「目」カテゴリーアーカイブ

目か耳/目/縦槍ごめんね

人間、視力もしくは聴力どちらかを失わなければならないという選択を強いられたとき、おそらく大抵の人間は聴力を選択するのではないか。それほど人間は「目」という部位に依存して生きている。それがもし、何かしら外部からの攻撃によって失わされるのであれば、なおさら目は嫌だ。
何故、今こんな話をしているかというと今私はその選択を強いられるという窮地に立たされているからである、私は一介のサラリーマンであったが、道端で拾った封筒のせいで、よからぬ方々につかまり、今尋問を受けている最中なのだ。知らないといっても彼らは私の言うことなど何も聞き入れてくれない。そして、今遂にその尋問は拷問に変わろうとしている。さて、ここで、最初の話だ。彼らは目か耳か私に選べといってきた。私も馬鹿ではないこの一言で大体察しはついた。先ほどは目か耳なら絶対耳のほうがましだといったが、そんなのどっちも嫌だ!大体なぜなんの関係もない私がそんな事強いられなければならないのだ!あまりの恐怖感に私がどちらも選べずにいると、向こうは私の意志など無視して、勝手に目を潰しにきた。いやいやいや、ちょっと待って!目はないでしょ、目は!どう考えても目より耳の方がましだ!あれ?もうさっきと言っていることが違うがとにかく目は嫌だ! 目だけは止めてくれ、心の中で放ったと思われた言葉はどうやら心の中から漏れていたようで、向こうの方々は目を止めて、耳を潰しにきた。徐々にドライバーが耳に近づいてくる。怖い怖い怖い!もうどっちも嫌だよ、なんでもいいから助かりたい。この状況から逃げ出したい。ドライバーが耳の中に入ってきた。そして、鼓膜までもう少しというその瞬間、バン!とドアが開いた。何やってんだ、という怒号と共に5,6人の男達が入ってきた。どうやらその方々は今私の目の前にいる方々と敵対しているグループのメンバーらしかった。そして、私の持っていたものが取引にとても重要なものであったというざっくりとした説明を受け、もう用済みだということで早々と逃がされた。そして、最後にここで見聞きしたことは絶対口外するなと言われた。

それから家路につき、家に着いた瞬間、私はすごい脱力感におそわれ、次の日の会社にいくことも忘れ、ずっと眠っていた。それからしばらくは、あんなことがあったにも関わらず、普通の生活を送っていた。しかし事件から二週間が過ぎた、ある日の帰り道、私はいかにも向こうの方だという、人間を見かけた。その瞬間あの事件のことがフラッシュバックしてきて、ものすごい恐怖感に襲われその場でうずくまり、嘔吐してしまった。それから、徐々に私の生活は瓦解していった。向こうの方々に似た人を見かけたり、似た声を聞くと心拍数が高まり、動けなくなる。毎日それを繰り返していると家からでることもできなくなり、今ではもう家のなかにいても聞こえてくるそとの音とか、ラップ音ですら、あの事件を思い出させるトリガーになりうる。私は思った。いっそのことあの時両目、両耳とも潰されておけばよかったと、そして、私は気がつくと自らの手で自らの視覚と聴力を消していた。

意味がない/目/ゆさん

わたしは、電車で化粧している女の子を見て、とても潔いとすら思ってしまう。

 

多くの女性にとって、素顔と化粧後の顔の差を他人に見られてしまうことは、なるべく(絶対に、というひともいるだろう)避けたいことのはずだけど、公の場でそれを晒してしまう彼女たちにとっては、誰が見ていようが問題ないのだろう。と言うより、電車を降りて目的地に着いて、その完成した顔を見せたい相手以外に見られようが、関係ないのだ。もはや見られているとすら思っていないのだろう。人前で化粧をすることは恥ずかしいことだ、という当然のものとなっているようなマナーすら気にしないその態度、清々しいとさえ思える。まあ当人はそんなことすら考えていないかもしれないけれど。

 

