「百合」カテゴリーアーカイブ

好きという螺旋/百合/縦槍ごめんね

最近、恵美子が妙に冷たいのです。私と恵美子は親友です。高校に入ってから知り合ったのですが、クラスに馴染むことのできていない私に社交的な彼女は話しかけてきてくれました。私達はすぐに仲良くなりました。休み時間中はずっと一緒にいたし、帰り道も同じだったので、彼女の部活が無いときはよく一緒に帰ったりしていました。お互いの夢についても語り合いました。彼女は美容師になりたいらしく、高校を卒業したら、専門学校に通うそうです。私はこのまま母の実家のある田舎の大学に進学するつもりなので、夢に向かって一直線な彼女のことを羨ましく思います。そんな私ですが、最近うれしいこともありました。なんと、この私に、彼氏ができたのです。彼は智也くんという、三年生になってから、同じクラスになった男の子で、隣の席になってからよく話すようになり、驚くべきことに彼から私に告白をしてきて、付き合うことに、なりました。幸せです。確かに幸せなんですけど、やっぱり恵美子のことが気になって仕方ありません。どうして、こうなってしまったのでしょうか…。

こんにちは。私、恵美子っていいます。最近私の好きな人が寝とらました。私が最初に目をつけていたのに。あの人はきっと、私の苦労なんてしらなかったんでしょう。家の方向が一緒といって嘘をついて、よく家まで送っていくことがあったり、本当は部活に所属していないのに、していると偽って、あの人につく悪い虫を徹底的に排除することを心掛けたりしていました。あの人が東京出身だって、言うから一緒に夢を追いかけられると信じていました。なのに、なんで、なんで…。私はあの人もあの人の恋人も許せそうにないです。どうして、こうなってしまったのでしょうか。

どうも。智也です。最近僕の身の回りでは、なんだか嫌なことが起きています。最近彼女ができたのですが、彼女と家に帰っている途中で奇妙な視線を感じるんです。そして、彼女を送り届けたあともその視線は残り続けるのです。そして、ついこの間は、部屋に戻ると何者かが侵入した形跡が残されていました。幸いなことに、金目の物は盗まれてはいませんでしたが、彼女に送るはずだったはずのプレゼントが盗まれていました。本当に困りました。このままだと僕は純粋な気持ちで、彼女とお付き合いできません。警察に相談したほうがいいのでしょうか。どうすればいいのでしょうか。

どうも警察です。最近、面倒くさい相談が多いです。特に面倒くさかったのが、高校生同士の恋愛のこじれで女の子が男の子の家に不法侵入したという案件でした。どうせしょうもない女の嫉妬が原因ですよ。持てる男は辛いですねぇー。でも、男の子の方は不安でしょうがないらしいです。ほんとどうすればいいんでしょうか。

半透明少女関係/百合/T

左耳につけているのを強引に引っ張って抜いて、ねえイヤホン半分こしようよって青子に言ったら、真顔でやだって言われた。なんでって聞くと、なんか嫌じゃない?そういうのって、やっぱり真顔で青子は言った。

学校の帰りの電車のなかで二人っきり。二人っきりなのに青子はイヤホンをしている。青子のイヤホンは白いやつで、普段はウォークマンと一緒に制服のポケットに入ってる。暇さえあればそれで何か聴いてるし、この前見てたら授業中にも付けてた。もう青子の身体の一部分みたいなものだって私は思ってる。いつもそんな感じだから別にいいんだけど、でも今日はなんとなくかまってほしかった。  

 

「じゃあ、普通にイヤホン貸してよ。青子がいつも何聴いてるか知りたい。」  

 

「いいよ。」  

 

意外とすんなり、青子は外してなかった右のイヤホンも取って左右両方を私に貸してくれた。さっきまで青子の体の中にあったからちょっと温かいイヤピースのゴムの先を、耳の奥へ入れる。

