「投票結果」カテゴリーアーカイブ

グットラスト、グットナイト/遺書/温帯魚

拝啓、十年後の私へ

アナタがこの手紙を読んでいるとき、私は既にこの世にはいないでしょう。

そしてそれが、私はとてもうれしいです。

 

私は今中学校でこの手紙を書いています。十年後にまた私たちのところに届くそうです。

でも、知っての通り私は二十歳まで生きることは難しいと言われています。だから十年後の私なんて存在しないでしょう。

この手紙は、だから、誰にも言えないことを言える、私のためだけの宛名のない遺書です。

 

最近私は生きる意味ばかり考えます。死ぬ意義ばかり考えています。

パパやママに迷惑だけかけて生きていることが辛いです。休みの日にだって私の病院でゆっくりすることもままなりません。薬代だって馬鹿にならないでしょう。どんなにパパとママが大丈夫と言ったって、友達のパパとママに比べると何歳も齢を取っているように見えます。申し訳なさに、夜になると涙が出てきます。

でも、なによりも辛いのが、自分から死ぬことができないことです。

死ぬ勇気がありません。パパとママがもっと悲しみます。学校や病院の先生にも迷惑が掛かります。

そんな風に言い訳をする自分が、すごく嫌いです。もっと私が強かったら、死ぬことができるのでしょうか。最後に皆を幸せにすることができるのでしょうか。

 

そんなことばかり夢見ています。十年後の私へ。アナタはどんなふうに死んだのですか。できるだけ人に迷惑をかけずに死んでいたら幸いです。

敬具

 

 

 

 

 

 

 

「ところがどっこい生きていた」

 

自分のベットの上で手紙を読み終わるとそんな言葉が口に出た。失敬失敬。

そのまま手紙をびりびりに破ろうとする。が、肉のない細腕では繊維は一ミリも離れようとしなかった。しょうがないから歯を使って切れ込みを入れ、そこからゆっくりと裂いていく。ごみ箱に紙片を入れると、重労働が終わった後のすがすがしい気分だ。弱っちさに笑えてくる。

興奮もそのままに放り出した足をゆっくりと冷たい床に下ろす。夜の冷気は家の中を覆っている。自分の体を動かそうとするときの脳と肉の間がバグっているような、そんな不自由さももう慣れた。ゆっくりと手すりに沿って流しまで移動する。今日の幸福になれるお薬を消費しなくては。

流しの電気をつけ、コップに水を入れる。こんなこともパパとママはやろうとする。だから薬を飲むときはこっそりと、一人で。ぬるい水を重くないところまで(つまりほんのちょっと)注ぐと、薬の入った缶に目を向ける。

あの頃より薬の数は増えている。効き目も強くなっていて、それはつまり決められた量より多く飲めばもうアタシはこの世からオサラバ出来て、缶の中には明日も明後日の薬もあって――――。

心の端を掠めた考えを、力任せに無理やり破いた薬の封と共にごみ箱に捨てる。いつもは鋏を使っていたけれど、まだ案外イケるじゃないか私の両腕。ジンジンと痺れた左の手のひらに薬を移そうとする。一粒四千円なのだから、どんなに疲れていようが落っことしてはいけない。慎重に慎重に。

 

薬を飲み終えると再び寝室に向かう。ほんのちょっとの動作でももう泥のように眠りたくなる。生きる意味なんて私にはないけれど、そんなもんは必要なしにアタシの体は生きようとする。

 

また辛い明日がやってくる。誰かが死んで、誰かに悲しみと、ほんのちょっとの何かを残していく。

 

「おやすみなさい」

 

この世に残っている弱っちい奴らに向かって、あたしはそう言った。いい夢を。

散骨宣言~願望~/遺書(曲)/ととのえ

俺があの世に飛び立つ前に 話しておきたい事がある

かなりきびしい話もするが  俺の想いを聞いておけ

俺を忘れて楽しむはだめ 俺を憶えて悲しむもだめ

墓は物で満たせ いつも笑顔で会え  出来る範囲で 構わないから

忘れてくれるな もう仕事もできない俺だが 死ぬ気で頑張ったんだよ その恩に 報いろよ

お前だけお前にだけ できる事しかないけど 俺のこと忘れずに 常々俺を見守れよ

 

