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月曜の朝/駅/さくら

10 月のある朝の出来事である。

楽しかった日曜日が終わると、僕の大嫌いな月曜日がやってくる。
「また明日から学校か…」
そう言って嫌々ながらベッドに横になる日曜の 25 時。いつもより少し遅い就寝時刻であっ
た。暗くなった部屋では、眠る前に必ずいじるスマホの光が顔を照らしている。

そして月曜日の朝、あの事件は起こった。
「しまった!もう 8 時だ!」
寝坊だ。しかしまだ、そこまで慌てる時間ではない。
普段、僕は自転車で通学しているが、いざ遅刻しそうとなれば、電車を使って通学することができる。往復 300 円を負担するのはシャクに障るが、ここまで無遅刻無欠席を続ける自分としては、それに見合う価値があると踏んでいる。
学校に間に合うための最終電車は…8 時 13 分 T 駅発。自転車を買ってもらうまでは定期を買ってもらって電車で通学していたから、乗るべき電車の発車時刻くらいは覚えている。

8 時 4 分。僕は飛び起きると急いで制服に着替え、歯を磨いて顔を洗い、家を出る支度を整えた。リビングでは、母が洗濯物を畳んでいる。TV に目をやると運動会特集。今年もそんな時期か、と思いながらもそんな場合ではない。道中で食べるための菓子パンを持って、急いで家を出た。
「ちょっと待って!」
母の声。しかし、僕はもう 1 分 1 秒を争う時間との戦いの渦中にいる。
「ごめん、急いでるから!」
「今日は ― …
僕は家を飛び出した。飛び出す直前に、母の声が少し聞こえたが、仕方がない。心の中で母を無視したことを謝りながら、ダッシュで駅に向かう。8 時 7 分。

発車まであと 6 分。家から駅までは徒歩 10 分の距離だ。でも、僕は元陸上部。脚には自信があるから、4 分あればダッシュで間に合わせることができる。

疲れてきた。元、といってももう 3 年前の話。そうそう体力は維持できるものではない。
ただ、駅はもう目の前だ。

8 時 12 分。息を切らしつつも、駅に到着した。改札を抜けると、いつも見る同じ制服の学生たちの姿がない。もしかして、今日は電車が早めに出てしまったのだろうか…と思って腕時計を確認する。8 時 13 分。いつもならこの時間に例の普通電車がこの駅に停車して、
たくさんの学生やサラリーマンがこの駅で乗降するのだが…今日はいない。

今の世の中は便利だ。スマホを開けば、列車の運行情報を見ることができる。さっきは急いでいて見る暇がなかったけど、もしかしたら遅延情報が出ているかもしれない…その時スマホのカレンダーを見て僕は気づいた。

「今日、体育の日だ…」

TV の運動会特集、母の呼びかけ、学生のいないホーム。すべてが繋がった。既に体力を使いきっていた僕は、思わず誰もいないホームに倒れこんだ。しばらくして、この重くなった体を抱えて家まで引き返すことにした。

ピンポーン

改札で止められた。
「ごめんねお兄ちゃん。同一駅下車はできない決まりなんだ。」
「130 円」

この日僕は、心身ともにボロボロになるまで運動したのだった。体育の日だけに。

しあわせ回数券/駅/ケチャねえ

一度外へ出て歩けば肩と肩とがぶつかりあい、謝ることもせず行き交う人々。そんなスクランブル交差点を過ぎて、満員の電車に乗るためにホームへと足を運ぶ。ふと、前に一枚の紙きれが落ちていることに気がついた。誰かの定期券だろうか。ひろってみる。【しあわせ回数券】と書かれていた。誰かが遊びで作ったものにしては、3、2,1と切り取り線で切れる仕様になっているので、本格的である。駅の落とし物コーナーに届けようかとも一瞬迷ったがサラリーマンにこんなものを真剣な顔で渡されても、後で駅員の中で笑い話になるだけだろうと思い、カバンの中にしまった。
「ただいま。」玄関に着いて、今日の夕飯を頭の中で当てる。
(今日はハンバーグかな。)
「おかえりなさい。」妻美紀子の顔を見て微笑み、先ほど一人で予想したハンバーグが当たったことに喜びを覚える。仕事で疲れて帰ってきても夕飯が出来ていて、洗濯物も掃除も終わっている。とても裕福とは言えないがそれなりにしあわせな生活である。
朝の六時、寝ている妻に心の中で(行ってきます。)とつぶやき、今日も今日とて仕事へ向かう。仕事場ではいつも通り与えられたタスクをこなしていく。だが、今日は運が悪かった。上司に残業を課されたのだ!ふと拾った回数券を思い出す。社内には自分ひとり。3の数が記された券を一枚切り取って
「残業をすべて片づけてくれ。」とお願いした。