「他人の目を気にする」とは言っても、「見られたい目」に見られることしか気にしていないような気がする。無数の目に晒されていようが、わたしがそのことを知らない、気付かない、そして何より興味がないのであれば、そんなものは無いのと同じだ。そう思うととても楽になる。少なくとも、わたしの場合は。「見られたい目」に見られて、さらに何かのレスポンスをもらえることを期待して、外見なり言動なりを取り繕って、はい、どうぞ見てください、と相手に提示しているのだから、「見られる」という受動的な立場ではなくて「見せる」能動的な立場なのではないかとドヤ顔すらしてしまう。提示なんて大げさな表現になってしまうけど。その精神性は、電車で化粧をする女性と同じかもしれない。「別にお前には見せていない」的な、妙な開き直りがある。

 

なんて自意識過剰なんだろうかと、自分でも思う。わたしが提示しようがしまいが、見ている人は見ているし見ていない人は見ていないのだ。それなら、せめて自分は能動的な立場にいる、などとドヤ顔している方が、幾分か生き易い。

そもそも、見るだの見られるだの、そんな曖昧なやり取りにこだわって精神を消耗させることが無駄なのかもしれない。わたしが見ている相手も、はたまた相手に見られているわたしも、結局は互いが認識した像でしかないのだから。

 

なんてまとまりもなくつらつらと綴った文章を通して、どんなわたしが「見られ」ているのかも、わたしには定かではない。

魅惑の力/目/ふとん

 

目は、恐ろしいくらいに力を持っている。

誰の目が大きいとか小さいとか、誰に目力があって誰にないとか、そういうことじゃなくて、

目には力がある。

いつからか私は、目の力に魅せられてしまった。

 

目は人を支配する。

見る方は見られる方に優越する。

一歩外に出れば、顔、髪型、体形、服装、行動といったあらゆる情報が見る人に与えられて、見られる側は多大な情報を盗まれることになる。

盗まれてしまった情報は取り返すことが出来ないから、対等になるには自分も相手を見なくてはいけない。

優位に立つには相手に知られないまま、その視線に気づかなければいけない。

探偵や盗撮は極めて卑怯だと思う。こちらが絶対に気付かないように見てくるのだから。

 

だから私は、電車の中で人を見る。

ほとんどの人はそんなことを微塵も気にせずに、スマホの画面や文庫本の文字列に集中している。その中に一人でも自分を見るような人がいると、急に心臓がバクバクしだして、その場を逃げ出したくなる。

 

私の顔を見て、格好を見て、何を思っている?

 

何も気にしていない素振りでさりげなく違う方向を見ているふりをしながら、頭の中がパニックになる。

自意識過剰とは分かっていても、目に翻弄される日々だ。

 

 

 

目は吐き出し、飲み込む。

人の感情は目から流れ出す。

言葉で塗り固めても、隠しても、一瞬の感情の揺らぎはどうしても目に出てしまう。

特殊な能力を持っているわけでなくても、目は、ときには知りたくないことも受け取ってしまう。

夜。同じ布団で抱き合った、けど。キスした、けど。好きだと言った、けど。

翌朝、私は彼の目を見つめた。その目から私への愛が注がれることはなかった。

そっか、そういう感じか。自分が減る感覚。「次」はたぶんない。

 

 

目は虜にする。

高校生のころがきっかけだった。

何気ないことでクラスの男子に後ろから話しかけられた。振り向いて、目を見ながら聞き返した瞬間、相手が顔を赤くして、目を逸らした。

普通こういう反応をされたら彼が自分のことを好きなんじゃないかと考えると思うけど、なんとなく、その時彼は私自身ではなくて、私の「目」に反応した気がした。

 

あの時、私はどんな目をしていたっけ。

 

好きだった生徒会の先輩とふざけながらいろんな話をしていたとき、ふとそのことを思い出して、試してみたくなってしまった。

見つめてみた。想いを全部目から吐き出すイメージで。

私の「好き」は思った通りに、うまく流れ出た、気がした。

すると先輩は私の目を見たまま、固まってしまった。と思ったら、なんと過呼吸になってしまった。冗談かと思ったら本当に苦しそうで、すごく焦った。

しばらくすると何事も無かったかのように、元の先輩に戻った。

多分わたしのせいだった。想いが強すぎたのかもしれない、と思った。

 

すごい……!