男と結び 子が生まれても 俺より愛を 注ぎはするな

どれだけ他人を 好きになったとしても 俺をより愛せ 少しだけでも

何もいらない 俺の墓を撫で 思いに耽り 愛を注いでくれ

お前のお陰で いい人生だったと 俺には言える 何時でも言えるさ

忘れてくれるな 俺の愛せる女は 愛せる女は 生涯お前ひとり

忘れてくれるな 俺の愛せる女は 愛せる女は 生涯お前ただひとり

 

元ネタ

 

 

猫背脱却物語/遺書/猫背脱却物語

猫背ころすにゃ刃物はいらぬ しゃんと胸さえ張ればいい

 

ねこぜだっきゃくものがたり。長い。長くて誰にもフルで読んでもらったことがない。猫背とよく呼ばれた。

 

思えばずっと猫背だ。主に身より心が。胸を張れない。胸を張って何かが言える自信が元々ない。

じゃあなんで普段お前ワーワー喋れているかといえば、常に自分が下の位置にいると思っているからだ。

 

人への意識が強い、自他問わず。なんであいつが人柄で愛されるのか。テニス部は爽やか幸せなのか。そうなれなかった自分に劣等感を感じたくないから、言いたいことを言うようになった。

下剋上じゃないけど、カウンターカルチャーじゃないけど、失うものもないし、やいのやいの言わせてよ、と思っていた。

猫背の時点で視線は下だけど、下からじゃなきゃ見えないものが、気づけないことがある、それが命がけの武器だった。

 

ただどこかで、そんな風にしかなれない自分に嫌気はさしていた。

嫌気?とかより、ただただ憧れていた。数あるうちの一人としてその場に馴染む、普通の奴に。

エナメルバッグで通学し、家に帰ったら部活の奴らとずっとラインしながらモンハンやっているような。

ラーメンズなんか見ない、自意識の強くない普通に。

 

だから猫背「脱却」物語にしたのだ。

 

猫背の僕が、猫背を脱却して、猫背の僕が死ぬ為の物語。この物語自体が一つ、猫背の死に向けた物語だとしたら。

この名で書いてきた一年間の文字は文章は、猫背の死後を考えて書いた、曲解での遺書なんじゃなかろうか。

 

 

終わりの為に始まる。落ちる為にスプラッシュマウンテンに乗る。バルスの為にラピュタはある(と思ってる)。私はいつか猫背の自分が死んで、脱却した自分になる為に、この名前で自分を作っていこうと思ったのだろう。

 

で、今。

 

猫背の私は全く死んでねえ。ピンピンしてる。

 

加速する自意識。ひしゃげた視点。とりたくなる揚げ足。巷にあふれる嫌いな女。

空が綺麗と書くより、空が綺麗と思う奴のことを書きたい。

何かに熱中する若者って、そんな自分が好きなんでしょとひがみたい。

最近の女が着るピンクの羊を剥いだようなアウターを始めたのは誰なんだ。顔は犬とかネズミに加工して、体は羊。キメラじゃねえか。もうお前ら人間やめちまえ。

 

 

脱却しようなんて意識するもんだから、余計に感性が鋭敏になって仕方ない。もうね、猫背のリバウンドです。

 

でもね、それでいいと思うんです。気づけばそんな自分を周りも自分も受け入れてくれている(気がする)し。

初めて自分のやっかみが、人に評価され、文章が好きと言われ。無理に脱却しなくても、猫背のままの自分でいいって思ったりするようになったんです。

 

おそらく周期的にまた脱却したくなって、でも猫背のままで、みたいになるんだろう。でもそんな自分に、嫌気はあまりないかもしれない。きちんと胸を張って、猫背でいられています。プライドのある猫背です。

 

生と死は隣り合わせ。生まれた時から死に近づいて、今も少しずつ死んでいってるともいえる。それでも人の目標は死ぬことではなく、死ぬまで生きることでしょう?

