「青春」カテゴリーアーカイブ

夕焼けパラレリズム/青春/けいと

公園のベンチに座り、俺は携帯を握りしめていた。

「……こうするしかないんだ……」

もう片手には、茶封筒に入った書類。

そこには俺の親友の身辺書類が一枚余さず入っている。
そして──奴の「入学辞退届」も。

封をして、ポストに放り込んで、それからあの高校に一本電話をかければいい。
それで、たったそれだけで、俺の第一志望校への道は開かれる。

俺とあいつは同じ高校を目指していた。
厳しい受験勉強、必死にやってきたつもりだった。
周囲の期待に応えるために、輝かしく見える未来への切符を手に入れるために。
けれど返ってきた結果は、奴は合格。
そして俺は………補欠合格 2 番手。
道は残酷にも閉ざされたように見えた。

───いや、そのまま閉ざされていてくれれば、どんなに良かったか。

後日、俺とあいつが通う塾から連絡があった。辞退者が一人出た、と。

「最後まで希望を捨てるな、もう少し待ってみよう」

────あと一人、辞退者が出れば…

受話器を置いたあと、背後に気配を感じ振り向いた。

「……うちによく来ていた彼は合格したんだったね」
「父さん………」
「こういう言い方もあれだけれど、彼、お父さんいらっしゃらないんでしょう?今入れたとして、学費とか卒業まで払えるのかしら」
「母さん………」
「……彼の身辺書類なら、私のコネで手に入らなくもない」父の一言に俺はその真意を悟り、同時に慄いた。

「それ……それ、って……」
「よく考えなさい。彼との友情がずっと続く保証なんてないわ。だけど、あの高校に入れば
……あなたを裏切ることのない学歴が手に入るのよ?」
「そんな……」
「母さんたちはあなたのためを思って言ってるの。あなたももう子供じゃないんだから、先々のことを考えられるわよね───?」

両親の言葉は、俺の今迄の人生における「絶対」だった。
俺はそれに従い続けてきたし、 それで「間違っている」なんて思ったことは一回だってなかった。
合格発表の帰り、入学式には桜吹雪が舞うだろう木の下涙を流して帰った。期待はずれの自分が嫌だった。
ただ泣いた。明け方まで。

「…………あの、どうかしましたか?」
「!」

突然上から降ってきた声に、俺はははっ、と顔を上げた。
いつの間にか辺りは夕暮れに染まり、知らずまた涙を流していた角膜に眩しい光が反射した。

「……大丈夫?」

目の前に立っていたのは、どこにでもいるような OL、と言った容貌の女性だった。
彼女は困ったように、しかし心配げに俺を覗き込んだ。

「あ、あの、突然ごめんね。その封筒の校章…私、そこの OG でね、つい」
「OG……」
「今年入学なのかなって思って見てたら、その……泣いてたから…どうしたのかなって」俺は焦った。何でもないんです、そう言って立ち去ればいい。
立ち去らなくてはいけない。

しかし、その言葉を放とうとした喉から漏れたのは、抑えきれない嗚咽だった。

「ご、ごめんね!ごめん!えっと……」
「違う…違うんです…俺、この高校には入れない…」
「……え?」

喋り出すと止まらなかった。
そこにいるのが見ず知らずの人間だということも忘れ、俺は胸につかえて膿みつづけていた思いを絞り出すように嗚咽交じりの言葉を吐き出した。

「………そっか…」

ひとしきり喋り終わったあと、彼女は小さく呟いた。

「その……わかる、なんて簡単に言えないんだけどね。私、高校には一度不合格してるの」
「………え?」
「君みたいに補欠合格ですらなくてさ。それでもうお先真っ暗。私見ての通り美人じゃないし、特別な才能もなくて。唯一出来るのは勉強しかなかったから、ここに入れないんだったらもう存在価値なんてないって思った」
「そんな………」

思わず俺が言うと、彼女はにっこり微笑んだ。

「だからね、私はもう一年やったんだよ。高校入るのに浪人するの、珍しいでしょ。情けない思いもしたけど、それでも何でも入れなきゃダメだって思い込んでたんだ」
「…………」

2 人の足元から、心を映すような影が長く伸びていた。

「で、翌年入ったら入ったでさ。自分より頭のいい子なんて掃いて捨てるほどいて、当然 1 番なんて取れなくて。もうプライドどころの話じゃなかったよ。 ……でもそれからいろいろあって、今こうやって大人になってさ。思うんだけど」