 

目の力を確信した私はそれを何度も使った。

目から、感情を流すだけ。感情はすぐに作れた。

好きな気持ちを作ると、心臓がドキドキして目が潤んでくるのが分かる。

数学の先生に職員室で質問しているときに使った。廊下ですれ違いざまに目が合うだけで顔を赤くするようになった。

日本史の先生を授業中に見つめた。ほんの一瞬、授業が停止してしまった。

塾の先生は講師室で、目は赤く、今にも零れ落ちそうなくらいにうるうるときらめいた。

 

 

 

今思えば人を弄ぶ最悪な行為だし、夢のような話だ。

目の力を濫用しなくなって、あれは本当だったのかわからなくなる。

全部夢か、妄想だったのではないか。

わからない。次に使うときまで。

 

 

 

 

 

一人相撲/目/リョウコ

パチパチと何度か瞬きをしてパッと開くと、そこには誰よりも可愛い私が映っていた。折りたたまれた薄い瞼の線は完璧なアーチで、白目と黒目の割合はキッチリ美人の黄金比率。くるんと上を向いた睫毛は薄い黒のフィルムで一本一本丁寧にコーティングされていて、どんなにびしょ濡れになったって落ちてきそうにない。大丈夫、カンペキ。カンペキだ。これならたぶん勝てる。
 「リサぁ、大丈夫?」
ドンドンドンッと借金の取り立て屋みたく乱暴にマイコがドアを殴る。安っぽい居酒屋の頼りない鍵が、ギィギィ啼きながら健気に衝撃に耐えてみせた。その声があまりに可哀想だったので、鼻声の私は無理矢理声を張り上げ、外の酔っ払いに返事をする。
 「すぐ戻るからぁ、平気ぃ」
 早くしてよう、と鼻にかかった甘ったるい声で言いながら、マイコは勝率ゼロの合コンの席へ戻っていった。
 可愛いは、正義だ、たぶん。私の年代で顔が可愛いことは、学歴や経済力と並ぶくらいの価値がある。はずだ、たぶん。
 すぐ戻ると返事はしたものの、まだ全然あの席に戻るテンションじゃない。冷たい便座に腰掛け、ぼんやり目の前ののっぺりしたドアを見つめる。
中学からずっと一緒だったマユミから昨日、明日からアメリカに留学するとLINEがあった。3年間同じクラスだったリサは、ようやく学費が溜まって来年からは服飾の専門学校に通うらしい。2年の時同じクラスだったヤマネさんが結婚したことは、元演劇部のレナから、直接彼女の劇団のチケットを買ったときに聞いた。
お尻がだんだん冷えてきた。便座の冷たさはデニムのスカートとストッキングの二重の防御を掻い潜って、私の腰まで伝わってきている。いい加減立ち上がらなくてはいけない。
ドアを開ける前に、もう一度スマホのインカメで自分の顔を確認する。上を向いた睫毛、綺麗なアーチのラインが入った二重瞼、白目と黒目の黄金比率の私の顔。大丈夫だ、完璧。
鍵に指をかけたとき、ぶるぶるとスマホが震えた。マユミ、「やっほー。見て、発掘しちゃった(画像有り)」。「懐かしくない?」の文字の上、白と黒との地味な配色の画像をタッチする。
「リサのすっぴん、ヤバいね(笑)」。
短い睫毛、完全な一重、小さくて光のない黒目。中2のときの私が、私を睨みつけていた。「もー!やめてよ(笑)」のあとに、適当なスタンプを貼り付ける。酷く惨めな気持ちになった。
 スマホの電源を落とし、ドアを開ける。手を洗い、右目のカラーコンタクトを外した。小さな黒目が鏡越しに私を睨んでいる。
「勝たなくちゃ」
 それは呪いの言葉のようだった。

