、その優しさばかりフィーチャーされてしまう気もするから当然だが。やはりその点では、こういう人たちは全方位にトゲトゲしている。丸から棘が生えているのだ。

 じゃあ人間界、トゲトゲするもの皆賢い?
棘が全方位に向いているのは、あらゆる方向から自分に向かってくるものに対処するためだ。ではなんで棘が必要なのか?答えは簡単で、どんな方向からの攻撃からも、大事な自分の身を守りたいのだ。そう考えると尖っていることは一見攻撃的に見えるけれど、なんとかして自分を守りたいという、一種の弱さから生まれているとも考えることができる。棘の中心部にある自分の中身は大事だと信じてやまない、だからこそ守るためにはトゲトゲするしかない。そういう人に限って、棘の隙間から中心部の本音が垣間見えるし、なんならちょっと垣間見てほしいと思っていそうな気さえする。トゲトゲをかい潜って、本当の自分をわかってほしい、何て思ってるんじゃないかなあ、なんて。

 自分が可愛いから周りにトゲトゲするのだ。例えばウニの中身があの雲丹ではなくフジツボだったら、あんな尖ってる意味なんかないが、どうやら人間はそうは考えない。人間界のトゲトゲするものはあまり賢い気がしない。でも、トゲトゲでもしないと大切な自分を守れない、と思って必死にトゲトゲしている様子には、「素直になればいいのに」なんて可愛らしささえ覚える。

       と、思っていたのだが。

「あいつっていつもあんなんだけど、たまに弱いところ見せるからほっとけないわな」
その知り合いとの共通の友達と話していたときのこと。えっ?そうなんだ。ああ、あれかな?酒飲んだりするとそうなるのかな。いやまだあいつと行ったことないからさ
「え?いや普通に。普段からたまーにだけど、二人でいるとき本音とか吐いたりしない?」

 …ああなんだ、素直になればなんて思ってたけど、私以外には十分素直なのか。

棘が中心部に向かってくるものに向けられているのだとしたら、そもそも私は中心部に向かわせてもらえていなかったのか。傍目から尖っているあの人の姿を見て、私に対してもその棘が向いていると勝手に考えていたのか。
 つまり、『弱いからこそトゲトゲして守るしかないんだよあなたにも』と考えてると勝手に思い、「その棘の隙間から見える本音とか可愛いなあ」と思っていた。実際は「トゲトゲを潜って本当の自分をわかってほしいなんて、別に君に思っちゃないよ」ということなんだろう。棘の向く全方位の中に私も収まっていると思っていた。そんな保証はどこにもないのにだ。自意識過剰なのは私だ。恥ずかしい。寂しい。

 もうこうなると棘あるものが可愛いなんて迂闊に言えない。棘あるものには近づけない(普通に刺さると痛いから)し、棘あるものには近づけない(丸から向いてる全方位の棘は、私に向けられてないかもしれないから)。棘ってこんな複雑だったけ。丸から生える棘のせいで、何にも丸く収まらない。

触らないから/棘/三水

昔、薔薇か何か、そういう刺々しい植物で手を切った。
憤懣やるかたない私にしれっと告げた母の言葉を、よく覚えている。

「動かないモノは人を傷つけたりしないよ。
 あんたが触るから、怪我するの」

ぐうの音も出なくて、手のひらを睨むしかない悔しさもまた、よく覚えている。

早く着きすぎるのも、なんだかがっついてるみたい。せっかく今年は、こっちから連絡しなかったっていうのに。
時間通りに狙った先には、もうあのひとが立っていた。
探すまでもなく、どこといい難いいつもの壁際で。

毎年五月の半ばに、二人で互いの誕生を祝う。
恒例の決まり事は、単に生まれた日が近かった、というのもあるけれど、互いの関係を確かめ合う、という意味合いがなかったとも言えない。
少なくとも私側には、繋いでおきたいシタゴコロがあった。
……あった、だ。今年からは、そういうべたべたした、女の子みたいな関係はやめるんだ。