女性は俺の隣から立ち上がり、鞄を持ち上げた。

「世界は君が思うよりずっと広いんだよ。今は受験とか、お父さんやお母さんの言葉がすべてに思えるかもしれないけど──うん。
世界は、ずっと広い」

使い込まれたその鞄は、彼女の凡庸な髪型や服装とは全く雰囲気が違っていた。
たくさんのステッカー、結びつけられたバンダナや古びたキーホルダー。どこの国とも知れない言葉で書かれたサイン。半開きの外ポケットから覗く、色の変わったトラベラーズノート。

「……それでね、その広い世界を作っているのは、やっぱり人なんだ。
私は大学時代から放浪癖がついちゃって、今もふらっと海外とか、世界中どこでも出掛けちゃうんだけど、そんなめちゃくちゃの旅で困った時助けてくれるのってやっぱりそれまでに出会った友達とか知り合いなんだよね」

──その言葉に呼び出されて、俺の脳裏に浮かぶのは…あいつの姿だった。
2 人で同じ目標に向かっていたあの時間は、かけがえのない青春ではなかったか。
俺にとってあいつの存在は、今の世界のその先へと続く鍵ではなかったか。

どうしてあの高校へ行きたかったのだろう。
ただただ褒めて欲しかっただけ?親の期待に応えたかっただけ?安泰な将来が欲しかっただけ?

─────違う。

「俺は……」

………あいつと一緒に、同じ未来を追いかけたかったんだ。

「………あの」

そんな思いを読んだかのように、彼女は俺の手から茶封筒を受け取った。
そして、鞄から女性が使うにしては無骨な鋏を取り出し、俺に渡す。

(あの時この封筒を投函すればと思う日が、いつか来るかもしれない。
選ぶ道が違ったと思う日が来るかもしれない。
だけど…………)

───……ざくり。

「…………ありがとう、ございます」

切り刻まれた封筒の残骸を拾い上げた女性は、説教くさいこと言ってごめん、と眉を八の字にして困った笑みを浮かべた。
それに首を振り、鋏を返して頭を下げた。

小さく手を振った彼女と反対方向に、俺は歩き出す。
夕暮れの中、取り出した携帯からコールするのは、学校でも親でもない───親友の番号。

『───────もしもし?』
「……あの、さ」

─────これから、会えるかな。

たら、れば、もしか。
つまらない魔法の呪文はもういらない。
汚れた可能性なんか蹴飛ばして、この世界で俺は、あいつを待つ。

灰色/青春/ヒロ

高校生活も2年目に入ったけれど、私の生活は変わることはなかった。むしろ更に苦しいものになったのかもしれない。
どこで間違えたのかといったらきっと私はあの入学式の日に間違えたのだろう。
あの日私は1人でいた。中学生時代の友達はおわず、周りの子に話しかける勇気も出なかったのだ。
そんな私にあるグループが話しかけてきて、それからはなんとなく他に居場所もないからそのグループといっしょにいた。

それからは苦痛の日々だった。つまらないとこを楽しいと言い、興味のない男をかっこいいと言い、可愛くないものを可愛いと言う。
グループを抜けたいけど他に居場所はない。
ーーでしょ?」
そんな言葉に条件反射のように「そうだよねー」と返す。
こんな日々に何の意味があるんだろう。そう思いながらも私はこの色のない青春から抜け出せない。

青い春/青春/染色体XY太郎

私達は昔、海の底に住んでいたらしい。
というのも、かつての街は水に沈んでしまったからだ。

私は水上からひょっこりと飛び出た、赤い電波塔の展望台に住んでいる。家族はいない。少し前に、私を育ててくれていたおじいちゃんは死んでしまった。おじいちゃんは死ぬ前まで、一人になってしまう私のことを心配してくれていた。息を引き取った後、私はおじいちゃんの体に、宝物の貝殻や、綺麗なサンゴや、光る真珠で精一杯の装飾をして、海へ流した。それがおじいちゃんの遺言だったからだ。おじいちゃんは安らかな、眠っている様な死に顔でゆらゆらとゆっくりと遠くの方へ波に揺られ、流れていった。私はおじいちゃんが水平線の向こうに見えなくなるまで、じっと眺めていた。おじいちゃんはきっと魚にパクパクと食べられて、骨まで食べられて、海になるのだろう。それはきっとものすごく美しいことにちがいない。
そんな訳で私は今は一人で暮らしている。