だとしたら、私の猫背は生の証です。脱却を目指しもするけど、結局猫背がいい。猫背でいい。

 

一人称視点で広がる私の人生。VRゴーグルつけなくたって眼前に広がっているリアルなゲーム。

まだ一周目だし、ネタバレなしで目の前のステージクリアを目指す。終わりを見据えるのは私を操る何かであって、私でなくていい。

 

生きてる時今この一瞬の感覚でさえ、死に向けられている遺書の一ページなら、私はこれからも長い長い遺書を書き続けたい。

正確には、長くありたい遺書の、目の前のページの執筆に熱中するだけです。え?はい、そういう自分が好きなんでw

 

 

これは、猫背が一生をかけて脱却に向かうだけの物語なのです。

 

まさに/遺書/仄塵

私はもうこの世にはいないということでいいでしょうか。どのような死に方をしたのか、最期にはどんな顔をしていたのか、あなたがそれを知っているのなら教えて欲しい。いや、多分魂が抜けていった時は、上空からその様子をじーと見ていたと思うから、きっともう知っている、死んだ自分が。

霊感がないからか、幽霊やおばけの存在は信じない。けれど人に魂があることと、死ぬ時にそれが肉体から抜けていくことと、来世があることは、無信仰だけど信じている。そのいつか肉体から離脱する意識の塊は私の死を見届けてくれることを期待している。まあその時が来たらもう「私」は「私」じゃなくなるけど。

ここまで読んだあなたは、突拍子もない話に困惑しているのかもしれない。言いたいのは、私は死そのものに恐怖を感じないこと。しかし人間として生きることは、ただ呼吸と脈拍を維持すれば良いのではなく、価値の創出が期待されるわけである。私はそれが出来ないまま死んでしまった。だから本当に両親に対して申し訳ないとは思っている。稼ぐようになったら最低でも月1万は家に入れると決めていたのに、それが出来なくてごめんなさい。

そう、死ぬ前の私は、財産も何も、「価値」と言えるものを残すことができなかった。だから遺書を書く立場ではないと思うが、唯一残るのは、私の体だ。唯一自分のものは、自分の思う形で始末してほしい。

まず臓器提供については、移植出来るものはすべて提供したい。私の角膜で誰かが見えるようになるとか、私の腎臓で誰かの命が救われるとか、そんな偉そうな理由ではなく、ただただそのまま焼かれてしまうのは勿体無いから、まだ30年は問題なく使えるのに。だからもし移植が成功したとしても、その患者からの感謝状とか、両方の精神的負担になるようなことはしないで頂きたい。人道的な考えで提供したわけでもないから。

それでも私の体はやがて焼却炉の中で焼かれて、焼骨になるのは知っている。そして実際に親族が貰えるのはほんの少しだけで、骨壺に入りきれなかった分は廃棄されてしまうことも知っている。その遺骨だが、是非樹木葬でお願いしたい。墓石が冷たくてその下にずっといるのは嫌いのと、自分が木の養分になれるのが不思議でやってみたいから。できれば果実が実る木がいい。養分としての私の成果がちゃんと出る。でもできれば食べて欲しくないな、その果実。

というわけで、これでもうこの世に思い残すことはない。今は空中に浮いてこの俗世を淡々と見渡しているのか。それともすでに別の世界に行ってしまったのか。もしくは今までの記憶が消されて転生させたのか。いずれにせよ、もう私はあなたに会うことはないだろう。
さようなら。

死にたくない/遺書/ちきん

生きるのに向いていないなとおもうことは、たまにある。あたりまえのイニシエーションを、ひとよりも特別に掛け替えのないもののように思ってしまったり、どうしても許せない傷があったり、自分の歴史はそんなに美しくは編まれないのだということを知ってしまったりするとき。

そういうときに、いつも遺書を書く。言葉にすると、なにか自分とは別の物語や教訓のように感じて救われるし、身体は空っぽになって、ただそれを眺めてうっとりする。すきなひとができると、そのひとに宛ててラブレターを書いて、でも渡しはせずに集めてとっておくと言っていたひとがいた。表しようのないきもちを、過去として自分の持ち物にしてしまうことで、折り合いをつけて生きていくところが、似ていると思った。

積み重ねた遺書は、見えないこの先をなんとか生きてゆくためのものだ。

 

無事におとなになることができたのか、そこまで感情が過多ではなくなってきたけれど、そのぶん過去に何を見て生きてきたのか、昔どんな言葉を使っていたか、どんな風にひとを愛していたのかも、気付かぬ間にたくさん忘れてしまっている。それでまた呆れてしまうくらい、自分が嘘つきで薄っぺらく感じたとき、遺書を読んで過去に立ち返り、きもちを取り戻す。