曲が始まると、思ってたより大きい音がしてびっくりした。なんか耳がキンキンする曲。歌ってるのたぶん男の人だけど、後ろの音が大きいし、叫んでて何言ってるか全然分かんない。青子、いつもこんなうるさいの聴いてるんだ。難聴になりそう。

耳痛かったけど、一曲終わるまではちゃんと聴いた。  

 

「これなあに?」  

イヤホンを耳から外して、横でスマホをいじってる青子に聞いた。  

 

「ナンバーガールっていうバンド。」  

 

「へえ、これかっこいいね。」

ほんとは、かっこいいともかっこ悪いとも思わなくて、ただうるさいだけだったけど。私バンドとか聴かないし。  

 

「ガールなのに歌ってるの男の人なんて変だね。」  

 

「そうだね、たしかに。」  

 

私が何を話しかけても、青子から帰ってくるのはだいたい必要最小限の答えだけ。低い、ちょっとかすれた声でボソッと言うだけ。私はもっと青子の事知りたくて、たくさん話したいって思ってる。でも向こうはそんな事思っていないっていうのは、青子の感じ見てればわかる。嫌われたくないし、もう嫌われてるんじゃないかなってすごい思うし、それで私も何話していいか分からなくなる。でも青子の近くにいたいっていう気持ちは抑えられなくて、今日も隣にずうずうしく座っている。  

 

二人で一緒に電車に乗っているのは20分くらい。青子の降りる駅のほうが先に着く。私はその次の次の駅。息苦しいのに、もっと長く続けばいいのにって思う不思議な時間。でもだいたいすぐ終わってしまう。  

 

「瑠美。」

…名前を呼ばれるだけで、ドキッとする。  

 

「ん?なに?」  

 

「明日用事あるから、いっしょに帰れない。」  

 

「わかった。」      

 

 

 

「…あとイヤホン半分こにしたくないのは、瑠美とだけじゃないよ。」

じゃあねって言って、青子は電車から降りて行った。    

 

私は青子から何を言われたのか分からなくて、ぼーっとしていた。ぼーっとしてたら、もう次の次の駅に電車は着いていた。降りてから、あ、青子にバイバイって言ってなかったなって気付いて、LINEしようかなって思ったけど、なんとなくやめとこと思って、そのままうちに歩いて帰った。

危うくて儚い/百合/ふとん

 

 

「あと連絡ある人いますかー。じゃ起立―、さようなら。」

 

さよーならー。

きわめて形式的なあいさつを自分でも言ったかどうか分からないくらいの程よい大きさでみんなの声に混ぜて、机とその上に乗せた椅子を一緒に後ろに引っ張った。

荷物掛けからジャージの入ったリズリサの袋を取って階段に近いほうの入り口から廊下に出ると、壁に寄っ掛かってラノベを読んでいた未菜美が私に気付いた。

 

「おっ、帰ろ」

「疲れたー、うち来るしょ?」

「行くー」

 

上履きをスニーカーに履き替えて外に出ると十月の少しだけ冷たさを含んだ風が吹いて、セーラーでもなくてブレザーでもない絶妙なダサさを持つうちの中学の制服のスカートをわずかに揺らした。

 

私は襟のないジャケットの中に重ね着した薄いピンクのカーディガンの袖を握って、未菜美は青いチェックのマフラーを首に巻いた。ボーイッシュにカットされた未菜美の細い髪がその中に埋もれた。

 

「今月号のケラに載ってたアルゴンキンのチョーカー、まじで可愛かったさ、ほしーなあ」

「まじか、誕生日に頼んじゃえば?てかさー、全身パンクとロリータで街歩くの、いつ叶うかなあ」

「お金足りなすぎんだよ、はやく高校入ってバイトしたい」

 

学校から10分もかからないうちまでの道のりではその日に起きた数々の事件を話すのに足りるはずがないこと、だからって家の前で立ち話するときりがないことに、肌寒くなってきてやっと気づいてからは、放課後にうちで夜まで喋るのが日課になっていた。

 