今朝起きると、なんだか暖かく久しぶりに日差しも出てていた。きっと春が来たのだ。おじいちゃんが昔は春になると桜が咲いて花見をしたものだと言っていたことを思い出す。今では山も川も海の底だ。私は桜も青葉も紅葉も知らない。でも、雪は知っている。冬は嫌いだ。水面が凍ってしまって、魚を釣るのが難しくなるから。でも、まだ冬は終わったばかり、困るのはもう少し先の話だ。そんな事を考えながらのんびりと釣りをしていると、何かがかかった。これは大きい。うんうん唸りながら引いてみるけれどビクともしない。そして、疲れて手を緩めた拍子に、遂には釣竿が海の中へ投げ出されてしまった。釣竿はおじいちゃんの形見で、一つしか無い大事なものだ。私は釣竿を追いかけて海へ飛び込んだ。

海の中もすっかり暖かくなっていて気持ちがいい。しかし、今は呑気にしている場合では無い。見ると、釣竿はまだ手の届くところにある。私が急いで釣竿を掴むと、私は釣竿と一緒に何処かへ連れ去れていった。おじいちゃんに海は危ないからあまり入らない様にと言われていたので、久しぶりに水中へ入る。水面を見ると、陽の光に照らされてキラキラと青く輝いている。横では大きな鯨が、と言っても小さな鯨なんて見たことは無いのだけれど、ゆらりゆらりと我が物顔で泳いでいる。反対側ではアオリイカの大群が群れをなして泳いでいる。私の頭もあんな形だったら、速く泳げるのだろうか。沈んだビルディングは海藻に包まれていて、その中は、色とりどりの魚たちの住処になっている。と、急にスピードがゆるまった。でも海の中では急に止まれない。私は糸の先へとすーっと進んでいく。糸の先にはイルカがいた。ゴメンねと謝りながら、糸を外して辺りを見ると、思わず私は息を飲んだ。
そこは桜色に包まれていた。サンゴだ。桃色のサンゴが一面に広がっているのだ。そのサンゴは光を反射して海の中は桜色に輝いている。おじいちゃんが言っていた満開の桜はこんな風だったのかもなと思いながら、私は偶然に見つけらたこの風景を愛おしく眺めていた。

にかいめの/青春/やきさば

デートをしている。しかも相手は女子高生。俺が店長をしているファミレスのバイトの子だ。彼女は確か高校二年生だと言っていたから、今16歳か17歳だろうか。対する僕は45歳。万年雇われ店長の冴えないおじさんだったはずなのに、なぜ、こんな状況にいるんだろう。

彼女から告白されたのは3日前のことだった。あまりに予想外の出来事だったので、はじめは信じられなかった。罰ゲームでもやらされているのかと。毎週同じ曜日に仕事をするようになって1年ほどがたった今、告白されるまで彼女の気持ちに気づくはずがなかった。
「あなたのことが好きです」
しかし、彼女の目を見ればそれが嘘でないことは明らかだった。僕をまっすぐ射抜くような瞳がいつもの無愛想な彼女とは全然違って見えた。いつもの彼女は今時の女子高生にしては無愛想で、笑ったところが見たことがなく、感情の起伏が乏しい。大きな瞳に、申し訳程度についた小さな唇、制服のスカートから覗く細くて白い足。風が吹くたびに美しくなびく長いストレートの黒髪。彼女から告白されて、嬉しくないわけではなかった。自分が学ランを着ているような感情にかられる。こんなに顔を真っ赤にして真正面からぶつかってくる彼女は初めてだ。そのせいなのかどうなのか、とりあえず頭はパニックで驚きと嬉しさと、あと何かよくわからない感情のせいで変なことを口走ってしまった。
「デ、デートしてみればわかるよ…、こんなおじさん相手にするものじゃないって」
「デ、デートしてくれるんですか!?」
彼女にはそう聞こえたらしい。もう逃げ場がなかった。

