「片付け」カテゴリーアーカイブ

あっけない/リョウコ/片付け

ハッと目が覚めたのは、午前3時27分だった。頭が、手首がズキズキ痛い。
目が覚めた?
成る程、失敗したらしい。
私は正方形の真っ白な天井を見上げ、冷静に事態を把握しようと深く息を吸った。
とりあえず、左手を見る。
真っ赤な水の下に、冷えて動かなくなった指に引きずられた左手が沈んでいる。
洗面器のお湯は、死ぬ直前に傍らのスマホにて、ヤフー知恵袋から知恵を拝借、血液が流れやすいように人肌に設定、ピッタリ700mlを洗面器に入れて、手首をつけた。
人間は約2リットルの血液を失うと、死ねるらしいとヤフー先生が仰ったので、100均で、包丁のついでに、2.5l入るバケツを購入した。
私の計画では第一発見者(恐らく大学の同期)が、私を見つけた時、バケツの中は私から流れ出た血液で溢れ、床も多少は赤くなっている、筈だったのだが。
バケツの中は少し量が増えた、気がする程度。恐らく私の血が流れ出る前に、お湯が冷めてしまったのが敗因と思われる。
つまり私は、割と大丈夫な状態で死にぞこなったわけだ。
割と大丈夫な状態で死にぞこなった私は、とりあえずスマホに手を伸ばした。午前3時27分。あれから2時間くらいしか経ってない。そら死ねないわけだ。
受話器マークをタップし、救急車を呼ぼうか、と思案する。輸血して欲しいわけではない。
割と大丈夫な状態で死にぞこなったのが恥ずかしいので、救急車で深夜に病院に運び込まれ、沢山の人の尽力で意識を取り戻しました、という状況からくるエモさで、この生きてるダサさをなかったことにしようとしたのである。
しかし。
ズキズキ痛む左手をバケツから引き抜く。まだ血は流れているが勢いは弱い。
この状態で、自分で救急車を呼ぶのは最上級に恥ずかしくないか?

よし、無かったことにしよう。

とりあえず、胃袋にまだ残っている安定剤と睡眠薬とジンを自力で吐き出した。胃液に血が混じって薄ピンク色の粘液が唇から糸を引き、先ほどまで死のうとしていたというのに狼狽えた。
次に、バケツの中の恐らく1.5lにも満たない真っ赤な液体を少し迷ったが便器に捨てる。
上水に流すのはなんとなく、倫理的に気が引けた。
最後に手首をトイレットペーパーで拭い、血が止まったところでこれも投げ入れた。
便器の中を覗き込む。
わたしの血液と、胃液と、酒と薬とトイレットペーパーの闇鍋。この世の病みを閉じ込めたかのような禍々しさだ。
あーあ。
私は真っ赤な水が、とぐろを巻いて穴に吸い込まれてゆく様をじっと見た。
赤黒い水は、なんの粘りもなくあっさり去ってゆき、透明な水が便器の中をみるみる満たした。
すとん、と私の中の枷が落ちた音がした。想像していたよりずっと軽い音だった。
何事もなかったかのように沈黙する便器。
取り残されたのは、血の付いた包丁とヒビの入ったジンのボトル、2.5lのバケツ。
私はバケツの中に包丁とジンを放り込み、手首にタオルを巻いてベッドに倒れこんだ。
もうすぐ日が昇る。
久しぶりの心地よい疲れに、私の意識は緩やかに沈んでいった。

ふわふわ的幸福論/片付け/ふとん

 

彼の部屋は心地いい。家具はこげ茶色で統一されていていつも片付いている。壁紙が一面だけダークグレーで、そばに置いてる青いギターとベースがおしゃれでぼーっと眺めてしまう。素人のわたしでもわかるくらい音質が良いスピーカーから流れてくる知らないバンドの曲を、歌詞の意味を考えながら聴くのが好き。

寒くなってきて、床はカーペットになって、クッションカバーとまくらとふとんカバーがふわふわのやつに変わった。こたつまで出現した。部屋じゅうがふわふわ。そんな天国みたいな部屋で、わたしは甘やかされまくっている。

彼は、わたしが適当に作った料理を必ずおいしいって言ってくれるし、洗い物を手伝おうとすると「のんびりしてていいんだよ。暖房つけていいからね、こたつもつけていいからね」なんて言う。うとうとしているとベッドに連れていってくれて、毛布とおふとんを掛けてくれる。となりに入ってくる彼の胸に顔を埋めてくんくんかぐといいにおいがして、脳から快楽物質がブシャーって出るのが分かる。