可愛さ/目/ボブ

女の子は日々可愛くなろうと努力している。可愛い条件として真っ先に挙げられるのはきっと「目」だろう。しゃべる時は相手の目を見るから、目というのは人に見られやすい部分だと言える。現代で可愛いと言われているのは、大きい目である。一重より二重が好まれている。二重は聞いたことあるが一重にする整形手術は聞いたことがないし、女の子のなりたい顔ランキングを見てみると、上位は全員二重である。私の友人は二重になるためなら努力を惜しまない人間で、暇さえあれば二重になるようにまぶたに爪で線を描いているそうだ。また、現代では黒目が大きいと可愛いとされている。赤ちゃんが可愛いのは顔の割合に対して黒目が大きいからであるらしい。

 

ここまでつらつらと可愛さは目にある、と語ってきたわけだが、そもそもどうして女の子は可愛くなりたいのだろうか。好きな男の子がいて、その子に振り向いてもらうために可愛くなろうとするなら女の子が可愛くなろうとするのも納得できる。しかし、そうでもなさそうだ。というのも、私の友人は可愛くなろうとしているが、今好きな人がいるわけでもないらしい。彼女曰く可愛くしていればいつか出会いがあるはずとのこと。しかし、女同士の集まりの時でも彼女はゴリゴリのアイメイクで登場する。男の目線がない場だから、特に可愛くする必要もないのに。そう考えると必ずしもモテたいがために可愛くなろうとしているわけではなさそうだ。

すると次に考えられるのは女同士の目線である。可愛いという基準は結局のところ女性目線から考えられていると思う。世間の女の子が可愛いと言っていることを私たちは実践しているわけで、そこに男性の目線は存在していない。カラコンもアイテープもアイラインもマスカラも男の子はどう見ているのだろうか。私は人の化粧を無意識に見てその人をぼんやりと判断してしまう。きっと自分も他の女の子に同じように判断されているのだと思う。私が日々可愛くなりたいと思っている理由は女からの目線が怖いからというのが大きいからかもしれない。

自分なりの結論は、女の子が可愛くなりたい理由は、人からの目線、特に女性からの目線が気になっているからということにとりあえず落ち着いた。そしてここまで述べてきてもう一つわかったことは、自分も含め、女って面倒臭いなということだった。

見せられないよ!/目/ノルニル

目が悪くて眼鏡をかけていた。ふと眼鏡を外したとき、君からぽつり「きれい」と、そう言われた。
次の日、眼鏡から久しく使っていなかったコンタクトに変えた。

 

君に目を見つめられたらきっと、瞳孔が開いているのがわかってしまう。
でも、君は目を合わせてくれない。笑ったような困ったような、きっと赤ん坊をあやすような顔で、遠い目をしてすこし顔を伏せる。
その仕草がたまらなく切なくて、目を見開いてガラス玉にして感情を殺して、口だけ笑って自分の気持ちを塗りつぶした。

君といるとまぶしくて目の前がみえなくなって、ふだんはしないようなつまらない話を延々として、気恥ずかしさと自分可愛さにぜんぶ茶化して誤魔化して、君の目を見るのが怖くて逃げて。

 

透明な存在になって、光をそのまますかしたかった。
こんなにもあかるい世界に陰を落としたくなかった。
誰の目にも映らない、誰でもない人になりたかった。
人の匂いのしない人になりたかった。
傷つけたくなかった。
傷つきたくなかった。

 

それなのに、君のなかには影を残してみたいと思った。わがままだよね。分かってる。

 
「目がきれいだっていわれたら、だれだってうれしいものでしょう」
幼いころに読んだ、なんて名前の絵本だっただろうか。
今なら、わかる気がした。

見る見られる/目/シュウ

僕の父親はシラスが好きではないらしい。なぜだか訊いてみると、

「無数の目がこっちを向いていて、見られているようで、何だかいい気分がしないから」

と、言う理由らしい。確かにまじまじとシラスを見てみると、無数の目と目が合っているような気がしてくる。こっちが見られているような気さえしてくる。意識し始めたら、白米の上にのせて食べるのも、いい気分ではなくなってくるのだろう。