目の前に起こっていることは真実なのか。あっという間に山のように積み重ねられていた仕事が一気に終わっているではないか。これはいい、子供の時に読んだ童話のようなことが現実で起こっているのだ。鼻歌を歌いながら家へと帰る。帰る足取りも不思議と軽快になってゆく。家に入った。
(今日はシチューだ。)今日も当たり。美紀子に今日起こったことを話したくてたまらなかった。というより反応を見たかったといったほうが正しいのだろう。

実はね・・・。

美紀子は予想通り疑いの目を向けて笑っていた。そんな反応が僕の心を掻き立てた。二つ目の願いは目に見えるもので彼女を驚かせたかった。2枚目の紙をとって、
「二人の住む家を大きくしてください。」次の瞬間見る見るうちに大きくなって真ん中に僕と美紀子が立っていた。笑いながら美紀子は聞いた
「しあわせになれた?」
「うん、まあね。」

このことは僕と美紀子の秘密だな。そう思いながらベッドの上で横になっていた。思えば、365日仕事漬けの毎日だった。残り一枚の紙を切り取って、
「幸せなところで笑って暮らしたい。」
でも、何も起きなかった。具体的さに欠けたのかと考えながらその日は寝た。次の日枕元に一枚の手紙が置かれていた。
【大井町駅3番ホーム下り列車に乗れ。】大井町駅はいつも利用している。いつものように仕事道具を持って大井町駅に向かう。3番ホーム。いつも通り多くの人であふれかえっていたが、そのまま来た列車に乗り込む。
 僕が目を開けたとき、列車の中には誰もいなくて、一歩外へ出ると目の前にはサーカスのような催しが行われていた。そこにいる人々は喧嘩もしないし戦争もない。毎日お酒と食べきれない程の食べ物を食べて、劇を見て過ごす。まるでユートピアだった。お金なんてない。本当に楽しくて幸せだった。妻の存在を忘れるほどに。
 
そろそろ帰るというと町のみんなは泣いて送ってくれた。戻り方は簡単だった。こんな夢のような毎日だったから、人間の世界でまた仕事も頑張れそうだった。やっと着いた、元の世界に。
 
 家に帰る。違和感を覚える。町の風景も道もあの時とは違う。玄関を開ける。なんのにおいもしない。妻を探すけれどどこにもいない。いや、いた。端っこで体育すわりをして、痩せこけ、老いた妻が。
 
 「しあわせになれた?」
 
 幸せに笑っている人の裏では苦しんでいる人が必ずいるのかもね。
この世界みたいに。

!黄色い線の外側へ!/駅/五目いなり

『まもなく三番ホームに、通勤快速新宿行きが参ります』
飽きる程に聞きなれたアナウンス、がホームに響く。
ぷあーん、と間抜けな音を鳴らしながら、人が詰まった電車がホームに滑り込む。
行儀よくに列に並んだ人々が、降りてくる人の波を避け、残り少ない空席めがけて雪崩れ込んで行くのを横目に、僕は大きく欠伸した。
毎朝毎朝、よくやるなあ。
人でごった返したホームに一人ぽつんと取り残されて、僕は電車を見送った。

この駅で起こることを、僕は全部知っている。
通勤ラッシュの過酷さや人の密集した電車内の心地悪さとか、そんなのは序の口で、例えばあの、ホームで電車を待ってる高校生が前の前の駅から乗っている女の子を好きなこととか、今ホームにやってきた電車の車掌さんが昔からアナウンスの真似をして車掌に憧れていたこととか、僕にかかればそんなの全部、お見通しだ。

僕は電車が運んでくるものを、隅から隅まで知っている。
電車に乗ってどこか行くたび増える思い出を、みんなどこかの駅に置いていくから、僕はなんでも全て知っている。
今日このあと電車が止まってしまうことも、もちろん僕は知っているのだ。

通勤ラッシュを少し過ぎた時間帯、眠そうな目をした大学生や行楽に出かけるお年寄りたちから浮くように、スーツ姿のサラリーマンがホームに足を踏み入れる。
ああ、やっぱりきみが、くるんだね。
見知った彼はぼうっと線路を見つめながら、黄色い線の上に立ち、ゆらりゆらりと揺れている。
僕はやってくる電車に道を空けるために、彼の隣に歩み寄った。

アナウンスもなく、ホームに電車が滑り込む。
目の前を走る電車の中には、幼い彼が乗っていて、つま先立ちをしながら運転席に見入っていた。
きみが残した思い出だ、なんて野暮なことは言ってやれない。
なんせ、この電車に乗れるのは、きっと僕の他には、彼だけなのだ。
スピードを緩めることなく流れていく電車を見ながら、僕は彼の耳元で囁いた。