店長の行きたいところに行きたいです…と、言っていたから一緒に映画を見て、俺の好きなスプラッタものを楽しんだ。そのあとは、カフェに入ってとりあえずブラックコーヒーを頼む。
「店長、おいくつですか?」
「え、45……」
驚いた顔をして彼女は砂糖をボンボン入れ始めた。慌てて俺は「ああ、違う違う!俺ブラックだから!砂糖いらないから!!」と彼女にストップをかけた。凹む彼女を元気付けようと、飲んでみたが、ゲロ甘で、喉を通すのが苦しいレベルだった。そういや若い時かっこつけてブラックコーヒー頼んで、相手が見ていない間に砂糖いっぱい入れて飲んだっけ……と、懐かしいことを思い出した。俺の青春の味かもしれないな……と思っていると彼女は話し出した。
「私、今まで陸上しかやってきませんでした。その当時、私にとっての青春は陸上だったんです。けれど、その陸上すら、怪我をしてできなくなりました。大好きで夢中になってやっていたものがある日突然なくなったんです。」
「そうなんだ……」
初耳だった。なぜこんなことを俺に話すのかとも思ったが彼女は私話し続ける。。
「でも、もう終わったことなのでいいんです。それに、今は新しく夢中になれるものができたから。」
また、あの時のように顔を上げて、俺をまっすぐ見据えて言った。え?それってもしかして…俺のこと?俺を好きになったこと?
長居していると、周りの人々が俺たちの関係を疑いはじめた。親子かな…?え?まさかエンコー……??我慢できなくて思わずカフェを出た。
帰り道を歩きながら、少し前を歩く彼女を横目で改めて見ると、やっぱり綺麗だった。いつもと違う髪型も、お洒落したワンピースもよく似合っている。
ああ……だめだ。俺は君には応えられないよ。その若さに胸が締め付けられて、周りの目が気になって…、それだけじゃない。何より僕が、傷つきたくないんだ。僕は……君の2回目の青春になれないし、なりたくないんだよ。
駅に着いた。これでデートは終わりだ。考えてみると夢のような時間だった。彼女は楽しかっただろうか。気をつけて帰れよ。

そうして変わっていくのでしょう/青春/θn

「会長さーん、次のテストなに出るのー?」
「お前そろそろウチの部活入ろう、な?」
「本当何着ても似合うとか、嫌味かよ・・・・・・」

「じゃあノート見つつさ、一緒に勉強しようぜ」
「そうすると他の部活の助っ人いけなくなるからなあ・・・・・・」
「ちょっと身長が高くて顔が派手なだけだって」

 どの時点から僕の中で「ハルくん」は「琴野」になっていたんだったか。
身長180センチ越えのいわゆるモデル体型、顔もかなり整っている。テストの点数は学年3位以内から落ちたことがない。スポーツは何をやらせてもMVP。助っ人として引っ張りだこ。生徒会長に立候補して、歴代最高の得票率をマークした。95%とかなんとかだったような。家は地元で一番でかい。伝統のある大家だっていわれている。

琴野治樹、僕のクラスメイト。幼馴染。

「ハルくん」だなんて呼べなくなっていた、が正しいのだと思う。幼稚園、小学校と一緒でその時までは普通に仲が良かった。確かに彼は他の奴らより成績も良かったし、好きっていう女の子も結構いたらしい。ただ優秀ではあったけど、あくまで僕らと同じ世界に立っていた。でも中学は違うとこに進学して、高校で再び同じになったときに会ったあいつはもう、別次元の存在のようになっていたわけで。

「なあ、雪下よ」
「何?」
「俺の欠点を三つあげてくれ」
「・・・・・・顔がいい、頭がいい、運動神経がいい」
「おい」
「あと家が金持ち。性格もいい」
「お前、人を傷つける才能があるんだな。初めて知ったよ・・・・・・」
「んん、褒めたんだけどなあ」
「嘘つくな!」

僕は気づかないふりをする。いつの間にか僕があいつの中で「トモ」から「雪下」になっていること。僕は悪くないんだってそうやって暗示をかけ続けるしかない。形容しがたい寂しさみたいなものが確かに、時々襲ってはくるけれど。

「高校とか早くおわんないかな」

苦しさを全て年齢のせいにして僕はまた遠くにいる彼から目を逸らした。

 心というのは何のためにあるんだろうか。
ふと、そんなことを思った。なければこんな苦しさみたいなものもないだろうに。なければ分かり合えないことへの苛立ちなど感じなくてよかったのに。

そう、昔は仲よかったんだ。それがどっかでかけ違った。そこまではわかる。
でもそれならどうかけ直せばいい?