向かい合った人と目と目を合わせて話すというのがあまり得意ではない。できないというわけではないし、一対一だったら、極力目を合わせて話すようにはしているつもりではあるが、得意ではない。得意と胸を張って言える人なんて、そうそういないのではないだろうか。じっと目を見て話していると、相手の目に吸い込まれそうな感覚がしてくる。相手の目を見るということは、見られているということをいつも以上に意識せざるを得ない。『目は口程に物を言う』という言葉があるが、相手に探られている気がしてしまう。そうすると、何だか耐えられなくなって目線を切ってしまう。ふいに目線を切られた相手はどう思うかなと考えると、なんだか申し訳ないような気持ちになってしまう。

『目は口程に物を言う』と言えば、作り笑いだと目が笑っていないというのはよく知られていることだろう。先日読んだ本の中で目が発するサインについて述べられていた。例えば、目をふさぐという行動、ただ目を閉じるだけではなく手でふさぐというのも、不愉快なことに直面したときに思わず出てしまう行動であるらしい。ただ、目だけを見ていても相手の気持ちを読み取れるかと言ったらそうではない。それに伴う相手の表情から見分ける必要があるそうだ。

確かに『目は口程に物を言う』が、結局物を言うのは口であり、感情を伝えるのは言葉と表情である。どうやら、この言葉に思っていた以上にとらわれていたようだ。目を見るということを意識しすぎたために、見られているという印象が強くなってしまっただけということである。シラスの目もわざわざ意識しなければ、全体を見ていれば、見られているという印象は受けまい。結局は僕の見かた次第なのである。

どうしても彼の台詞が頭をよぎるので/目/きりん

映画「天空の城ラピュタ」が公開されたのが1986年。今年で丁度30年目にあたる。
この映画に登場する悪役、ムスカ大佐は映画の公開から今日に至るまでやたらと人気のあるキャラクターだ。特にネット上ではパロディやその台詞が多用される。

なぜムスカは人々に親しまれているのか。私なりに考察していきたいと思う。

まず第一に、ムスカの悪役っぷりについてみてみよう。
外見は、背が高く軍人らしい鍛えられた体つきの茶髪の男。サングラスほどではないものの、色つきの眼鏡をかけている。設定では28歳、あるいは32歳で多少将来的な生え際の後退が心配されるが、整った顔立ちだ。そして常に吊り上がった眉がその冷酷そうな印象を強めている。
物語中で主人公2人に味方する人間は中高年か、やや間の抜けた姿である。身なりがよく、外見が良さげだからこその悪役だ。

強敵として立ちはだかるべく、その能力もまた優れたものである。旧約聖書やラーマーヤナに通じるほど教養があり、他に読める者がほぼいないラピュタ文字を解読できる。また、リボルバー拳銃での射撃の腕も確かである。
特務部隊所属とはいえかなりの若さで大佐の地位におり、出世も早い。

行動も悪役らしく、冷酷だ。自らがラピュタの支配者となるために、部下や自らの所属する軍を裏切り、彼らの乗った飛行船艦を攻撃、撃墜させる。細々としたところでは、上官に対しては敬語を用いていてそれが慇懃無礼に聞こえる点、主人公達少年少女を追いつめていく際の高笑いや靴音などが彼の嗜虐的、利己的な部分を表している。

次に、ムスカ大佐の台詞に注目してみた。
「3分間待ってやる」
「見ろ!人がゴミのようだ!」
「目が!目がぁぁ〜!」
など、インパクトの強い台詞が多い。上に挙げたなかで三つ目の台詞ならば、これは追い詰めるムスカに対し、主人公らが一気に逆転したシーンでの言葉である。苦痛を訴える声なのに、この台詞が聞こえた瞬間のスカッと感はかなりのものだ。

日本語としても、言葉を強調するために倒置法、比喩法など様々な表現技法が用いられている。
また台詞そのものは短く、テンションが高めであるため、耳にはいりやすく理解しやすい。
やや過激で上から目線なところがネット上でのニーズにあっているのかもしれない。

まとめとして、ムスカのわかりやすさについて記述したい。
ムスカがいかに悪役らしいかは前述した通りだ。しかし彼は全く正体不明の敵ではない。外見がまっとうな人間であるのはもちろん、主人公の1人シータを確保するという目的が冒頭から常にはっきりしているし、その身分さえ自ら名乗っている。視聴者にとってその人物像はぶれることがない。
また、スタジオジブリ作品としては珍しく最終的に死亡が確認される。末路まではっきりしているので、後々復活する心配もない。