甘やかされている。猫になって飼われているみたいに。でも私は愛くるしい猫とは程遠い人間で、嫌いなものが多くて自分勝手で面倒くさがりの、あまり優れてないほうの人間。こんなに甘やかされていい理由なんて無いのに。

当分は痩せなきゃいけない用事もないし、中間テストもひとつもない。週に何回か座りっぱなしでできるバイトに行く。用事がなくて彼がいない日は、ごはんを作って、洗濯して、録画した大好きなバラエティ番組たちを消化したり、ユーチューブをうろうろする。夜中にお腹がすいたら蒸しパンを蒸したり、締切がすぎた課題をだらだら片付けたり。

ぬるま湯の日々だと思う。そこそこ楽しい毎日のくり返し。なんのための、毎日?

大昔の頭がいい人は、幸福こそがすべての目的で最高に価値があるものだって言ってたらしい。その通りだ。幸福ならほかになにもいらないでしょう。

ひとりでテレビをじっくり観るとか、洋酒入りのチョコレートを口で溶かす瞬間とか、夜中の蒸しパンとか、それくらいで幸福になれるような人間なのだ。学校に行けばためになる話が聞けて、バイトでいろんな場所に行って出会いがあって、少ないけど友達もいて、優しい彼氏がいて、ほかに欲しいものはないと思う。最上の目的が毎日達成できている。

日常は思っているより丈夫で、安いウィスキーひと瓶飲み干すくらいで壊れるものじゃないけど、いつか困難に遭うんだとしたらそのときは文句なんて言わずに受け入れるから、今はまだこの幸福に甘えていよう。

私の頭の中マゲドン/片付け/ねおき

 

部屋の片付け、好きだけど苦手だ。やろうと決めて動くまでが長い。片付けを始めてからも長い。机の上が本やらプリントやら光熱費の領収書やらで埋まって、課題やるときに超じゃまだな!このやろー!!とかっていうきっかけがないと始めない。しかも、そういうときって決まって締め切りまでの時間がないから、ザッとまとめて机の右端に積み上げるか、ベッドの上に緊急避難させるかのどちらか。あれ、片付けなんてしてないじゃない。土曜日丸一日オフだからとか、それこそ課題から逃げたいだとか、なんでもいいけど理由なくして片付けはできん。つまり片付けが苦手。始めたらはじめたで、12巻まである漫画を読み切ってしまうくらいには(以下略)

 

 

 

そんな、ちゃんと動けばどうにかなりそうな部屋の片付けもうまくできない私は、頭の中の片付けも苦手みたいだ。

 

なんかムシャクシャして頭が重い。大学に入って、基礎論とかの人文の授業で、社会系も芸術系も、いろんなことを知ることができた。人文なら研究の範囲がとにかく広いから、そこに行けばなんかやりたいこととか見つかるかも~と人文を選んだが、たくさんのものに触れすぎて、もう分からなくなった。核に近づくどころか、自分から無意識にあとずさりしていっているような感覚。 

 

 

私が見たいものは、聞きたいものはなんだろう。

私がほんとに好きなのはなんだろう。

 

 

大学に入ってから、自分は空っぽな人間なんだと思った。

自分が好きだったものまで、疑うようになってしまった。夜、目を閉じると、絡まった糸や黒いゴミの塊みたいなものがぐちゃぐちゃしている画面が浮かんでくる。私の頭の中ってこんななんだろうか。思い切りフッて吹いたら、全部飛んでいってまっさらな画面に戻ったりしないかあ。肺活量は中の上くらいだから希望はあるな。いやそんなくだらないこと考えてる場合じゃないやろ。

 

このままじゃいけない気がして、でもどうしたらいいか分からなくて。とりあえず教養がたくさんほしい、そう思った。だから本を何冊か買って来て読んでみたり、ブログに載ってるエッセイを読んだりした。そうしたら文章なんてすらすら書けるようになるのかと思ってた。でも、無理だった~~~~~!中途半端な情報とか言葉が頭の中をビュンビュン飛んでて、でも私はそのスピードに追い付けなくて、手の中に収めることはできない。あ~~お片付けしたい。もとの頭には戻れないなら、ここでいっかいお片付けして、もっと先へ進みたい。

 

 

目標デデーン!頭の中のQuality f ife向上!!