「ただいまー」

未菜美と玄関のドアを開けると見慣れない大きい黒い革靴があった。

お母さんが居間から顔だけ出して言った。

「おかえりー、今税理士さんが来てるから上で遊んでなさい」

「お邪魔します」

 

未菜美は普段口が悪いけど、目上の人にはいつも礼儀正しかった。

私は未菜美の前でお母さんにいつも通りのいい子の返事をするのがなんとなく嫌で、へいへい、と適当な返事をして階段を上った。

寝室にしていた二階の和室の畳に重い鞄を放り出して、ふたりで向かい合ってぺたりと座った。

 

「さっき言ってた雑誌持ってきたよ、見よ」

「見る見る」

 

教科書とプリントが詰まった紺のナイロンには黒猫が、茶色の合皮にはピンクのうさぎがぶら下がって、二匹お揃いの黒い眼帯で隠されていないほうの目で私たちを見つめていた。

半分だけ開いていた障子窓が西日の赤さをやわらかく通した。

この季節には壁際の飾り棚と化している据付けのストーブの上に置かれた丸っこい目覚まし時計の短針は4に差し掛かろうとしていた。

 

畳に広げた雑誌を見ながら、ふと、未菜美の足元に目が行った。紺色の分厚い生地で折りたたまれた、可愛いと評判の学校のそれに比べると多すぎて野暮ったいプリーツのすそと、黒い糸で編まれたソックスのあいだから、薄く淡い肌色が覗いている。

ラメの入った紫色の糸で小さく刺された女神が彼女のふくらはぎに張り付いたまま、さりげなくきらめいていた。

このままブラウスの襟もとに結われた深緑のサテン地の蝶の足を引っ張ってほどいてしまったらどうなるのか、考えてしまいそうになって、はっとして目を逸らした。

 

「ほら、これ超かわいーよね」

「ん…、ほんとだ、可愛い」

 

今、私は何考えてたんだ。

つかみどころのない戸惑いと罪悪感を、心の底に押し込めた。

よだかのほし/百合/θn

望美は多分阿呆の子だ。

感情的で、すぐ泣くし、それなのに騒ぐだけ騒いだら何に傷ついたのか忘れてる。いやなことは全部「むかつく」で、感動は全部「やばい」だ。そこらへんの小学生の方が、まだ語彙力あるんじゃないかな。

そのくせ見た目はすごく派手。髪は色が抜け落ちて金より白に近くなってる。逆に肌は日焼けして真っ黒。将来絶対皮膚ガンになるだろう、賭けてもいい。

ほんと、年寄りがよく言う「ダメな現代人」の典型例なのだ。

私の言うことは何もかも鵜呑みにするし、私がこんな風に思ってることなんて知るわけもない。むしろよくこの17年間生きてこれたなと、呆れより先に哀れみが来てしまう。それぐらい、望美はよく言えば純粋、悪く言えば馬鹿だった。

「それなのに、なんでだと思う?」

私の声は、しんと静まり返った部屋の中で寂しく響いた。

さっきまでの明るさはもうどこにもなくて、憂鬱ばかりが沈んだ部屋。望美が残してった流行りのお菓子は居場所がなさそうに散らばっていた。

この静けさを壊さないようにそっと立ち上がる。

かちゃりと窓の鍵を下ろしてそのまま開くと、冷たい風が部屋の中に吹き込んできた。顔を出せば真っ暗な空には雲ひとつない。真冬の空気は澄んでいて、東京の空にしては随分星が見えた。普段はうるさい車の音も今日は聞こえてこない。

まるで、世界に私だけ取り残されたみたいだ。

星の名前は小学生のときにいっぱい覚えたけど、ほとんど忘れてしまった。ひときわ輝いて見えるあの星は、何だったかな。

風は身を切るように冷たい。耳や頬はあっという間に冷えてしまった。それでもゆっくり夜の空気を吸い込めば、肺がちりちり痛んだ。

退屈だったから適当に話しかけて、流れで遊びに行くことになって。結局高校で一番長く時間を共にしている。タイプは正反対なのに、妙にくっついてくる。登下校も、昼ご飯も、放課後も。望美は大好きとか親友だとか簡単に言ってしまえるから、私ももはやそれに違和感は覚えなくて、そんな関係がだらだら続いた。