雪下智也、俺のクラスメイト。幼馴染。

「あなたは他の子とは違う」
「その辺の子供とは友達になどならなくていい」
「琴野の家に生まれたという自覚を持ちなさい」
「なんであんな薄汚い公園で遊ぶの!?」

「だいじょうぶ。ハルくんはいいやつだから、ぼくは絶対ずっと、ずーっとハルくんの友達だよ」

親から受けるまるで帝王学のような何かに押しつぶされそうになっていた俺。それでもちゃんと小学校に行けて、友達と呼べる人がたくさんいたのは、「トモ」のおかげだった。

「ずっと一緒」実現されることのなかった言葉。そりゃあ当然のことだろう。高校生で小学生のような関係性のまま接していたら気味が悪い。それでも、そうじゃなくて、どうにかなったんじゃないかなんて自分もいる。

欠点がないことが欠点?
なんて嫌な人間だろう。

戻れないんだってそんなことはわかってる。
なんだか苦いと思った。初めて飲んだブラックのコーヒーのような、そんな苦さ。名前のわからない苦しみの味は、いつになったら消えてくれるのだろうか。

交差/青春/ゆさん

 

僕の青春は、君そのものだったけれど、君に出会った瞬間に僕の青春は終わったに等しい。絶対に叶わない思いを抱き続ける青春なんて、そんなの終わっているに等しい。いや、その思いが果てることもないのだから、いわばゾンビのようなものだ。

 

出会いは語るのも恥ずかしい程にありきたりだ。高校一年生のクラスで初めて出会った君は、その場の光をすべて背から浴びているかのような輝きを放っていた。それほどに君は美しく、君に目を奪われていたのは僕だけじゃない。君は入学してすぐに学年の、いや全校のマドンナになった。それに対し僕は、これまたありきたりな、暗い、汚い、気持ち悪いが三拍子揃った、模範的カースト最下層の住人だった。キモいだのなんだのという陰口はそれまでの人生でとうに聞き飽き、靴を隠されることや机に落書きをされることなど、とりあえず一通りは経験してきた。これからの三年間はせめて何を言われても、されても傷付かないような精神力を身に付けよう、と悲しい決心をしていた。

しかし君は、そんな僕にも笑顔であいさつをし、配布物を手渡し、落とした消しゴムを拾ってくれるのだ。そんな当たり前のことですら僕にとっては新鮮で、いつも嬉しいやら恥ずかしいやらで泣きそうになるのを必死にこらえていた。間違いなくあの教室で、君だけが僕にとっての絶対だった。圧倒的な美しさが周囲に与える影響力はとても大きなものだ。君が僕なんかにも分け隔てなく接してくれていたから、そのクラスで僕がいじめられることは無かった。

 

君が斜め前の席だったときのことを思い出す。振り向くな。黒板を見る横顔の、小さな耳たぶを、長いまつげを、すっと通った鼻筋を、赤い唇を、ただ見つめている。振り向くな。そう念じながら盗み見ていたのに、視線を感じたのか君が振り返って僕に微笑み、すぐに黒板に向き直る。その目に映りたい、映りたくない。ぐちゃぐちゃの感情でいっぱいになった僕の心など君は一生知ることは無い。

 

 

 

懐かしいことを思い出してしまった。我に返り必死でペンライトを振り、推しの名を叫ぶ。きっと今日の髪型が、あの日の君のようなポニーテールだからなのだろう。君の娘は、君に瓜二つだ。

 

君の娘を見た瞬間、すぐにわかった。むしろ、君本人かと思った。それほどまでに、君の娘は君に似ている。

高校三年の冬、君はモデルにスカウトされたと言って喜んでいた。しかし、親の許しを得られず、そのまま君は大学進学することを決めた。君は自分の美しさをひけらかすような女ではなかったけれど、それに対する確かな自信はあったのだろう。華々しい世界を夢見ながらも叶えることができなかった、という思いを娘に託しているのだろうか。

君の娘のステージを見て、君の娘の名前を呼んでいるが、僕が見ているのは間違いなく君の姿だ。きっと君は僕のことなんて覚えてはいないと思うが、高校を卒業し、十数年経った後もなお自分に一方的な憧れを抱いている男が、アイドルをやっている娘と高校時代の自分の姿を重ねていると知ったら、きっと気持ち悪いと感じるだろう。それを想像すると、どうしようもない興奮を覚えてしまう。

君もきっと、娘と自らを重ねているのだろう。自分が叶えられなかった青春の姿を、娘に見ているのだろう。その姿を、僕が見る。君の青春と僕の青春が、やっと交差する。僕の青春は君によって終わらせられたけれど、それを生かし続けるのもまた、君なのだ。