 

 

箒/片付け/なべしま

うるさい出て行け、の怒号と共に箒で戸外へ掃き出された私は何を隠そうタマシイである。どこの決まりか知らないが、箒というものは霊の類いを外に追いやる力があるらしい。そんなことしらん、と思うが事実その摩訶不思議な力により掃き出されてしまったのが運の尽きであった。何も祟ろう縊り殺そう、そんなことは思ってはいないが心というものは伝わらぬもの。げに言葉とは難しい霊になってさえも。この家に時代錯誤な箒なんぞが未だ文明の利器として栄華を極めていたことが運の尽きで、喧しさにうんざりしていた掃除機が恋しい。奴になら勝てた。

常に霊というものは人間には見つからぬもの、そして動物に感づかれるのは定型句であるが多聞に漏れず、私も一匹の猫に存在を許されていた。常時鼻先を路傍の石に擦り付け尋常でなく痒がるために、仮にノミと名付けて行動を共にすることにした。ノミの行動は広いものの、現在ある家に出入りしようと画策していた。家はじゃぎじゃぎ尖った鉄柵が巡らされ明らかに招かれざる闖入者に対し多分の警戒を露わにしていたが、ノミは五分の魂、蟷螂の斧、果敢にその家への干渉を諦めようとはしなかった。だが家人による実力行使、叩き出されてしまったのであった。

無情な人間どもだと扉を睨めつけると意外、見覚えのある戸板。よくよく観察してみればそれは我が家のよう。懐かしさのあまり窓から覗くと我が娘が低いぷうぷう笛のついた椅子に座り、おやつを食べている。何の因果で霊に成り果てたか、はたと気づいた。全治一ヶ月、入院中の我が身から娘愛しさに離れてしまったのであろう。くだらぬ理由だが娘は可愛い。ともあれ毎日院内を徘徊するのには飽き飽きしていた。許されたし。ノミはやれやれだと言いたげに踵を返して夜陰に姿を晦ました。ありがとうと敬礼するが、ノミは単に邪魔者をどうにかしたかったのかもしれない。

たたんで、/片づけ/エーオー

 裸足で台所に立ったのは間違いだった。リビングから暖房の熱が流れてくるからいいかと思ったのに、足の裏から伝わるフローリングの冷たさがばかにならない。それでも、動かない。苦行みたいでぴったりだ。湯を沸かしている鍋の熱を頼りに野菜を切っていく。
 人参、玉葱、できたらジャガイモも。実家を出るときに習った牛乳入りのスープが飲みたかった。包丁の扱いにももう慣れた。手ごたえのあるものはいい。形のあるものはいい。この作業は必ず実を結び自分を駆動するエネルギーになるという無駄のなさがいっとう、いい。
 お葬式の準備をしていると、その型の中にかなしみが折りたたまれていくんですよ。
 高校の時に好きだった世界史の教師の言葉が降ってくる。ある日の授業で彼は亡くなった父親の話をしていた。いつもどこか高尚なことを語るけれど言葉選びの品が良く、いやみさが無かった。二十歳になったけれどあの大人に近づけている気はしない。
 刃がまな板を打つ音が乱れた。重ねた橙の短冊がずれている。端をそろえてもう一度。規則正しい音が響きはじめて安心する。型通りの、作業。つまりこれは葬式だ。右足を左足の甲に乗せて体温をとった。折りたたみたい気持ちがある。

***

「瀬尾」
 その名前を呼ぶときわずかに緊張する。さ行で始まり二文字で終わるから、きちんと発音しないと周りの雑音に紛れてしまう。
 成功した。彼女はくるりとこちらの机を振り返る。肩のあたりで内側に丸まった髪がそれに合わせて回転木馬のように旋回した。
「ああ、吉田。お疲れ。もう帰るの」
「いや、図書館で課題やる」
「あれか。でも遂に今週で最後だね」
「それな。やっと解放されるわ」
 瀬尾とは秋学期の授業で一緒になった。少人数制で四週間に一回課題があり、中途脱落者も多かった。
 教室を出て連れ立って歩く。吹き付ける風に顔をしかめた。二月のさなか、今ごろが寒さのピークだろうか。来週からのテストに耐えればもう春休みだから学校には来なくていい。
 瀬尾の悲鳴が後ろに飛ばされた。風にあおられて前に進めなくなる。少し止まって待っていると、彼女は顔にかかった髪の毛を直しながら追いついてきた。
「あー、髪の毛つめたい」
 おかしなことを言う。木枯らしに負けないよう少し声を張った。
「つめたいの?」
「冷たいよ。男子はここまで伸ばさないから分かんないかもしれないけどさ、冬は髪の毛を指に通すと冷たいんだよ」
「あ、それは知らなかったわ。風で冷えるからか」
「そうそう。へんだよね」
「ん?」
「なんかさ、よくあるじゃん。犬とか抱きしめて『生きているから、あったかいんだね』ってやつ。でも私は生きてるのに髪の毛冷たいし」
「そこかよ」
 そっと、彼女の髪の毛を視界の端にとらえた。それは時々つやつやと霜柱のように光って揺れていた。
 ポケットの中で手が身じろいだ。
「まあ、髪の毛って死んだ細胞らしいしな」
「まじでか」
 じゃあ、死んでるもん頭にくっつけて生きてんだね。
 荒んだ鼠色の風景の中で瀬尾の鼻だけが赤く色づいていた。コートから手を出して自分の髪の毛を触ってみる。指先が冷たくてなんにも分からなかった。なんにもならなかった。そのまま手を振って、白い息をはいて瀬尾は去っていった。