この悪役としてのわかりやすさが、ムスカの魅力ではないかと考える。

流行り病に侵されて/目/五目いなり

風の囁きの様に、それは静かに、素早く、至るところに広がった。東の村ではまた一人死人が出ただの、西の街では権力者の誰それが発病しただの、毎日がその噂でもちきりになる程に、その病は徐々に生活を蝕んで行く。

気の滅入る報せは街の工場から流れてくる煙と共に、自宅の窓から入ってきた。毎朝、毎晩、飽きることなく、絶えることなく。嫌なうわさに聞き慣れることはとうになく、街の喧騒にも死の足音にも、耳を塞ぎたくなる。もっとも、そんな噂を聞く耳も、もう少しで腐るのだが。

「大丈夫かい、コウ。辛いところはないかい?」

ぺた、と頬を撫でる手は嫌に熱く感じられた。それとも自分の体温が、いやに低いだけなのか。手探りでその暖かい手を握ってやると、手は一瞬だけ強張って、それからすぐに、柔らかく解れた。少しだけ骨ばった感触が、心地良い。

「大丈夫だよ、ソーニャ。もう、何も気にはならないさ」

「コウ……」

握った筈のソーニャの手を、上手く掴むことは難しい。指が形を失っているのは分かっているが、それを確認することが出来ない。ぽろぽろと指の肉が崩れて行く感覚は辛うじて残っているが、どこまで指が残っているかは分からなかった。恐らく、第二関節はもう残っていないだろうと、私はひそかに踏んでいる。

「最後にまた、この国の青い空を見たかったものだよ」

「……コウが最後に見た空は、灰色だったものね」

ソーニャの声音は、私にかつての風景を思い起こさせた。流れる小川に咲く花々、小鳥の囀りは高い空に響き渡り、草原を駆ける風が頬を撫でる……。

窓を抜ける風からは、煙の臭いがした。それでも工場の姿を見ることができないだけ、ましだった。私は工場の、物が焼ける嫌なにおいの混じる風に、過去の風を重ねてみる。見てさえいなければ、そうであると信じる必要はもうないのだ。特に、このように哀れに、腐った身体を寝台に横たえるだけの半分死んだような私ならば、なおさら。

「ソーニャ、君は生きるといい。この時代、この病に侵されていない人は、すべからく生きるべきだ」

「……」

「みてくれよ、ソーニャ。病に侵され腐り果て、死を待つだけの私を。死を前にしてなお君に縋りつこうとする哀れな私を。最早私の希望は、君だけなんだ。だから、生きてくれるだろう?」

「もちろんだよ、コウ」

ソーニャの声は、どこか震えていた。それはじきに腐り果ててしまう鼓膜のせいではないと私は知っていたが、私はあえて聞こえないふりをする。骨ばったというには少し無骨すぎる、まるで手の肉が剥がれ落ちている最中のような感触のソーニャの手のあり様を見る目も既に失くしているのだから、そうとは思う必要はない。

私は哀れなソーニャの手に縋りついたまま、同じ言葉を繰り返す。生きてくれ、という言葉にする度、ソーニャを殺している気分になる。しかし、言わずにはいられなかった。

「ソーニャ、生きてくれよ」

「ああ、もちろんだとも」

ああ、なんと哀れなことだろう。哀れなソーニャ、最後まで嘘を吐き通さねばならんとは。夢を見るのは時に残酷だなと、私はソーニャの手を握る。全て知っているのはこの腐りかけた、第二関節まで失った私の手だけだった。脳を介さない意思の疎通に答えるように、ソーニャは私の腐った手を、確かに肉の剥がれた手で、強く握った。

スナメリ/目/エーオー

遠くで車輪が線路を踏む音がする。それはゴウンゴウンと洗濯機の音と重なっていったから、電車がここに来たみたいだった。午前7時。制服を取りに二階へ上がった。
 じりじりとセミの鳴き声が増えてきた。8月14日。今日は部活のあと、ひとみが泊まりにくる。