依存先でも、『伴侶』でもない、ただの友達になる。

決意の表明に無駄な連絡は一切断って、それでも少し落ち着かない気持ちで迎えた五月。
いつもなら三か月は前に組んである予定もとうに過ぎた誕生日当日、彼女からLINEが来て、ちょっとほっとして。
さすがにすぐには会えなくて、ずるずると延ばした六月の土曜日が、その日になった。

随分久しぶりに会う彼女は、見たこともないワンピースを着ていた。
1Hit!! ああ、でもまだ緑は好きなのね。
小走りに近寄って、2Hit!! 化粧始めたのね。私もしてくりゃよかった。
やあとかごめんとか言いながら、いつもの店に真っ直ぐ進む。髪が伸びたのは想定内だ。
隣に並ぶパンプスはもしかして、
「水弾くやつ?」
「そう、でも上から流れてくる」。
3Hit!! いつかいっしょに雨靴買いにいこうとか、言ってませんでしたっけ。
私の足元には、一昨年の誕生日に買ってもらったサンダルがある。

年に一度しか行くことのない店のショーケースには、もう初夏のケーキが並んでいた。
一つずつ選んで、二席三組しかない小さなスペースに身をよせて、改めて向かいの彼女を見る。
服に合わせた無難なバッグと、バランスをとってかラフなGジャンは見覚えのあるものだ。
でも4Hit!! 5Hit!! 首元にも手元にも、揃いで贈りあったアクセサリーの代わりに、違うネックレスと華奢な時計がかかっている。あ、でも好みは変わってない。
ちょっと襟元をかきあわせた。
これで双子ディズニーの時のワンピとか着てきてたら私、たぶん舌かんで死んでる。

近況報告しながら、ケーキをつつく。
お互い微妙に進路が変わって、就活の話になって、運転免許の話やら、新しい推しの話やら。
また戻って、将来の話。前に会った時の会話を思い出す。

お金がないというから、彼女の定期券内の渋谷で、駅ビルの屋上で弁当を持参して、高校の時みたいにたわいもない、先の話なんかして。

「私、長野とか遠いところもいいかなって思うの」

その瞬間、この人の未来に私は居やしないんだということに気が付いた。
彼女を追う覚悟がなかったわけじゃない。
一緒に暮らしたい、共に歳をとりたい、その青写真は本物だったから。
ただ単純に、この人が描いた先に、自然と私の存在がなかったことに驚いて、驚いたことにまた驚いて。

帰り道、無理に直して履いていたサンダルが壊れた。6Hit!! 鼻緒が切れるように、ぶっつり。
一昨年の店の向かいで、似たような靴を買って、その場で履き替えて、笑顔で別れて、
後生大事に持って帰ったのは、そのまんま玄関に放ってあります。

コミュニケーションって難しい/棘/峠野颯太

「なんやねん、その言い方」
いやいや、待って。待ちましょうお母さん。これは審議ものです。私は今、あなたの「こんなことがあって」という報告かつ愚痴のLINEに「そうか」と送っただけです。

どうしたらよかったんですかね、「分かる」と同意すればよかったんですかね。いや、何も分からんのです。「職場で佐藤さん(仮名)が本当にムカついて」と言われたところで、私は佐藤さんを文字上でしか知らないのです。母親の文脈によって語られる佐藤さんとは、実際の佐藤さんとは異なるはずです。私は昔、噂話だけでとある人物を判断したものの、実際は全く正反対と言ってもいいような性格だった、という経験をしたことがあります。それからは、「自分で経験するまでは勝手に語るな」をモットーに人付き合いをしてまいりました。だから私は、この佐藤さんを勝手に批判することができません。せめて一目でも会って、佐藤さんを私が実際に体験しなければならないのです。感情なしの同意など、何の意味もない。そう思って私は、母親を肯定も否定もしない形で、話を聞いていますよ、ということを暗に示したのです。