「ありがとうございました」
 小教室にまばらに拍手が起こる。じゃんけんで一番負けてトリになった瀬尾の発表がちょうど終わったところだった。窓から見える空は今日も相変わらず寒々としていて、これでこの授業も最後だとあくびを噛み殺しながらぼんやりと考える。
「お疲れ」
「うん、ありがと」
 かたん、と隣で椅子を引く音がした。瀬尾はまだ緊張しているのかしきりに髪を耳にかけている。頭の中でゆるゆると遊ばせていたことどもは、結局それ以上なにも言葉を結んでくれなかった。教授の講評がはじまり反射的にそちらに視線をやる。直前確かに目が、一瞬合ったと思う。
 不意に気持ちが浮上して照れ隠しのようにぱっと首の後ろに手をやった。
 着氷。
 左手の小指の滑りがいやになめらかだと思った。まるでオイルでもひいたかのような、艶やかな生地を裁断するような、裁断。柔らかい何かを裂いている。何か恐ろしい感覚が身体に追いついて息をつめながら隣を見た。
 飛び込んできた真っ白い頬が、内側から光を発してこちらの目を焼かんばかりだった。磨き上げられたスケートリンクにたったひとつエッジの跡。瀬尾の目尻の近くに赤い線が入っていた。血だ。一房垂れた髪の毛がこちらを責めるように揺れた。
「ごめん」
 その場にいた誰もあまり状況がよく分かっていなかった。ようやく、小指の爪で彼女の頬を切ってしまったことに気付き、向こうも指で触って血を確認した。にわかに起こった事件に周りの面々も何事かと気を回し始める。瀬尾は向かいの女子にティッシュと絆創膏をもらいトイレに向かっていった。

「だいじょうぶだよ。きれいに切れてたから跡も残んないよ」
 からっと彼女は笑っていた。ちらちらと髪の毛越しに見える傷跡は、でも言った通りか細くて見えなかった。
「ほんとごめん」
「もういいって。これでチャラ」
 せめてものお詫びにと自販機で買ったココアは、いま瀬尾が手で温めている。もはや何が等価になるのかも分からずこんなことになってしまった。
 時計をそっと見る。次の授業がもうすぐ始まる。教室の分岐点にたどり着いた。瀬尾の方は次がテストらしかった。
 向かい合う形になった。
「じゃ、半年間おつかれ」
「お疲れ。課題ではお世話になりました」
「ほんとだよ。まあ吉田は最後の日にこんなことになったけどね」
「その節は大変申し訳ない」
「冗談だよ」
 瀬尾は少しの間どこかを見つめていた。そして表情を弛緩させゆるゆると小さく笑んだ。
「思い出になった。ばいばい」
 しばらくそこから動くことができなかった。瀬尾は鮮やかな紺色のコートを翻して教室に入っていく。髪の毛がそれを追いかけた。一度だけ、鋭く刃のように光った。

***

 せお、と。最後になる名前を呼ぶと、鍋の下で炎が一瞬ゆらめいた。

 

僕の小規模な寮生活/片付け/T

大学に入ってから住んでいる寮の入居期間が2年間なので、あとちょっとでお引越ししないといけない。

ひと月の家賃が、だいたい1万2000円くらい。部屋は12㎡の単身個室。それとキッチンとシャワーが共用(キッチンのガスコンロは1回10円、シャワーは10分100円)だったりするのだけれど、自分自身がとっても粗雑な生活をしているのであまり気にならなかった。隣の部屋の人のいびきが聞こえてくるくらい壁が薄いのは、ちょっとだけ嫌だったけど。