「さむい……」

かじかんで感覚がなくなった指先をこすり合わせながら、窓を閉めて暖房の温度を上げる。もう一枚何か羽織ろう。望美と色違いで買ったセーターはどこにあったっけ。望美は黄色で、私は水色。

わかってる。本当は憧れてるんだ。

自分にはない無垢さや、星の名前と一緒に忘れてしまった純粋さや、素直に好きだと言えるその無邪気さが。

どんなに私が願っても、もう手に入らないその全てを望美は持っていた。

私が生きるために切り捨てたものを、彼女は大事に抱えて、目の前に現れたのだ。

「望美なんか、消えてしまえばいいのに」

そんなに眩しいと触れることすらできない。
手に入れようと近づいて、燃え尽きてしまわないように。

私は彼女のそばで、強がることしかできない。
明るくなりすぎた星は、消えるだけだと信じて生きてきた。

彼女の言葉に「私も」と言える日は、きっと二度と来ない。

誰しもみんな/百合/眉毛

昨年末、よくわからない研究結果が発表された。「女性はみんなバイかレズ。ストレートなんていない!」というものだ。英・エセックス大学新理学部のゲルルフ・リーガー博士による研究で、被験者である女性345人に魅力的な男性と女性の裸体映像を見せ、彼女たちがどのような反応を示すか調査したところ、同性愛者だけでなく異性愛者の女性でさえ、男性の裸ではなく女性の裸に強く反応していたというものだ。

これに対しネットでは、「私は違う。」「そんなわけはない」という反応ももちろんあったが、積極的ではないが肯定的な意見もあった。「同性は恋愛対象にならないけど、AVは男目線で観て興奮する。」「見えそうで見えないチラリズムとか女の私でもムラムラする。」こんなことを言っても、みんな決まって、「だからといって女とセックスしたいとは思わない。」と言っていた。

 

この興奮やムラムラの正体は何だろう。このとき女性が興奮している対象は、きっと「見てはいけないものを見てしまった」という状態だ。女性の裸体は隠される。温泉に行ったときでさえ、できる限り周りを見ないように、だれかに見られていると思われないように、遠慮して過ごしている。自分の裸なんて凝視されたくないし、ほんとは周りの人がどんなスタイルでどんなおっぱいなのか見てみたいけど、相手に気づかれないように遠慮して見る。自分と同じ性別の他者の裸がこんなにも遠い存在なんだもん、そりゃ女の裸見たら興奮するでしょう。見てはいけない、何かこう罪悪感とも言える感情が、よりスリルに、わたしを興奮させてゆく。AVだってそうだ。女性が、周りに裸を出して、よくわからない男性に苛められている。こんなイケないことを見てしまっている自分、きれいな女の人が裸で我を忘れるほど興奮して本能が解放されている姿、本当はこんなの見てはいけないのに、それを見てしまった自分、そこに興奮しているのだ。

そこでまたこの問題にぶちあたる。「だからといって女とセックスしたいと思わない。」セックスしたくなる対象ってどうやって決まるのだろうか。本来の目的が子孫を残すことである以上、異性同士のセックスでないと話にならない。そういった本能からくるのか、それとも教育からくるのか。しかし子孫を残すためのセックスでない場合、別に同性でしても問題はない。しかしそれを「できない」とさせる判断はやはり常識や教育とか二次的なものから来てるのかも。もしそうなら女が女の身体に興奮できる以上、実は誰だって女とできる可能性を持っているのかもしれない。

本当にみんなバイかレズなのか。

三角/百合/シュウ

「あってほしい人がいる」

付き合い始めて三か月ほどたったある日、僕の彼女――美咲に改まった口調で言われた。あってほしい人? 親か? 付き合ってまだ三か月だぞ、さすがにまだ早すぎるんじゃないか? と勝手に一人で考えていたがどうやらそうではないらしい。どうやら人を紹介したいらしいが、どうも煮え切らない様子だった。詳しく聞きたかったのだが、