27の青春、跳躍/青春/縦槍ごめんね

「後、2cm だったんだけどね。」

小学生の頃から 12 年間続けてきた走り幅跳び。最後の大会。私の夢をかけて精一杯の力で地面を蹴った。記録は 5m59cm インターハイ出場まで後 2cm だった。
その最後の大会を機に私はすっかり陸上から足を洗った生活を送っていた。ごく普通の生活を送り、何処にでもいる OL をやっている。ランチには 1200 円から 1500 円くらいの少し良いものを食べ、夜は 1DK のマンションに帰り一人でお酒を飲む。この道を選んだことに対する後悔はない。だけど、あの頃に未練がないといったら嘘になる。
さて、何故いきなり、こんな話になったかというと、路上で私が泣いていたときに、ある女の人が私に話しかけてきた事がきっかけだった。

「私ね、高校時代はね結構、将来を期待されるような選手だったんだ。でもインターハイ予選、結局プレッシャーに負けちゃって、インハイの記録まで 2cm 届かなかったんだ。」

「へー、中々重いお話だこと。」

その女はにやついながら、しかしあまり興味なさげにそう言った。

「それでね、私がなんでね、こんなに泣いているかっていったらね、私さ会社の飲みの席で今まで、話したことなんてなかったんだけど、うっかり高校時代のことしゃべっちゃったの。そしたらその話が広まっちゃって、今ではもう人並べてそこの上を跳ぶなんて宴会芸までさせられんのよ。最近では 9 人くらい跳べるのよ。すごいでしょ。」そんなことを話しながら、また私は訳のわからない涙を流していた。

「それならさ、私が跳ばしてあげるよ。5m61cm。」

その女は唐突にそんなことを言い出した。あまりに突拍子が無さすぎて、どんなに止めようとしても止まらなかった涙が急に止まってしまった。

「1 週間後、神通川の河川敷で待ってるよー。」

そう言い残して、彼女は帰っていった。嵐のような一時だった。それから 2 日間はどうせ冷やかしだと考えて、約束のことなど気にも止めなかったが、約束から 3 日後の仕事を終えて、自然と足は近くの公園に向かっていた。いつ以来だろうしっかりストレッチをして汗を流すのは。それから夜中の秘密特訓は 4 日間続いた。 そして、遂に約束の日。高校の陸上部のジャージに身を包み、私は神通川の河川敷に向かった。

「待ってたよ。さぁ、奇跡でも起こしてみましょうか。」

彼女は私の知らない人間を 5,6 人連れて待っていた。いつ準備したのだろうか。河川敷にはちゃんと走り幅跳びが出来るように掘り起こされ、均された簡易の砂場が作られていた。

「さてと、準備はいい?」
「もちろん。アップも完璧!」
「それは良かった。じゃあいっちょ空まで飛んでいってもらいましょうか。」

彼女がそう言うと、黙って私はスタート位置に着いた。心臓の鼓動が聞こえてくる。しばらく忘れていたこと感覚。ホイッスルがなり全力で走り出した。踏切位置が見えてくる。本能の赴くまま、私は27年間の思いを込めて精一杯の力で地面を蹴った。そのコンマ数秒後、ズシャっと私の体が砂に落下する音が響き渡った。

「記録は…4m32cm」

…当たり前の結果だ。むしろ現役を退いて随分と陸上から離れていたにも関わらず、よくそれだけ跳べたものだと自分を誉めてあげたいくらいだ。

でも、なんでだろう。悔しい。インターハイに進めなかったあの時より、何倍も悔しい。

「どう? 久しぶりに本気になった感想は?」

まだ立ち上がれない私を除きこみながら、そう言った。

「ほんと最悪。何が空まで飛んでいってもらいましょうかよ。全然じゃない…。でもこれが私の精一杯なんだよね。インターハイ予選もあれが私の本当の実力。だからねほんとスッキリした。この年になってまだ夢を見れるなんて思いもしなかったよ。」

「それなら良かった。」

そう言うと、彼女は連れ添いの人々を連れて帰っていった。 本当に夢でも見てるんじゃないかって、そう感じた1日だった。その日の飲み会で私は 10 人を飛び越えていった。