家賃が激安なことと、大学とコンビニが近いことは、生活をいつも助けてくれた。楽した約2年間。最初この寮に住みはじめた時は、えーなんか狭いしなぁ…とかなんとか思っていたけれど、住んでるうちに、長野から横浜に出てきて初めて一人で暮らす場所がこの部屋で良かった…位の感傷に浸るほどの思い入れが、なんか出た。たぶん部屋出ていくときは、NUMBER GIRLのIGGY POP FAN CLUBを聴きながら、ちょっとだけ私泣くと思われる。

 

本、漫画、CD、DVD、ギター、エロ本。部屋に転がってるものは、この2年のうちに買ったり、貰ったり、拾ったりしたのがほとんど。くだらないコンビニ弁当のゴミと、やらなきゃいけない洗濯をサボった服がその周りに散乱している。ぐちゃぐちゃで、汚らしいって言葉が一番しっくりくる空間。

部屋の中は、今の自分の頭ん中そのままだなーと思う。興味があること、趣味であるとなんとなく言えそうなこと、エロいこと、エロいこと。くだらない雑念ともやっとした悩みでいっぱいになって、ほんとに自分がしたいこと、好きなこと・人、そして今やらなきゃいけないことが何だかよく分からない。他人に聞かれても、自分に尋ねても何だかよく分からない。

部屋の広範囲を占めているベッドは、そんなことから逃げて、自分の中だけの「幸せ」をかき集めた妄想のまま、柔らかい枕に顔をギュってして眠っていたい欲求の大きさで。ベッドと同じく備え付けの勉強机が、ゴミで半分以上埋め尽くされてるのも、大学生という側面での現在の自分をなんとなく物語っている。

 

昨日の夜は少し眠れなかったから、この際だからと、たまったゴミを集めてちゃんと捨てて、洗濯と、少し掃除をした。今からちょっとづつ荷物とかも片づけていったら、引っ越しする直前になって色々焦らなくてすむとも思いながら。

こんな暮らしをしているけれど、できる限りもやもやした不安は取り除きたいーと思いながら生きている気がする。この世の不幸は、すべての不安。卑屈でいたり、自己不信したりするのも、不安のコントロールのためという部分があるのだ。(きっと…)

そうなんだけど…そのやり方は結果的にもやもやを増やしている。この2年、この部屋で夜悶々としながら気づいたこと。
ちゃんとしよう、ちゃんとしようと心で唱えながら毎日暮らしてるのに、人生がどんどんよく分からない方向に向かっているのが、自分の事だけど可笑しくなってくる。(急に学童クラブのスタッフを始めたりとかも…)

 

 

妄想。…20年後くらいに、「そういえば大学で最初は寮に住んでて、あの頃はほんとどうしようもなかったな…」的なことを、懐かしさを噛みしめながら、少しニヤッとしたりしてたらいいのに。あの頃に起こったことが、まあ全部それで良かったんじゃないか…とか思いながら、誰かの寝顔を眺めたりしてたらいいのに。

 

恥ずかしいなあ…。馬鹿なこと言ってないで、授業いかなきゃ。勉強、勉強…。

 

ずっと数学や国際社会について勉強していたかった。/片付け/フチ子

すべてのものを引っ張り出して、床一面に並べて、部屋をぐっちゃぐちゃにした後に、一つづつ手で拾い上げてみた。

部屋中の、すべての引き出し、クローゼット、本棚、全部全部、開けて、引っ張り出す。適当に放り投げる。

あぁ、これは大事だ。今も使う。
これは、あのときの、たしか。いいか、もう。
この服は、あまり好きじゃなかったけどママに褒められて、よく、着てたっけ。
なに、この写真。こんなのまだあったんだ。
このネックレス、地味すぎてうれしくなかったな。
これは、ともだちと一緒に買ったやつか。本当はもっと花がついたやつが良かったけど、リボンの方に決まったんだっけな。
この本、大好きな人が勧めてくれたけど、最初の50ページくらいで本棚に隠した。

途端に嫌になる。ものたちをぶん投げて床に戻す。ぜんぶわたしから切り離されて、一掃されてしまえばいいのに。

ほんとうは、いま、なにもかもこわい。

いままで積み上げてきた、勤勉に着々と何かに向かって小さなことを毎日できる習慣が、3年間で崩れてしまった。感情のコントロールなんて得意な方で、強気で、人の気持ちを無視して自分の気持ちを優先してきたのに、今はできない。