「なあ、覚えてるかな?きみが初めて電車に乗った時、車掌の帽子を乗せてたろう?あれは一等きみに似合っていたぜ」

彼は何も言わないけれど、目を見開いて、目の前を突っ切っていくその電車に見入っていた。
それから昔を懐かしむように目を細め、久しぶりの笑みをその疲れ切った顔に湛えた。

「昔、この駅できみは同級生の女の子を痴漢から守っていたね?あの時のきみは本当にカッコよかったさ、まるで映画にヒーローみたいに見えたもんだ」

彼の眼前を、可愛らしい女子高生が乗った車両が走り去っていった。その姿を見て、彼は照れくさそうに頬をかく。そんな頃もあっただろう、と囁けば、彼はそうだったなあ、と独り言のように呟いた。

「結婚式のあとは、どうしてもって言ってウェディングドレスを着た奥さん連れて、電車に乗ってたよな?他のお客さんの驚いた顔、覚えてるかい?あれは最高だったよなあ」

次の車両には、ウェディングドレス姿の綺麗な女性と、タキシード姿の彼が、幸せそうな顔をして乗っていた。
彼はその、過去の思い出に顔をほころばせる。
左手の薬指に嵌った銀色の指輪をそっと撫ぜ、それから足元の黄色い線に目線を落とす。
ゆらゆらと揺れ動く体が、一歩、二歩、と後ろへ下がった。

「それに、きみの娘さん!初めて電車に乗った時、きみと手を繋ぎながらも運転手に見入っていたね。やっぱりきみの血だな、一家揃って電車が好きとは、きみたち家族は本当にいい家族だ」

また一歩、彼の体が後ろに下がる。
目の前を彼の娘が乗った車両が、例の如くに通り過ぎる。
彼は懐からスマートフォンを取り出すと、ロック画面の娘の顔をまじまじと見た。
揺れていた体がまた、前へ一歩踏み出される。

そうだ、きみには守るものがある。
きみはここで、決断しなければならない。

僕は彼の背中に手を添えながら、また彼の耳元で、囁いた。

「きみは、解雇を言い渡された。酷い話さ、やっと10年勤めたのに、解雇だなんて。家のローンも、娘の学費も、残っているよ」

僕は彼の背中に添えた手に、力を入れる。
遠くから踏切の音が、けたたましく響いてくる。
『まもなく三番ホームに急行新宿行きがが参ります』
聞きなれたアナウンスが、彼と僕の耳に入る。
僕は続ける。
「黄色い線の、外側へ」
彼の体はぐらりと揺らぎ、そのまま、赤い霧になって、消えた。