ところが、私の思惑とは裏腹に、母親は憤怒しました。面倒な性格ですね。私の母親は変に女性なところがあるのです。普段はそうでもないし、むしろサバサバしているというか冷めているというか、どちらかというと男性的な考え方をする人なのです。しかし、自分が被害にあったとき、遭いそうなときになると酷く(面倒な)女性になります。詳しくは彼女の名誉のために(仮にも私の母親ですので)割愛しますが、私は彼女のそんなところを反面教師にして生きてきた節があります。だから、やけに女性が嫌いなのかもしれません、と私の話になってしまいました。

話を戻します。私にとっては、彼女を傷つけまいと選びに選んだ一言が、逆に彼女の逆鱗に触れたのです。一体全体どういうことなのでしょう。まあ、これが人間付き合い、そしてコミュニケーションなんだよ、と言われればそれまでかもしれません。しかし、私はそれだけで終わらないと思うのです。これってきっと、いろんな人が経験のあることでしょう。特に男女の付き合いにおいては、文化や言語の違う生き物同士が交流するわけですから、齟齬が生まれることは必至です。そんなつもりで言ったわけじゃないのに、相手はそのつもりとして受け取る。自分の知らないところで勝手に傷つくのです。言った当人には見えない棘が、言われた相手には見えるわけです。そんなの避けろよ、とか、自分に責任はない、と考えたくなりますが、そうはいかないのがコミュニケーション。傷つけないように、傷つかないように互いが互いを気にかけながら、自分を守りながら会話をするのです。

とはいえ、彼女は私の母親です。私と一番長くいて、私のことも多分この世で一番知っている存在です。だから私が彼女を傷つけるつもりで言ったわけではないということを、彼女は分かるはずなのです。私にも、彼女にも、互いの棘がみえるはずなのです、少なくとも他の誰よりも。でも、結果、私は彼女を傷つけた。そしておそらく、彼女は私が彼女を傷つけたことに傷ついているということに気付いていません。血のつながった親子でさえこれなのです。では、血縁関係のない赤の他人ではいったいどうなのでしょう。きっと、互いが互いを傷つけあっていて、それに互いは気づいていないのです。気づかないふりをしているのです。こう考えると、やはりコミュニケーションって難しいですね。でも、私たちは、そうやって傷つき傷つけあうことで、成長している…のかもしれませんね。

とりあえず、母親の機嫌取りはもう少し違う方法を探してみたいと思います。あぁ、非常に面倒です。

秘密/棘/jboy

丸く大きな目をしており、ふさふさした毛並みをもち、気分屋であまのじゃくな性格もあって人々に大人気の動物……。猫!そんな愛くるしい彼らではあるが、人々にはあまり知られていないある秘密を持っている。

それは猫、あるいはネコ科動物の多くで見られるものであるが、交尾について、もっと具体的にいえば雄のペニスについてである。

雄のペニスには無数のトゲがついている。これには生物学的に深い理由があって、まず第一にネコ科の動物は、毎月定期的に排卵をする人間のような動物とは異なり、「交尾排卵動物」といって交尾を行って初めて排卵が起こる動物である。同じ特性を持つ動物としてはウサギなどがあげられる。ネコ科の動物の場合、雄が雌の膣内からペニスを引き抜く際の刺激が引き金となり、排卵が起こると考えられている。以上の点から雄のペニスに無数のトゲがついていることが説明できる。つまり効率よくメスを刺激して排卵を促進させるためなのである。

ちなみに、この反応は人工的にも起こすことができ、ガラス棒などの刺激でも排卵が誘発されることが分かっている。また交尾後、つまり排卵の刺激を受けてから約1日後で排卵が起こり、これは雄の精子が受精能を獲得するまでの時間とほぼ等しい。このことからこの排卵、受精の仕組みが最も高確率で受精することができると結論付けることができる。いつあるともわからない交尾のチャンスを逃すまいとする自然の進化である。

 