いろんなしがらみが、この3年間で急激に襲ってきた。

経験値はたくさん溜まったはずだ。勉強だけコツコツとしてたころでは考えられないような、授業をサボってセックスに明け暮れたり、学食で涙ぐんだり、大学帰りに友達の家でスミノフを飲んだり。

ただ真面目であることが生きる指針で、ふざけた人を片目で見て馬鹿にし、蹴倒すことを考えてたあの頃とは違う。

たのしいのだ、こわいくらいに。やらなきゃいけないことを無視して、感情任せに人に甘えて、一喜一憂をくりかし、毎日がいろんな感情に支配されてる今が、たのしいのだ。

でも、そのぶん、ひとに興味が向いてしまって、自分の好きな、独立したモノがどんどんとなくなってしまった。わたしはこうだから大丈夫、これだけはなくならない、そういうものがない。

わたしの、ぐちゃぐちゃとした衝動が爆発したとき、全てがなくなってしまいそうな、危うさがつきまとう。その場しのぎで今だけの楽しさのように思えてしまう。

そんなものもとめてないから、今うちに、切り離してしまいたい。いやだ、いらない。いつか居なくなってしまうなら、いつかなくなって違う人のものになってしまうなら、そんなものはいらない。

いらないのに、なんでこんなにも魅力的なんだろう。

もう、逃げてたら人生がダメになる、また勤勉なわたしに戻らないと、だめになる。この、楽しいやら辛いやらに振り回される情けないわたしを片付けなければ。こんなものたちいらない。この楽しさを知れただけ、良かったじゃない、また元に戻るだけなのよ。

こんなんなら、知らなきゃ良かった。出会わなきゃ良かった。近づかなければ良かった。

しっかりしてくれ。
綺麗で整頓された部屋に、戻そう。

お片付けスイッチ/片付け/rascal

人間は何事もスイッチで動いていると思う。やる気スイッチという言葉が一時期流行ったが、やる気スイッチというのはいろんなスイッチの総称で、実際は料理スイッチとかレポートスイッチとかがいろんなところに無数にあるのだろう。

そして私は今23時15分、お片付けスイッチを押した。というか押された。服を脱いでは捨てを繰り返した部屋は足の踏み場もなくなっていた。もう見慣れてしまった光景だが、なんとなく散らかる部屋に嫌気がさしたのだ。お片付けスイッチがどこにあるかなんて知らないが、あのスイッチは押そうと思って押すものではないのだなとふと感じた。

まずは洗濯機にぶち込むものと箪笥に戻すものとを分別する。下着類はさすがに毎日洗濯機に入れていると思っていたが、意外と服に埋もれて発掘されたりする。自分でもドン引きだ。人間としてどうなってるのだろうか。

洗濯物を洗濯機にぶち込み、さあ次は箪笥に戻すぞと意気込むが服を箪笥に入り切らないことに気づく。そういえば大学生になったしオシャレしなきゃって服いっぱい買ったなぁ。そうだ私は箪笥に戻さないのではない、戻せなかったのだ!と言い訳をして、今度は箪笥の中のいる服といらない服との分別にかかる。そうなると中学生くらいの頃に買った服なんかが出てきて懐かしーでもいらねーなんて言いながら袋に突っ込んでいく。

箪笥に今でも着る服が全部入るくらいまで整理すると、箪笥にいかに綺麗に服を入れるかに全力を注ぐようになる。こうなると意地になってきている。伊東家の食卓かなんかで見た綺麗に服を入れる裏技を検索してみたりして隙間なく箪笥に戻していく。

よし、綺麗になった。こんなに綺麗になったの久しぶりだし、箪笥の中も綺麗だから写真でも撮ろうと思って携帯に手を伸ばすとグループLINEに一件何かが来ていることに気づく。

「榑沼さんのレポートって授業支援システムのどこに出すの?」

携帯の画面の上あたりを見ると1:36と表示されている。そうだ、そんな課題あったな明日(というか今日)締切のやつ。というかやろうとしてたけど面倒くさくなって、ふと片付けしたくなったんだった。今日は徹夜だな。

 

普段片付けしない人のお片付けスイッチ

それは現実逃避したい時に押される

 