EKIBEN/駅/リョウコ

通路に投げ出された若い男の棒のような足をまたぐと、ニキビ跡の目立つ不満気な顔が此方を見た。気にせず細かい傷と皮脂で曇った窓に手をつき、窓際に移動する。
どっこらせ。たくさんの乗客の尻に敷かれ綿が潰れたかたい座席に腰掛ける。上着を脱ぎ、もぞもぞと尻を動かして具合の良い位置をみつけ、背もたれに身体を預ける。ふう。とりあえずこれで落ち着いた。
さて。私は手をこすり合わせた。妻の千代子から言われて知ったが、これは私が
<おたのしみ>をひかえているときの癖らしい。
私は時計を見る。12時36分。この特急は12時45分発、目的地に着くのはおよそ 1 時間半後。私は膝に乗せた箱を両手で包み、持ち上げた。サイズからしてこいつの所要時間は 20 分弱といったところか。胃におさめれば腹は8.5分目くらいまでふくれることであろう。あちらに到着するのは14時15分前後。飲み込んだ分が消化され胃がよいころあいになるのに25分かかるとすると、
13時50分少し前くらいに食べ終わるのがベストだろう。
電車が動き出した。逆算して考えると、スタートは13時半、45分後だ。私は目を閉じ、手の中の小さな箱の中身に思いを巡らせた。
駅弁。それは土地そのものである。それぞれの土地でとれた食材と、めずらしい料理がひとつの箱の中に納められている。この980円(税別)の箱には郷土の誇りがつまっているのである。
13時17分。私は椅子に座り直した。ふと外を見ると、ねずみ色の分厚い雲が空を覆っている。少し突けばすぐにはじけて大水が襲ってきそうだ。
ガタガタと揺れる電車の中、弁当だけはひっくり返さないように手でもって、なんとなく車内を見渡す。平日の昼間だからか、人気はほとんどない。口を開け鼾をかいている隣の若い男と、通路を挟んだ斜め前の座席に並んで腰掛けている老夫婦、通路を挟んで隣の座席の窓際には、中年の女が一人で座っている。
13時49分。私は弁当の蓋を取る。
なるほど。弁当は4つの土地に分かれていた。東側を惣菜、西側は米が共に領土を2つずつ治めている。私はこの2つの領土をじっくり眺めた。
惣菜上段右端はひじきの領土、その左側にはサイコロ型の筍の煮物、卵を挟んで手前にオニオンリング。……素晴らしい。並べられた2つの輪っかは無限大を連想させる。きっとサクリとした衣の下にはほの甘い蕩けそうな玉ねぎが隠されているはずだ。うむ、こいつに本日の大トリを務めてもらおう。下段は筑前煮とポテトサラダか。どちらも他の惣菜に比べて占める面積が広い。この2つは中間に食べ切ったほうがよさそうだ。
西側の領土も仕切りで二つに区切られている。上段は地のものだろうか、鳥五目、下段は白米だ。散った黒ごま塩と中央に鎮座する梅干しの赤の対比が美しい。
完璧な駅弁だ。思わず感嘆の溜息が漏れた。
さて。私は恭しく割り箸を袋から取り出し、地面に水平に持ち直して均等に力を込め割った。まずは惣菜上段で一番量が多い筍をひとつつまみ、口に運ぶ。さくさくと筍を噛めば、鼻から抜ける豊かな鰹節の風味。そのままいくつか食してから、上品な味付けのひじきにうつる。大豆がふっくらと煮えている。白米を挟みながら半分ほど食べ進め、今度は出し巻き卵を半分に割り、口に入れる。出汁自体の味を損なわないほどよい甘さ。さすがだ。次に味の染みた筑前煮、やや水っぽくはあるがマヨネーズがしつこくないポテトサラダを制覇し、来た道を辿って白米と共にすこしずつ東側を食べつくしてゆく。2つのオニオンリング、鳥五目を残してあとは空になった。時計を見る。14 時3分。配分は完璧だ。
さあ、メインの鳥五目だ。一口。美味い。鳥の旨みが硬めに炊いた米にしっかり染みている。ゴボウもよいアクセントだ。噛み締め、飲み込んだら直ぐにでもまた次を送り込みたいが、あと7分ある。ぐっとこらえて舌の根に残る旨みもちゃんと味わう。ゆっくり、じっくり味わう。窓を叩く雨の音も、隣の男の大きな鼾ももはや私には聞こえない。今ここには私と、駅弁のみがある!鳥五目が終わった。時計を見る。
14時12分。ややゆっくり食べ過ぎた。しかし残るは大トリ、オニオンリングのみである。私はそっと、リングを摘んだ。ゆっくり口元に運ぶ。さあ、噛み締めろ、至上の満足を!
グニャ。
中途半端に衣を纏った輪切りのイカが、箸に引っかかっていた。

解放/駅/YDK

ドンッ。

えっ。そう思った時にはすでに私は線路の上にいた。最後に見たのは目前に迫る電車の光だった―――。

「もう起きないと間に合わないよー!」
階下から母の声が聞こえる。もうそんな時間か、と眠い目をこすりながらしぶしぶ体を起こし、おぼつかない足取りでリビングへと向かう。もう、何度も起こしたのに…、なんていう母の小言を聞き流しながら既に少し冷めてしまっている味噌汁をすする。むむ、今日は少し味が濃いなと思うので白ご飯をかきこんだ。最後に目玉焼きの黄身の部分だけをカパッと口に入れてゆっくりと噛みしめると半熟の黄身がとろりと流れ出してきた。最高の瞬間だ、と小さな幸せを堪能して箸をおいた。そろそろ着替えなくては、
「朝のニュースです。先日起きた高校生の駅のホームに転落しての自殺はいじめが原因だった模様です。警察は…」
あー、そういえばおとといくらいにクラスの担任が騒いでたな…いじめ、ねぇ。

いつも通りの通学路を通り、駅で電車に乗り、いつも通りの時刻に学校の最寄り駅についた。幸いなことに最寄りの駅が学校から徒歩 3 分なのでゆっくり歩くことができる。今日も私と同じ制服を着た人がたくさん歩いている。さて、1日が始まるのか。