上記のような理由で、メスは交尾の際非常に嫌がるし、あまりの苦痛に甲高い悲鳴をあげるのである。

自然界において圧倒的な効率性が重視された結果ではあるのだが、雌ばかりが痛い思いをしている。交尾では雄に痛めつけられ、出産においてもまた痛みを伴うはずだ。

人間のように交尾、つまり性交渉に快楽を感じることはないのだろうか。

これだけの進化が長い時間をかけて行われてきたのであれば、雌の膣内の皮膚を厚くしたりして痛みの感覚を緩和し、かつ快楽として処理し、その快楽的な刺激によって排卵が起こるという進化の方向性もあったかもしれない。

あれだけ痛い思いしながらなぜ雄を、オスのペニスを求めるのだろうか。子孫を残すための本能といってしまえばそれで終わりなのだが、どうにも腑に落ちない部分がある。

刺さるところのない話/棘/温帯魚

夕暮れ。一つの部屋に男女が二人きりというと敏々な皆様は何か色気のある話を期待するかもしれない。しかし安心してほしい。
なぜなら私が田中圭一で、女が長谷部加奈子だからだ。
間違いなど起こらない。あえて言うなら、無垢な私がこいつと出会ったことがすでに間違いだった。

「ね、棘と針の違いってなんだと思う」
何だ急に。
「いやね、あなたって棘のない男じゃない。下もあんまり刺さらないし。ああ、針は刺すものだけど棘は身を守るためのモノね。すっきりしたわ、ありがと。」
まて、ハリネズミとかハリセンボンとかいるだろ。あいつらはどうするんだ。
「ああ確かに。でもあれじゃない。はーりせーんぼーんのーます、ゆーび切った。ってやつ。あの歌からきてんじゃないかしら。」
ハリネズミは。
「いいじゃない。ハリネズミはかわいいし。そういうあなたはどうなのよ」
そうだな、本数じゃないか。針は一本で棘は複数だ。
「ハリネズミはどうするのよ」
いいじゃないか。ハリネズミはかわいいで。

「そうやって誰かの猿真似ばっかりするからあなたは心に刺さらないのよ。知ってた?」
お前みたいに誰かれ刺そうとするよかマシだ。男だって終いにゃ泣くぞ。ハリネズミのジレンマって知ってるか。
「あら、知らないの?綺麗な花には棘があるのよ。アナタって本当に無知ね」
お前は棘の上に毒まで持っているから始末が悪い。毛虫みたいだな。
「でも蜜もたっぷりあるわよ。食べて確かめてみる?チキンちゃん」
爪も牙もそれこそ針だって持っているだろう。あの悪夢は三歩進んでも忘れられない。
「アタシって罪な女ね」
わかったらさっさと出ていけ。

「ウニが食べたいわ。お寿司を食べにに行きましょう」
お前も無知じゃないか。知っているか。寿司というものは高いんだ。
「じゃあ駅ナカの回転寿司でいいわ。あら、あたしって安上がりな女」
三歩歩いたら忘れそうだな。で、いつからそこに行きたくなったんだ。
「昼ぐらい?」
そうかい。

針鼠/棘/YDK

 

……ねぇ。
ハリネズミのジレンマって知ってる?
律子が、煙草を燻らせながら問いかけてきた。情事の後にだけ決まって煙草を吸う彼女の横顔がわたしは好きだった。淡白に灰皿と口とを往復する細い手首も。そのあとのキスは苦いからあんまり好きではないのだけれど。
「……あるところに、二匹のハリネズミがいました。とっても寒いので、寄り添って暖を取ろうとします。だけど、ハリネズミは棘に覆われているから、近づきすぎるとお互いに傷ついてしまう。痛くもなくて、寒くもない、そんなぬるま湯みたいな距離感を探すのです」
律子がどうしてこんなことを言い出したのか、その理由は敢えて気づかないふりをした。そして、なんとなく、言い返した。言い返してしまった。悔しくて、悲しかったから。
「でもさ、お互いにあったまろうとしてその結果、二匹が傷ついたなら、それは仕方ないことじゃない?その時はそれが最善だったかもしれないじゃない」
私の一番嫌いな顔をして、律子はそうねと笑った。全てを悟ったみたいな、悲しい笑顔。どうしてそんな風に私を見るの。私の一番弱くてやわらかい部分をしっかりと捉えて離さない、その目。何にも見つめたくなくて、彼女との距離をゼロにした。苦い。なのに、わたしの身体は容易く甘くとろけ始めてしまう。