「それじゃあ、金曜の夜あけておいてね」

一方的に話を打ち切られてその場は終わってしまった。

約束は近所のファミレスだった。美咲は先に入っているらしく、僕は後から美咲が待っているテーブルのもとへ到着した。座席を間違ったかと思ったが、きちんと美咲はそこにいたので、間違ってはいないらしい。ただ、美咲の隣に知らない女が座っていた。

「お待たせ……」

平生を装って声をかけると、美咲は振り向いて僕の存在に気付いた。

「あ、来た来た。座って」

何事もないように、着席を求められた。これから面接が始まるのではないかという緊張感である。美咲と知らない女が面接官。

「さっそくだけど、あってほしい人ていうのはこの人なの、加奈子」

そちらに一瞥すると「ちす」と挨拶してきた。なんだかロックだ。

「それでね……」

美咲は口ごもってしまった。どうも歯切れが悪い。加奈子に「言うんでしょ?」と背中を押されると、決心がついたようで、ようやく口を開いた。

「言おうかどうか悩んでたんだけど、やっぱ隠してるのも居心地悪いから言うね。私たち付き合ってるの」

時間が止まった。理解しがたい出来事に直面すると頭が真っ白になるというのは本当だったらしい。

つまりは、あろうことか二股をかけられていたわけである。もっとも、美咲の二股の相手は女であったわけであるが。「あってほしい人」という言い方で紹介しようとしたのは、相手が女だから許されるであろうと思ったのだろうか。

何だろう、この三角関係……。不倫ではないのだろうけど、釈然としない。

「別れようってことじゃないんだけど、それでも私のことをきちんと知っていてほしかったの。なあなあな関係は嫌。あなたのことも好きだけど、彼女のことも好き」

そう言い切った彼女は、強い女性ではあるが、ひどい女性でもあった。こんなシチュエーション、考えてもみなかった。そして、僕らの関係を僕に押し付けてしまっている。関係を決めきれない美咲の弱さでもあった。

それでも、彼女を見る限り、僕の答えを待っている不安そうな彼女を見る限り、大真面目なようだ。

ここははっきりしておかなければなるまい。美咲の気持ちにまっすぐ答えよう。

僕の気持ちは……。

二人/百合/ボブ

私の通っていた学校には誰の目にも分かるようなレズカップルがいた。学年は違っていたけれども、その存在は先生を含め学校中に知れ渡っていた。そういう異質なものは話のネタにはうってつけであったから、休み時間になると二人でトイレにこもるらしいなどという類の噂は絶えず流れていた。二人のうちの一人はどこにでもいるような女の子。ストレートの長い髪をいつも綺麗に二つに結わいていた。もう一人は膝丈より長いスカートに男の子しかしないような短髪姿。お世辞にも可愛い女の子とは言えない、独特の雰囲気を醸し出していた。

 

二人はいつも一緒にいた。増えることも減ることもない。いつも二人。きっと二人に居場所はなかったのであろう。学校では明らかに孤立していた。学年が三つも違う私でも容易に分かるほどに。この孤立が二人の関係をより強固なものにしているのは確かだった。孤独ではなく、孤立。依存することでしか生きられなくなった二人。その二人を私は外から見ることしかできないかった。切なくて愛おしい、私にとって二人はそんな存在だった。二人はどんな会話をしていたのだろうか。どんなところに惹かれあったのだろうか。それは二人にしかわからない。

二人の目はいつも死んでいた。俯き加減でどこも見ていないような目。とても印象的だった。今でも覚えている。その目には何も写ってはいなかった。光さえも写り込んではいなかった。そんな表情からは何も読み取れはしない。感情を出さないことで二人は二人の世界を守っていた。表情を殺すことは周りを遮断するための手段であったのだろう。

 