1限は体育…忌むべき科目といっても過言ではない。しかも1限なんて体育教師はどうかしている、みんながお前らみたいに朝からラジオ体操をしていると思うなよ、なんていう偏見に満ちた悪態を心の中で吐きながら更衣室に移動する。着替えて靴を履き替えようとした瞬間かかとに鋭い痛みが走った。なんだなんだ… 画鋲が入っていた。がびょーん。
…まぁどこかの掲示物に使っていた画鋲が偶然入ったんだろう。そう考えてグラウンドに向かった。ペアワークが多いのも体育の悪いところだよなぁ。

2から5限は完全に座学なので助かる。移動教室もないから一人を感じなくて済む。問題は休み時間だが、そんなものは汚れたうち履きを洗ったり、机の上に書かれた落書きを消すことでつぶれてしまうから問題ない。なぜかわからないがいつもそうなっている。まぁいい暇つぶしと思えば問題はないのだが…心なしか周りの目が冷たい気がするけれど、みんな疲れているのだろう。うっ…お腹が痛くなってきた…最近体調があまりよろしくない、授業を休むのは本意ではないが保健室で一時間だけ寝てしまおう。律儀に授業開始5分前に来た教師にその旨を伝えて、私は教室を後にした。

ガラガラ、ぴしゃん。保健室に入ると先生がパソコンに向かって何やら作業をしていたので、だまって座って待っていると、
「今日はどうしたの?」
「お腹が少し痛いんです。最近よくあるんですけど。」
「心当たり、はなさそうね。普通に体育もしたみたいだし。」
「はぁ…。」
なんでもいいから早くベッドで寝かせてくれ…そう思っていると先生が私の手を握って少し悲しげな眼でこちらを見てきた。
「最近、変わったこと、ない?最近じゃなくてもいいの。ずっと前からでも。」
???何を言っているんだこの人は。その感情が顔に出ていたのだろうか、先生が意を決した様子でしゃべりだした。
「あなたの生活ぶりはいろんな生徒や先生から聞いてる。いつここに来るかなって思ってた。
今あなたの様子を見て確信したけど、あなた、
い じ め ら れ て る で し ょ う 。」
…?馬鹿かこいつ。何言ってるんだ。いじめられている人間がこんなに普通な訳―――
「あなたは悲しさや苦しさに蓋をして見て見ぬふりをしているだけ。よく考えてみなさい、洗ったうち履きが毎日汚れているのも靴に画鋲が入っているのも、偶然じゃない。誰かが、もしくはみんながあなたを、」
「静かにしてください。お腹が痛いといっているんです。おとなしく寝かせて頂けますか。」
返事も聞かずにベッドにもぐりこんだ。が、もう眠れるわけもなかった。一度考えだすと止まらない。どこかで分かっていた理解していた。大人に突きつけられて否定するほどもう僕は元気ではなかったらしい。いてもたってもいられなくなってベッドから抜け出した。今まで抑え込んでいた負の感情があふれてくる。半年前のあの時も、2週間前のあの日も昨日も今日も、僕は一人だったのか。馬鹿らしくなってきた。どんなに小さな幸せをかみしめたって僕はもっと大きな不幸に包まれていたのか。どうして生きているんだろう。抱え込んだ闇が溢れてもう一人の僕を作る。もう、我慢するのは疲れただろう?ゆっくりお休みよ。

ドンッ。

今まで気づいてあげられなくてごめんね、ありがとう。解放してくれて。

駅にある世界/駅/ボブ

課題に追われていたあの日、あの男と出会った。
彼はホームに立っていた。私は彼の横に立っていた。彼は他の人と同様に電車を待っていた。私は彼の存在はわかっていたが、特に気にすることもなかった。

しかし、しばらくして私は彼が気になり始めた。

彼は音楽を聴いているようだった。イヤホンで。よほどノリの良い曲なのであろう。頭を上下に動かしリズムをとっていた。軽いヘッドバンキングとでも言おうか。そう、私は彼の動きが気になっていたのだ。先ほども述べたように、私は課題に追われている。その課題に集中したい。しかし、嫌でも視界にその動きが入ってくる。一度気にしてしまうとずっと気になってしまうものである。場所を移せばいいじゃないかと思うかもしれないが、それはできない。なぜなら私たちの後ろには長蛇の列ができているからだ。もし私が列から外れたら、後ろにいる人が瞬時に前に詰めてしまうだろう。その時点で、私はその列の一員ではなくなる。競争社会は厳しいのだ。

私は何故彼がこうなってしまっているのか考えた。そして一つの見解に達した。彼の動きの原因は音楽を聴いているところにあるのだ。音楽が彼の世界を作り出し、他人の世界を侵していることさえわからなくなってしまっている。それならば彼からイヤホンを取ってしまおう。そう思い付いた。彼からイヤホンを外すことで彼と音楽を切り離せる。そうすれば彼の世界を壊せる。話しかけるという手段も考えたが、きっと大音量で音楽を聴いていて私の声なんて聞こえないだろうからやめた。