しまっちゃおうね?/片付け/ノルニル

     行き交う車のヘッドライトが濡れた路面に反射する。雨上がりの水たまりが所々に広がって、色づいた楓の落ち葉にまだら模様の染みを作る。仕事終わりの飲み会明けか、街角で浮かれるサラリーマンを横目に路地へと入る。

     嫌なことを何でも忘れさせてくれる店がある。そう聞いたのは、季節が変わるころだった。聞いたところ黒魔術や闇の儀式のようでワクワクする気持ちはある。だが俺もさすがに馬鹿じゃない、最初は眉唾程度に考えていた。

 

     今日の夕方、人事部長に仕事を頼まれた。どうやら先日の失態に関して他の部署に申し訳を立たせる、というのが理由らしいが、その見栄を押し付けられるこっちはたまったもんじゃない。これはまあ仕事だから仕方ないとして、最近思い当たるフシはいくつかあり、結果として慢性的な疲労がある。

     同期入社の宮辻さんと「おつかれ」を交わすのだけが唯一の救いだ。だいたい部長からの頼まれごとにイヤな顔ひとつせずやってのける、彼女はすごい。いっぽう俺のほうはといえば、やっていけないわけじゃないが、時おり大声で喚きたくなるのを必死に抑えることがあって、正直すこし辛い。それで、もしや本当に、と思って残業後にこんなところまで来たわけで、ああ、やっぱり俺は馬鹿だな。

 

     ──魂の買い取り・販売 サトミ洋品店

 

     噂の店は果たして、雑居ビルの地下に居を構えていた。繁華街の中にあって、辺りを異様な雰囲気が覆っている。薄暗い階段を降り、ドアに向かい合う。すこし躊躇いがあったが、心を決めてドアを開いた。

「いらっしゃい。……と言っても、もう店じまいですが」

     店内に入るやいなや、椅子に腰かけた店主らしき人物に声をかけられた。瘦せぎすで背が低く、腰が曲がっているものの顔はそう老けては見えない。年齢不詳、という感じだった。

「お客さん、『しまい』に来たのかい?」

     さらに言葉を投げかけられる。ニガヨモギにも似た、香の甘い香りが鼻につく。アンティーク調の調度品の中に、動物のホルマリン漬けや拷問の器具、怪しげな洋書、昆虫の標本、花が咲いたサボテンに民族の仮面が並ぶ。ひとしきり視線を巡らせ、俺はようやく店主へと向き直った。

「しまう、というか、イヤなことを忘れさせてくれる、と聞いて来たんだが」

「それはそれは、よくぞいらっしゃいました。ではさっそくご説明します。コチラをお手にとってみてください」

     店主はそう言うと、人形を手渡してきた。小さな頭と四肢が、これまた小さな胴体に無造作に縫い付けられたものだ。

「それはブゥードゥー教の儀式で使われるものでして、その司祭は一切の雑念を捨てるために人形に煩悩を託すと言われています。実際、モノは小さいですが、効果はテキメン!ですよ」

     いつの間に近寄ってきたのか、店主が興奮気味に耳元でささやきかけてくる。その目は血走り、上目遣いなのに妙な威圧感がある。

「いじめっ子のグループに入っていじめをやめさせた自分に感じた偽善者っぷりも、クラブの先輩に体操服をアクリル絵の具で染められた記憶もアナタ自身の親御さんのことも何なら恋の悩みだって、ぜんぶイヤなことだけ忘れられます。どうしますか?」

     なぜ知っているのか問おうとして、やめた。重要なのは原理やからくりじゃなく、本当に忘れられるかどうかだ。もはや怪しさしかないが、ここまで来ればもう後には退けない。俺は黙って頷いた。

 

「深く腰かけて、目を閉じてください」

     拘束具のついた椅子に縛り付けられ、言われた通りに目を瞑る。目の前は真っ暗なのに、むしろ視覚は研ぎ澄まされるかのようだ。

「さあ大きく息を吐いて、そのまま記憶を遡ってイメージを大きく羽ばたかせて。そこで形になったらぎゅっと押し固める!……そう、それがアナタの苦しみ。アナタの不幸のもとなのです」

     いくつもの後悔が、形を得て結びつく。記憶は輪郭を失い、ぼんやりとした靄へと姿を変える。

「最後にひとつ忠告です。たとえ思い出したくなっても、決して自分では思い出すことはできません。それでもいいですね?」

「ああ。構わない」

     俺は迷いなく答えた。店主はなおも尋ねる。

「しまっちゃおうね?」

     俺は人形を握りしめた。店主が何やら呪文を唱えた。

「結構。これでもう済みました。効果は一晩明けたあたりで現れるはずです。さ、人形はこちらにいただいて。さて。お代ですが、一件につき5千円。しめて2万5千円いただきます」