玄冬/青春/温帯魚

おや。

こんな夜に誰かと思ったら、どうしたんだい、そんなに泣きそうな顔をして。

なに、そんな硝子の前じゃ寒かろう、そこに椅子がある。遠慮することじゃあない、掛けな掛けな。どうせあたしも布団の中だ。はっ、なんなら一緒に入るかい。

あんたと違って恥じらいを持つような歳でもなくなったしねえ。髪も白くなった。女も閉じちまった。孫がいるんだよ。あんたと同じぐらいの歳で、あんたほど顔が整っているわけじゃあないが、これが可愛くて可愛くてねえ。ついつい甘やかしちまう。娘には怒られちまうが、しかしあれはいいもんだ。いつまでも元気にしていてほしいもんさ。いつまでも。

あんたは変わらないねえ。あの頃惚れていたまんまの綺麗な顔だ。太陽みたいな目も、線の通った鼻も、生意気そうな口も。詰襟が誰よりも似合った、町中の女生徒を虜にしていた伊達男。あんたと歩いているだけであの頃は鼻が高かったよ。もちろんあたしも負けず劣らずの美少女だったがね。今じゃ影だけで形無しさ。老いには勝てんね。

おお、あんたで隠れて気づかなかったが、月が出ているね。きれいだねえ。あいつだけはいつまでも変わらない。露で曇った硝子でも明るいのがわかるほどだ。きれいだ。最後の夜としては何も言うことがないような、そんな夜だね。だから、そんな顔しなさんな。

煙草、もっているだろ。一本おくれよ。右のポケットに、あるはずさ。おお、あんがとよ。あんたが吸っていたのを見てずっと吸いたかったんだけど、あんたの横で吸う気にはなれなかった。あんたは煙草を綺麗に吸ったね。綺麗だった、いやあ美しかった。煙草を吸っているあんたが一番好きだった。好きだったよ。ポケットから包みを出す身体の寄りも、火をつける指先も、細めた目も、匂いも。なんど真似してもね、あんたみたいにはならなかったよ。いつしか真似することも忘れちまったが、ああ、やっぱり綺麗だ。

あんたは綺麗だ。あんたが死んで、綺麗なまま死んで、悲しかったけどあたしは嬉しかった。ずっとあんたが好きでいられるかと思ったが、年を経るごとに怖くなった。あんただけが綺麗なままで、私はどんどん綺麗じゃなくなっていったことがさ。いつまでも若いまま綺麗じゃあいられない。あんたと一緒に居られないかもしれない。あんたが嫌いになっていく気さえして、いっそ、誰かに殺してほしかった。

でもよかったよ。もう一度あんたは会いに来てくれて、だから、

こんな私でも、月に連れてってくれるかい。

あの日/青春/シュウ

あの日、私の世界が変わった。何が起こったか簡潔に言うと彼と出逢った。それだけ。端から見ると大したことのないように見えるけど、私にとっては衝撃的だった。それまでは、恋愛なんて他人事だったし、微塵も興味がなかった。ロミオとジュリエットみたいにお互いのために死ぬほどの恋愛なんて、感動する人もいるみたいだけれど、私はむしろ馬鹿にしていたし、そもそも恋愛でそこまでになるなんてなんてありえないと思っていた。

そもそも私が恋愛への不信感を持つようになったのは、私の両親せいだ。私が小学生のころから、私の両親は喧嘩ばかりしていた。学生時代から付き合っていて、そのまま結婚したと聞いていたから、初めは目も当てられないくらいラブラブだったのだろう。けれども、そんな両親も結局、私が中学生になったくらいに離婚してしまった。喧嘩ばかりの過程だったけど、何だかんだで家族一緒にいられると思っていた。けれども、私の淡い期待に反してばらばらになってしまった。私はお母さんに引き取られた。お母さんは離婚してからも、私にお父さんへの不満、ひいては男への不満をずっと私に言い続けた。そんなだったから、私は恋愛に対して、嫌気が日に日に増していってしまった。半ば洗脳みたいなかたちで、恋愛不信少女が完成したのである。

彼は同じ学校の同級生だった。ほとんど話したことはなかったけれど、友達の仲介で一緒に遊びに行くことになった。そこで、その日に一目ぼれしてしまった。私が一目ぼれするなんてありえないと思っていた。今までのことがあったし、頭では否定したかったが、私の心がそうはさせてくれなかった。

私が一目ぼれした彼は、紳士だった。私の両親が離婚して、それが悩みになっていることをそれとなく打ち明けると、真面目に聞いてくれたし、私が困っているときは気さくに手助けをしてくれた。

 