しかし、やはり他人のイヤホンを急に外すというのはいくら私でも勇気のいることで、しばらく考え込んでしまった。もしヘッドホンを取った瞬間に彼の怒りを買って、怒鳴りつけられたらどうしよう。いや、怒鳴りつけられるなんてまだマシかもしれない。襲いかかってくるかもしれない。そして、ボコボコに殴られて、病院送りになるかもしれない。もしくは殴られて、周りの人が止めに入って……

あまり考えすぎるのはいけない。物事っていうのは案外悪い方向にいかないものなのだ。そう言い聞かせた。現時点で最優先すべきはあくまで課題。課題だ。私は意を決して行動に移ることにした。手汗を握りしめながら、私は彼の方に顔を向け、イヤホンの位置を確認した。そして手を伸ばそうとした。その瞬間、「あの、独り言が気になるので止めてもらえますか」

後ろの人にそう言われた。気づかない間に独り言を言っていたらしい。いつからか私は私の世界を作り出してしまっていたのだ。

修学旅行/駅/T

私の高校の修学旅行は、二年の秋に京都・奈良に行く。近隣の高校が沖縄や北海道、ハワイや韓国等の海外に目的地を転換する中、私の高校だけなぜか頑なに京都・奈良を貫いていた。そのことに不満の声も多かったが、それでも楽しい楽しい修学旅行である。学校がある長野の山奥から考えると、どこへ行こうが都会へ行くことにもなる。そんな時私達のような田舎者はできる限りのオシャレをして都会へ行こうとする。

私の高校は私服校で、髪色、メイクも比較的自由であった。だから普段の学校生活でも、容姿や服装に相当気をつかっている女子は大勢いた。そんな彼女たちが修学旅行にあたってさらに気合を入れるのである。髪をより明るい色に染め直し、巻いてみたり、結んでみたり、ピンでとめたり。明らかに普段よりも数段高そうな服を着て、それに何が入るの?みたいな小さいバッグを肩からさげたりしている。メイクも濃いめで、なんか目元とか口元とかよくわからなくなっている。そういった努力で自分の魅力をふんだんに引き出すことに成功した者もいる。一方で、こいつこんな顔だったっけみたいな奴もまあ出現するのだ。
女子だけではない。男子だって、個々思い思いのオシャレをして臨むのである。普段は丸刈り&万年ジャージの野球部員が、旅行当日へ向けて少しだけ髪を伸ばして、何を思ったのか超ごついジャケット等を着てきたりする。日々の練習で鍛え上げられて肥大した上半身にごついジャケットはまさしくゴリr…何でもない。その点サッカー部の男子たちは、自らの身体的特徴に合致した服をサラッとセンス良く着こなしていたりする。同じ万年ジャージ組なのに、この差はどこで生まれるのだろう。

そんな中、私はいつものパーカーと T シャツにジーンズという出で立ちで、旅行に臨むことにした。たかが修学旅行で皆そんな洒落っ気づくなんて…なんてことを思っていたのではない。私だってオシャレしたかった。ただ急にオシャレをするといっても、どんな服を着ればいいのかわからなかったのだ。ファッションセンスが皆無であるし、しょせん私のような芋は何をしようが芋である。何かしなければと、普段は全くつけないワックスを数種類購入して、家族に見られないように夜中洗面台の鏡の前でコソコソつけた。つけたが、ベタベタして髪がペタッとするだけで、毛束感なるものなど全く出なかった。つけ過ぎであった。

修学旅行当日、早朝の駅のホームに集合した私達は、変わり果てた友人たちの姿を目撃する。洒落っ気を出したのは自分だけではないという安堵感を抱くと同時に、友人たちの急激な容姿の変化に違和感をおぼえる。そして彼らの不安な視線が自分にも向けられていることに気付くのだ。だが気付いたときにはもう遅い。電車の出発の時刻が来て、それぞれの座席へと乗り込むことになる。オシャレに成功した者、失敗した者、何もできなかった者。自分自身と友人たちへの複雑な思いを乗せて、電車は京都・奈良へと向かっていく。

月見事情/駅/なべしま

藤七が畑仕事から上がると、もうすでに日暮れであった。
少しばかり作業に心を入れすぎたらしい。よくもまあ働いたものだと、感じいって腰を叩く。
秋の日は釣瓶落としというが、もう月さえ出てきた。
今日は帰りが常より半時ほど遅いのか。家人が心配するかもしれない。
いい月だなァ。
墨染の空に金色の月。
もののあわれ、なんてものは分からないが、素直に好きだと思う。
……あれ。
月が二つ出ている。
俺の眼もとうとういかれたかと目頭を揉んでみたが、相も変わらず輝く二つ目の月である。