二人が卒業してから、その姿を見ることはなくなった。噂を耳にすることもなくなった。二人は元気だろうか。今でも一緒にいるのだろうか。どうか誰も邪魔していませんように。そう願うほかないのだ。

瞋恚/百合/なべしま

人の記憶というものは、薄れゆくものでありますから。
遠い国には大きな石の、積み上がった場所があるそうですが。
それが何か。それさえ忘れ去られました。
だからこの丘の上に鐘のあることを、誰もが忘れてしまったとて、不思議ではないのでしょう。


「安なの?」
「うん、そう。また来た」
鐘の中は、声が籠ります。
キヨはよい声をしていたから、安はそれが惜しくもありました。
「キヨ、どうしても、そこから出てはこれないの?」
何度目の問いでしょうか。いつだって、キヨの答えは変わらないのです。
「どうしようもできないわ」
いつもそう言います。けれど、
「でもね、気づいたのよ」
キヨはそう告げました。


数年間、安は鐘を訪れました。
一度も助けはありません。皆忘れているのでしょう。
「ねえキヨ。鐘の中ってどんな風?」
「うん、そうね。今は昼だから少し明るい」
「へえ!意外。光があるの」
「少しだけれど」
安は鐘に寄り添います。日の光で、ほのかに温かいようでした。キヨの体温のようにも思えました。鐘の厚い金属の向こうに、たしかにキヨを感じます。おそらくキヨも、こちらに体を寄せるのでしょう。キヨの声が、鐘の表を伝わります。
「それよりも、何か嫌なことでもあった?」
キヨの声。それがあまりに優しいから、何もないよと答えるのです。


「なあに、キヨ。どうすればいいのか、教えてよ」
安の声は弾んでいました。
「私とずっと、お話しして、そうしてくれるの?そうなるの?」
「ごめんなさい、安。そうじゃないの」
キヨの声も、晴れやかでした。
「このまま鐘を、焼いてほしいの」
それは安に会ってから、ずっと思っていたことでした。幼い安に言えることではありません。だから待っていたのでした。
「私には愛しい人がありました。その人に、こちらを向いてはもらえません。きっと私あの人を、憑き殺したはず。この鐘は、慈悲だったのです。もう要らないわ。安のお陰よ。だから」


鐘を炎が嘗めました。盛大に鐘を包みます。面の模様をちろちろと、いやらしく這い回ります。鐘が鳴るのは、キヨの悲鳴なのでしょうか。低く、陰気な声でした。
その晩、キヨに捨てられた夜。安は不思議な夢を見ました。
白いされこうべの口の中、蛇がとぐろを巻いています。ぞろぞろ這い出て、それっきり。

こんくらべ/百合/フチ子

「胸重たい、痛い」
「予定日いつ?」
「明日」
「もうすぐだね」

となりに寝そべる由美の胸はいつもより少し張っていて、弾けてしまいそうだった。今日もたくさん歩いて、たくさんの人と話して、疲れてしまったけれど、最終地点がここなら、いい日だったように思う。

「むくみもひどいの、今回、さわって」
「ほんとだ」

由美の細くきれいな脚が、ほんの少し固かった。こういうとき、きまって由美は機嫌が悪い。今日、ご飯食べながら愚痴が2割り増しだったのも、お風呂にいつもより多く入浴剤を入れてしまっていたのも、そのせいだろうか。

「家の近くでね、昔の同級生に会ったの。まだ26歳なのに、少し髪が薄かった。いやな気分になっちゃった」
「いやな気分?」
「そう、もっと気を使いなさいよって」

その2人の姿を、偶然私は見ていたけれど、どうにもいやそうには見えなかった。それが由美のよそ行きの顔だとしても、楽しそうだった。

「もう26でしょう。わたしたちもちょっとずつ老けてるのよ」
「そうだけど。彼、結婚したらしくて、その幸せにかまけてるの、たぶん」

そう言ったときの、由美の表情をちらりと観察する。よかった、「残念」といった感情は見てとれない。由美と彼を見たときから微妙に感じた強張りが、ほどけていく。

もう彼女と8年も一緒にいるのだから十分わかってる。彼女は男の人を好きにはならないし、私のことは大事に思っているし、特別であることくらい、わかってる。わかっているつもりでも、いつか「普通」の女性に戻ってしまうのではないか、今が「異常」なのではないかと、たまに、不安になる。