     意外に呆気ないものだ。魔法陣とか悪魔召喚とか、そういうのを期待していなかったといえば嘘になる。代金を渡すと気味の悪い手つきで札束を数え、確かにいただきました、とニヤニヤ呟いて店主は続けた。

「実はここ、質屋もやってまして。アナタの辛いこと苦しいこと、売りに出すこともできますがいかがいたしましょう」

「他人の苦しみなんて、いったい誰がわざわざそんなもの望んで買うんだ」

「まま、そこはモノ好きな方もいらっしゃるということで。どうします?」

「いいよ、好きにしてくれ。どうせもう二度と思い出したくもない記憶だ」

「わかりました。もし売れたら、ご連絡を差し上げます」

お客さんの秘密は守りますから、そういう店主の言葉を尻目に俺は店を出た。

 

     夢を見た。子供のころの夢。絵本、レゴ、ひとりぼっちの人生ゲーム。夢中になって遊んでいるところに、母親がやってきて「しまっちゃおうね?」と片付けをはじめた。いやだ、あと少し、もう少しだけ遊ばせて。伸ばした手はやはり、届かない。たいせつなものを手放すのにはいつも後悔がつきまとう。

 

     夜が明けた。目を覚ますと、目元が涙で濡れていた。店に行った記憶は残っている、だが何が嫌だったのか、それだけが思い出せない。

     会社に着いてすぐ、頼まれた仕事に取りかかった。いつもに比べて妙に集中できて、一週間かけてやろうと思っていたのが2日で終わった。

     仕事ができるようになると最初は褒められ、それがうれしかった。できることが増えるとだんだん褒められなくなり、失敗したときだけ怒られるようになった。一見損な役回りにも思えるが、それは「できて当たり前」という最高の評価をはじめにもらっている、という風に思えるようになった。そんなある日のこと。

     繁華街で宮辻さんを見つけた。考えてみれば、仕事に精を出してから、彼女と話す機会はほとんどなかった。あまり飲み会にも顔を出さず、終業後はすぐ帰り支度をはじめる彼女が、遅くにこんなところに一人でいるのは妙だ。悪いとは思ったが、気になったので後をつけてみる。

     追いかけると、宮辻さんは『サトミ洋品店』の前で立ち往生していた。ずいぶんと悩んでいる風だったが、やがて心を決めたようで地下の店内へと向かっていった。

     目の前で見たというのに現実味がなかった。どうしてあの人が、まるで信じられなかった。近所の牛丼屋で時間を潰し、閉店間際のサトミ洋品店へ駆け込んだ。

 

「ああ、お客さんご無沙汰です。また何かイヤなことでもありましたか?」

「違う、そうじゃない。さっき女性が来ただろう。彼女の悩みを教えてほしい」

「残念ですが、それは無理な相談です。お客さんの秘密は守る、言ったでしょう?」

     むかし世話になったとき、確かに店主はそう言った。そうだ、質問を変える必要がある。考えろ、落ち着いてよく考えるんだ。

「なあ、彼女は『しまった』んだよな?だったら、彼女がしまったイヤなことを買う、というのはできるのか?」

「ほう、良いところに目をつけられましたね。先ほどのお客さんは質に入れていきましたので、それは可能です」

「買わせてくれ。今すぐ」

「わかりました。ただ、もちろんお代はいただきます。それにしても……いや」

「なんだ?言いたいことがあるなら言えよ」

「いえ、お客さんもモノ好きだなあと思いまして。せっかくイヤな思い出から逃れられたのに、わざわざ好き好んで他人の分を背負うなんて。まったく、面白いです。ああ、これは失礼」

     店主が心から可笑しそうに笑っている。俺は黙って拘束椅子に座った。

 

     かつて望んだことと真逆の目的で、俺は目を閉じる。いったい俺は彼女の苦しみを知って、それでどうするというのだろう。俺は主人公にはなれないかもしれない、それでもいい。秘密を共有できるのは今夜だけで、明日の朝になって彼女が苦しみを忘れたとしても、俺だけはずっと覚えていたいと思った。でも、ひょっとしたら。迷いだらけだったが、それを打ち消すように人形を握りしめた。