「どうした、籐七。ばかみてェな顔して」-
「おう、竹蔵か」
竹蔵もまた、籐七と同じく畑で日を過ごす人間だ。
やはり仕事を終え、帰るところなのだろう。
「お前もこんなに暮れるまでいたのか。いやいや、それどころじゃねェ」そう言って籐七は空を示す。
「ほら、月がよ」
土で汚れた顔をぼんやりと空に向けた竹蔵は、頓狂な声を上げた。
「ありゃあ、なんだ。月が、」
二つあるみてえじゃねえかと言うと、ぐりぐりと目を擦る。
「ひええ、まだある」
土にまみれた手で顔に触れたせいで、子供のようにあちこち黒く汚れてしまっている。
いささか間抜けな友人ではあるが、それでも籐七は安堵した。あるはずのないものが見えたわけではなかったのだ。おのれが年貢の納め時だと思い知らされるのは誰だって怖い。
「おお、やっぱり見間違いじゃなかったか」
「おう。おれにもみえるもの」
安心すれば、それが何か確かめたくなるのが人情というものだ。
「た、たぬきかな」
ばかなと籐七は思ったが、万が一ということもある。
「じゃあこの芋を」
高々と掲げ、ひらひらと振ってみる。
「応えねえよ、竹蔵」
少し口惜しそうに竹蔵は嘆いた。
「たぬきではなかったかあ。じいさんはよっく、たぬきは月に化けるんだと言っていたんだがなあ」

しばらくはあっちの方が小さいよなあとかそんな話を続けていたが、互いに家子のある身だ。そのうち馬鹿馬鹿しくなって帰った。

「昨晩、大変珍しい現象が観測されました。雲の中を通過した光が屈折し、少し離れた位置にもう一つ月があるように見える、幻月というもので……」

たまらず籐七は竹蔵に電話を掛けた。今ならまだ、家で準備をしている時間のはずだ。
「もしもし、竹蔵かあ。今朝のニュース見たか……見てない?昨日の月な、あれは天体現象つうんだと」

もう消せない/駅/ネズミ

これは去年の冬にあったこと。

下校途中の電車の中、ブブーとケータイが鳴った。見てみると、当時付き合っていた彼女からの LINE。この日はクリスマスを間近に控えた 12 月の中旬。付き合って 1 カ月の僕らは、どこのイルミネーションを見に行くか相談の真っ最中だ。どこを候補に挙げようかに悩んでいると、いつだか東京駅で見た丸の内イルミネーションの広告を思い出した。中央線から京葉線までの乗り換えで通る動く歩道。あそこに貼られている何枚もの同じ広告は嫌でも目に入ってくる。完全に思いつきではあったが、丸の内なら雰囲気も大人っぽいし、デートの場所としては悪くはない。そう思うと丸の内を第一候補として挙げ、あとはその時ちょうど乗っていた横浜線で流れているイルミネーション特集からいくつか選び、送信ボタンを押した。

その瞬間に、画面の上の方に新たな LINE の通知が表示された。どうやら中学校の同窓会のグループラインのようだ。年が明けるとすぐに成人式が待っている。それに伴い中学校の同窓会が開催されるのだ。出欠確認とか先生は誰を呼ぶかなど決め事がたくさんあるようで、その当時はせわしなくグループラインが動いていた。同窓会といっても、結局は仲の良いいつものメンバーで集まる気しかしない。それ以外の人とは特に積もる話があるわけでもないし、安定した奴らとワイワイやっているのが一番楽しいのだ。そんなことを思いつつも、懐かしい奴に久しぶりに会いたいと思っている自分もいたから、心の中ではそれなりに同窓会を楽しみにしていたのだと思う。

帰宅ラッシュで混雑した電車は、町田駅に到着しようとしていた。ここでは多くの人が降りる。終点まで乗っている僕にとっては、この駅が席に座る最大のチャンスだ。誰かが立ち上がることを期待していると、運よく目の前に座っていた人が降りていったので、僕は即座に座った。そして彼女からの返信を待っていたのだが、電車の揺れが心地よくそのまま眠りについてしまった。