 
 
 風がうっとうしく髪をさらっていった。記録用紙に砂がまぶされる。
 4限終了まであと20分ほどだった。やることがない。どうにも突っ立っているのは惨めだ。目的もなく横に並んだ水道をひとつひねってみる。ほとばしる流水をぼうっと眺めていた。
「まな」
 ひとみだった。学校指定の体操着がしろくゆらめく。
「なにやってんの」
「や、べつに」
「ひとり?」
「うん。なんかみんなジュース買いに行っちゃった」
 自分の番の試合はすべて終わり、ダブルスのペアの女子は他の子と連れ立って自販機へ行ってしまった。笑顔で手を振ったはいいが、つまりは微妙な残り時間をひとりでもてあまし、逃げるように人気のない校舎裏に来た。
「そっか。かわいそうになあ」
 ひとみは大げさに頭をなでてきた。見つけてもらえた安堵と、ひとりなのを見られてしまった恥ずかしさが入り混じる。暇すぎて蛇口ひねるとか、かなり危ないレベルだ。どうにか自分から意識をそらせたくてしゃべる。
「ひとみは、試合終わったばっか?」
「きいて、ひどくない? 最後とか余った男子ペアとあたって死ぬかと思った」
「おつかれ」
突き抜けるような青い空だ。グラウンドから聞こえてくる喧騒をずっしりした入道雲は意にも介さなかった。
 ふと隣りを見る。目が合った。
特に気にしないふりをしてそらす。
 頬に視線がささる。隣で笑ってる気配がする。
「なんだよー」
 突然、横からひとみが抱きついてきた。いきなりすぎて歯が肩に当たった。
「よーしよしよしよーし」
 むちゃくちゃに、ふたりでやじろべえみたいに揺れる。不満そうな声をあげてもひとみはやめない。あーあ、と思う。結局、ばれている。
 はいはい、となだめる人のふりをした。右耳のあたりに鼻息がかかる。Tシャツのざらざらした熱さがおとがいにあった。

「ひとみ?」
 隣の気配にまぶたをひきはがす。さんざんしゃべりつくしたあと、いつの間にか眠ってしまったらしい。
「ごめん、起こしたか」
 ひとみは布団の上に座って携帯をいじっていた。
「ライン?」
「うん、ちょっと」
 時刻を確認する。午前4時34分。タイマーを設定したエアコンは止まってしまっていた。
「冷房つける?」
「んーー」
 曖昧に答えないまま、ひとみは目を閉じた。痛みをやり過ごそうとする人のようだった。
 ひらいた襟ぐりから肉のない胸元がひかる。月明かりに照らされて、白い砂を入れた熱帯魚の水槽の底みたいだった。息をするたびに鎖骨がひたひた滑って、2匹のスナメリは隠れている。夏用の薄いブランケットが、朝焼けみたいな青さで背にかかっていた。

「ひとみってすぐくっついてくるよね」
1度言ってみたことがあった。ひとみはいたずらっぽく笑った。
「さびしそうな感じがでてる人にはね」
そのとき、息がつまった。

そっか、じゃあきみはべつにさびしくないのか。

ぱっと手をのばしたかった。どこでもいいから触りたくてたまらなくなって、でもけっきょく動けなかった。
指先がびりびりする。かなしさとかくるしさとか、どこにも発されなかった衝動が体内でスパークした。
ずるい。ずるいなあ。私のためなんてどうでもよかったのに。君が君のために抱きしめてくれたらよかったのに、君は、べつに私でなくてよかったのか。
「いいや、暑くないし。喉痛くなりそう」
 私はみていた。からだを覆う毛布の柔さや、ほおにかかった髪の毛の線とか、まぶたの薄さも質感も静かに強くみつめた。
しばらくして、ひとみは身体をくずした。あっけなくてとどまらない。ぐっと目を閉じて焼き付けようとした。どうしても、線路を走る音が聞こえる気がして、まるで映写機みたいだった。ひとみの携帯が2度震えてこと切れる。遠く遠く、列車はなにかを連れていってしまった。