良き友人だった。いや、私の中ではすでに友人以上の存在になっていた。お父さんとお母さんはうまくいかなかったけど、私と彼となら、私とうまくいくような気がした。確証はないけれど、私の勘が、女の勘がそういっていた。出逢ってから2週間後に私は彼に告白した。彼は会ってからまだそんなに日が経ってないこともあって、驚いていたようだったけれど、私の告白を受け入れてくれた。

「まだまだ、君のことをよくはわからないけど、これから好きになる努力をしたい」

そういってくれた。これから、どんどん彼と信頼関係を深めていきたい。私の世界は急にカラフルに色づいているように感じられた。

お父さんとお母さんのことでずっと一人で思い悩んでいたけれど、今は彼に支えてもらえる。私も彼を支えられる。私たちならきっとこの先うまくいくだろう。そう信じたい。

願うなら、この出会いの道の先を彼と一緒に道を歩いて行けることを。

イケメン/青春/ピーポ

「じゃ、頑張ってきなー」
カナちゃんはそう言って、ケラケラ笑いながら私の背中をポンと押した。
カナちゃんと私が属している仲良しグループは、スクールカーストの上位の女の子が集まるグループだ。
みんなオシャレで可愛くて、美意識がとても高い。
カナちゃんはその中でもリーダー格で、誰もカナちゃんには逆らえない。
そんなカナちゃんが「卒業前に何か面白いコトやろうよ」と言い出したのだ。
結果、罰ゲームで選ばれた私が吉川と1ヶ月付き合うことになった。
なんで、よりによって吉川なのか・・・。
吉川は野球部だ。不細工で不格好で不気味。言動が気持ち悪いと私たちはいつも馬鹿にしていた。
「早く行きなよー」
どう話しかけようか躊躇する私を急かすようにカナちゃんが言った。
イヤイヤながらもゆっくりと吉川との距離を詰めていき、勇気を振り絞って声をかけた。

こうして私たちは付き合うことになった。
吉川にとっては当然のことながら初めての彼女らしく、その浮かれっぷりが傍から見ていてとても滑稽だった。
私が罰ゲームで付き合っているとも知らず、生意気に彼氏面してくる吉川が気持ち悪くてたまらない。
学校でも私を見かけると不気味な笑顔でニヤニヤしながら近づいてくるし、どもりながら話しかけてくる。
そんな吉川の態度に辟易しながらも彼女を演じている私を見て、カナちゃんたちはとても楽しんでいるようだった。

付き合って3週間ほど経った頃、カナちゃんたちから「吉川とデートをしろ」との司令が出た。
私たちの学校の近くには夜景が綺麗に見える展望台があり、カップルが自分たちの名前を書いた南京錠を取り付けていく、定番のデートスポットになっている。
私どうやらたちにも同じことをしてこいとのことらしかった。いよいよ後戻りができなくなってきたような気がした。
デート当日、時間通りに待ち合わせ場所についた私はあたりをさっと見回してみた。
遠くの方でカナちゃんたちがこっちを見ているのが見えた。「LINEで逐次指示を出すから」とカナちゃんは言っていた。
10分遅れてきた吉川は、いつもの気持ち悪いニヤニヤ顔で「ごめんごめん」と言いながらやってきた。とても腹立たしかった。
私は数歩前を歩く吉川につかず離れず着いていく。
目的地についた私たちは、二人の名前を書いた南京錠を落下防止のフェンスにとりつけた。
その瞬間、あたりをまばゆい光がつつんだ。
一体何が起こったのだろう。あまりの眩しさに目を細めながら見てみると、後光がさした天女のような人物が私の前にいた。
よく見ると、地面から30cmほど浮いている。
天女は唐突にこういった。
「あなたは辛い罰ゲームにもよく耐え忍びました。その褒美として、彼氏を超絶イケメンにしてさしあげましょう」
天女がそう言い終わるやいなや、再びあたりを眩い光がつつんだ。

目を覚ました時、私はベッドの上にいた。
壁にはハンガーにかかった学ランがかけられている。
どうやら男子高校生の部屋らしい。
私を心配そうに見つめる、岡田将生似のイケメンがいた。
「大丈夫?いきなり倒れたから心配したよ」
岡田将生は想像通りのイケボでそう言った。
一体何が起こったのだろう。どうして、私は岡田将生の部屋のベッドで寝ているのだろう。
キョロキョロと部屋の中を見回していると、見慣れた名前の入った野球部のエナメルバッグが目に入った。
「え、吉川!?めっちゃイケメンやーん!」