起きると既に終点の駅に着いていた。電車から降り、ケータイを確認すると待ち受け画面
に LINE の通知が来ていた。彼女と例の同窓会ライン。彼女の方をみると、

「その中だったら丸の内がいいなー!丸の内にしようよ(^O^)」

僕が一番行きたかった丸の内に彼女も賛成してくれた。ウキウキになった僕は、そのテンションのまま返事を書き始めた。
「じゃあ決定ね!今から楽しみー\(^o^)/」

こう文字を打つと、すぐさま送信ボタンを押し、ついでにテンション高めのスタンプを送った。これに対し、どのような返信がくるか楽しみだった。

ところがいくら待っても返信が来ない。いつもなら 1 時間以内には返してくれるのに。不安になった僕は「既読」がついているかどうか確認をするため LINE を開く。そこで僕は戦慄した。さっきのラインを彼女にではなく、同時に通知が送られてきていた同窓会の方のグループラインに送ってしまっていたのだ。今更慌てても、時すでに遅し。LINE では、一度送ったメッセージはもう消すことはできない。

「同窓会でなにか出し物をしたいという人がいたら連絡下さい。」

これに対し、次に送られているのは

「じゃあ決定ね!今から楽しみー\(^o^)/」

そしてテンション高い系スタンプ。既読は 51 人。
なにが決定かわからない上に、そんなキャラではない僕がそのトークルームでは同窓会をものすごく楽しみにしている少しイタイ奴になっている。

僕は同窓会に行きたくなくなった。

ある少年/駅/シュウ

「駅長。今日もまたあの子が来てますよ」
「また来ているのか……。なにをしに来ているんだろうな」
今週に入ってから、毎日同じ少年を見かけていた。地元の高校生のようだが、学ランを着ていて、背はそんなに高くはない。まだ顔には幼さを感じさせる。まだ入学して間もない一年生なのだろうか。見かけたというと少し勘違いをさせてしまうだろう。彼は、毎日夕方になると飽きもせず同じ場所に立って新幹線を見ていた。
あの子は何がしたいのだろうか。見たところカメラも持っていないし、鉄ちゃんというわけではなさそうだ。もしかしたら、渋谷の忠犬ハチ公よろしく、旅立っていった人を、ああやってけなげに待っているのかもしれない。流石にそれはないか、でも気になるなと思いつつ仕事に戻ると、部下がまた声をかけてきた。
「僕、話を聞きに行ってきましょうか? 最悪の場合、警察の案件になるかもしれませんし」
「いや、私が行ってくる。お前はサボらずに仕事をしていなさい」
「……わかりました」
部下は渋々自分の席に戻っていった。やや強引かもしれなかったが、気になったものが他人に取られるというのが嫌だった。我ながら狭量である。
彼に話しかけようと思って、近くまで行くと、逆に彼から話しかけられた。「あれ? 駅長さんじゃないですか。どうしたんですか? こんなところで」
顔を知られていた。別に顔を隠しているわけではないので、知られていてもおかしくはないが、珍しい子だった。
「そりゃ顔を知ってますよ。自分の住んでいる町の市長の顔だって、みんな知っているじゃないですか。いつも使っている駅の駅長さんの顔だって知っていて当たり前じゃないですか」
「当たり前かどうかは置いておくとして」 私は本題を切り出した。
「どうして、ここ数日毎日のようにここに立っているんだい? 別に写真を撮りに来ている鉄ちゃんというわけでもないんだろう? それとも誰か待っているのかい?」
「鉄ちゃんではないですけど、もともと新幹線は好きですよ。旅はゆっくりがいいという人がいますが、当然速いほうがいいじゃないですか。速さはロマンです」 話好きなのだろうか、話が逸れだした。
「話が逸れましたけど、どっかの忠犬みたいに別に誰かを待っているわけではないです。ただ、今週いつもはない新幹線の組み合わせが見られるってのを聞いたんで。いつ来るかはしりませんけど。それで仕方なく毎日見に来てたんです」
気になっていたことがあっさり解決してしまって拍子抜けした。別にハチ公でも何でもなかった。ただ新幹線を見に来ただけか。その新幹線についてなら聞いているし、確かもうすぐこの駅に来るはずだ。
「ああ、運がよかったね。それなら、もう後 30 分くらいでこの駅に到着するよ。中に入れてあげるから、中で見ていくかい?」
「いいんですか? ありがとうございます。うれしいなあ、ここからじゃ見えるには見えるけど、よく見えなくって」
彼をプラットホームまで、案内した。彼は饒舌で、訊いてもいないのに彼の高校の話や、彼の趣味について聞かされる羽目になった。彼の目的も、もう分かったし、仕事をほっぽりだして出てきてしまったので、もう戻りたかった。そうこうしているうちに、彼が見たがっていた新幹線がやってくる時間になってしまった。新幹線がプラットホームに入ってきて、停車した。
「駅長さん、見てください」
彼は連結部を指さして言った。
「あそこに僕がいます」
彼の名前は「奈須野翼」というらしい。