「美咲、今日なんだかいやなことでもあった?」
「ない、と思う」
「ならいいけど。実家にはたまには電話しなきゃだめだよ、どんな場合でもね」

母は私のことを理解はしなくとも、否定はしない。ありがたく感じていたのに、最近は億劫になって電話をしていなかった。そんな話していないのに、由美の鋭さはいつも感心する。

「まあわかるけどね〜、だれだれちゃんが結婚したって聞いたわよって、言われる続けるの面倒だしね」
「だね」
「昔好きだった子の名前とか出てくるよね」
「だよね」

その重圧に、負けてしまわないか。由美も、わたしも。そんな不安がこびりつく。「おともだちとして」好きな男友達と一緒になった方が楽なんじゃないかとよぎった10日前、由美とわたしの結びつけるものってなんだろう、と純粋に考えたりした。

「あと20年もすれば、本当の意味で諦めるでしょ」
「半分はすぎたかな」
「すぎたすぎた。眠い、寝よう。」

そうだね、と心の中でつぶやいて、わたしも寝そべった。

甘え/百合/きりん

洋子は多分、写真を撮ることにしか興味がない。そのこだわりようは、まるで必死でカメラにしがみついているかのようだ。
私のことも、たいてい近くにいる被写体あるいは人手、としか思っていない。サークルも入ってないし、勉強もしないから、なんで大学に入ったの?と前に聞いたら、親との交渉の結果なのだという。

彼女のかっこいいけど危ういところが、私は結構好きだった。

お昼休みのあと、今日も今日とて私と洋子は空き教室を占領してだべっていた。
「叶は肌が白くてきれいなのよ。光っているみたい」
私に向けられたカメラがひょいっとずれて、視線が合う。わずかに目を細めて、満足そうな顔だ。ゆるやかに弧を描く唇。肉々しい、ちょっと荒れた唇が低い笑い声を漏らした。
「さすがに発光はしないと思うな」
私も応えて笑った。

言葉が途切れる。私達の視線はサーチライトのように交差し続ける。人と目が合うというのは良いことだ。相手を感じる。

明るく静かな教室の中で見つめたり、見つめ合ったり、撮られたりしているうちに、不意にこらえきれない思いがして、私は彼女の目を捕まえ、とっておきのおねだりをした。
「ねぇ洋子。……私ね、いつか自分の半身を抱きしめてみたい。腰から下をぎゅーっと、向かい合わせで。肌が白いから、その断面もきっと綺麗だよ。そしたら洋子、私を撮ってよ」
そして私は静かに目を閉じて、自分の体から流れていく血液の音を聞くのだ。前からちょっとした理想だった。私の理想の終わり方。一度、一生に一度、最後の私を洋子に撮って欲しい。

「無理よ」

否定はたたき切るように強い声だった。
「なんでよ」
どんな写真も、あなたなら撮ってくれると思ったのに。

洋子は睨みつけるようにそっぽを向いていた。
その反応は激烈なのに、とてもゆっくり起こっていた。
「そりゃ綺麗でしょうし、とても見てみたい。けど……だって、そしたら、あなた死んじゃうじゃない。嫌よ」
その気弱な発言に驚く。彼女に何があったんだろう。でも冗談のつもりじゃなかったから、その切な声が真剣でちょっと嬉しい。

「私が若くてきれいなうちでないと……ね?」
「叶、やめてよ」
「え〜。……ケチ。写真バカのくせに」
「なんとでも言いなさい」

「遺書書いとくから」

「それでも殺人幇助じゃない」

「処理だけお願い」

「嫌……」

どちらからともなく腕をまわして、濡れた頬を重ねあわせた。