「好き」
「私も、好き」

最初は、ただの仲の良いママ友だった。お互い色々な苦労とかを慰めあっているうちに、こんな関係になってしまった。私たちは、近すぎるのかもしれない。どこぞの昼ドラよりも、もっと粘着質で、むせ返るような甘さに溺れている。女同士だから浮気じゃない、男とするよりはマシ、最初の頃はたくさん言い訳を並べ立てていた気がする。自分達は悪くないことを主張していたうちは良かったのかもしれない。そこには確かに、旦那や子供に対する後ろめたさが存在していたのだから。

♪〜〜
【着信 凌二】
2人とも気づいている。けど、気づかないふりをする。やっぱりハリネズミ同士にはハリネズミ同士のやり方があるのかもしれない。たとえ血だらけになったとしても。

血の温かさは、寂しさよりもずっと優しい。

アロエ/棘/オレオ

トゲかよ、トゲっつったら……

薔薇?ワープロで薔薇って漢字で鬱のは簡単だけど書くとなると話は別だよね。

打つって打とうとしたら鬱って変換されちゃったよ。どんだけ病んだこと打ち込んでるんだよ俺。

しかし、トゲといえば薔薇って安易だよね。だからあえて俺はアロエについて語ろうと思うよ。

アロエの思い出は俺が小学1か2か3か4年の頃だった母の日のことだ。

暇だったから地元の商店街をぶらぶらしようとしたら妹が一緒について来たいっていうから仕方なく連れてってやった。

当時は『遊☆戯☆王』が流行ってて、行きつけの文房具屋で新しく出たカードパックを買いにいった。店を出てパックを開けてレアカードが入ってなくて落ち込んだ気がする。

妹はまだ幼く、あいつは文房具屋の外に置いてあるガチャガチャを眺めてた。

俺も一緒にガチャガチャを見てみると以外にも結構面白そうなものがたくさんあった。今ではもう「くだらねーな」って思うものでも当時の俺はガチャガチャのアイテムにわりと惹かれた。

引っ張ると伸びるバネみたいなやつ、ちっちゃいリボルバーやスライムとか色々あった。

妹も興味深そうに見ていたもんだから、パッキンが入ったガチャガチャを回すことにした。

パッキンって言ってもうまく伝わるかどうか分からないから一応説明しておくと、くぼみのあるドーム型の硬いゴムね。それを裏返して地面に置いて少し待つと反発力で跳ね上がるというただそれだけのもの。

1個回して、早速飛ぶ所を見せてやった。高く飛ぶパッキンを見て大喜びする妹を見て気を良くした俺は妹にも1個回してあげた。

そして今度は反対側にある昔からある駄菓子屋に連れていってブタメンと妹の好きなものを買ってやった。

一段落して帰ろうとしたんだけど、駄菓子屋の隣にあった花屋さんの花を見て俺は立ち止まった。

その日が母の日だってことはなんとなく分かってたから、何か買ってあげようと考えた気がするが、よく思い返してみると何かを買ってあげるために商店街に行ったような気もする。

とにかく俺は花を買うつもりだったけど、ふとそこに置いてあるアロエに目が留まった。

何かトゲトゲしててかっこいい。ただそれだけの理由。

店員さんに聞くと水をやらなくても長いこと枯れることが無いそうだったから、どうせなら長く持つものがいいと思ってアロエにした。

なけなしのお小遣いで買ったそれをプレゼントするとかなり喜んでくれた気がする。

庭には今でも、5倍以上も大きくなった当時のアロエが元気にその立派なトゲを生やしている。