経験がふえていくごとに、刺激に強く鈍くなっていって、このままあといくつの手紙を遺せるのか。貯金を切り崩して、あと何回暖がとれるだろう。

儚いプリン/遺書/なべしま

ポムポムプリン…サンリオの有名なキャラクター


遺書というものについて書けというので一考、そういえばと思いついたのはポムポムプリンであった。遺すものとしてこれはどうかと思わないでもないが、最後である、与太話も許されたい。要は誰か賛同する者がいるかどうかなのだ。
私はポムポムプリンを見ると苦しくなってくる。


古典には諸行無常という言葉があるが、強いていうならばポムポムプリンはこれに似ている。だがポムポムプリンはそのような快い広大な世界ではない。
諸行無常というのは、季節の移り変わりのようなものであろう。花が萌え、雪が降り、そして呆気なくそれらが移り変わるのは淋しいものだ。だがそうした過程は過ぎ去るのみでなく、巨大な輪廻の輪の中にある。それは人のものでなく、世界の理だ。


だがポムポムプリンは違う。
奴は人の身において、人の領分で、そうした滅びゆくものをまざまざと見せつけてくるのだ。ただ今ある一瞬のみを切り取るために、この一瞬が意味するものは滅びしかない。後世に残るものではなく、ただ単に過ぎ去るのみである今の時間を残酷にも突きつける。その滅びとは、私の若さであり、財産であり、毎日を重ねる中で当たり前にように存在し、失くなるということを意識しないものだ。意識昏睡に陥り、50年後に目が覚める感覚が近いだろうか。心臓が締め付けられるようだ。この感覚は、相手を愛するあまり壊してしまいそうな感覚とはまるで違う。こっちが死にそうなのである。


勘違いしないでほしいのだが、私はポムポムプリンのことが好きなのだ。愛らしいむちむちと太ったフォルムに、実は犬であるという驚き。抱きしめたい。離れた、つぶらな瞳は無垢な印象を受ける。
愛おしい。だがその可愛らしさは虚しさと表裏一体なのである。


なぜこのような感情を抱くのか、その理由としては、失われた子供時代、黄金時代を思い起こさせるためかもしれない。喪失感がポムポムプリンの根底にあるのだろう。
余りに単純すぎる答えかもしれない。だがオッカムの剃刀よろしく、意外と答えはそんなものかもしれない。


こんな考えを一人で抱え込んでいたが、心当たりのあれば是非ともお聞かせ願いたい。身近にいる無邪気なキャラクター、奴らは何かを訴えかけてはこないだろうか。

託したもの 託されたもの/遺書/あおいろ

目が覚めると、そこにあるのは見知らぬ真っ白な天井だった。

なんて始まりはなんだかありきたりな気がしてしまうが、それが事実だったんだから仕方がない。

 
ここはどこだ、と考えながらも首だけ回して周囲を確認する。仕切られた空間。どこもかしかもさっぱりとしていて綺麗で清潔感がある。きっと、いや、確実にここは病院のベッドの上だろう。にしてもどうして自分がこんなところにいるのか分からない……。

どうしたものか、とりあえず体を起こそうか、そう思ったとき初めて体の節々が痛いことに気付く。仕方がないので誰かが来るまでそのまま待つことにした。

 

しばらくして看護師がやってきて、自分が目覚めたことに気が付くと先生を呼んできますねと言って出ていった。

「どうもね、こんにちは」
「はぁ、こんにちは」
「どうですか、身体の調子は」
「痛いです、あちこちが」
「そうですか……しばらくは安静にしていてくださいね」

やってきたのは、50代くらい、人のよさそうな男の医師だった。

「どうして今病院にいるのか、覚えていますか?」
「どうして、って……」

口を開いて、言葉を続けようとするが、何も、紡ぎ出されない。当然のようにあるはずの、眠る前の――この場合は気を失う前の、の方が正しいかもしれないが――記憶が何もない。

なに?なんで?どうして何も思いだせないんだろうか?
もしかして、事故にあったとかそういうことなのだろうか。それで頭の打ちどころが悪くて記憶が飛んでったとか?

動揺したように「えっ……えっ……」を繰り返すことしかできない私に、医師はそうですかと静かに言う。
「無理に思いだそうとしなくて良いですからね。とにかく身体の調子が一番ですから。快復することを一番に考えて過ごしてください」
「は、い……」

立ち去っていく医師を見ながら、自分はそう呟くので精一杯だった。

 

 
病院で過ごし始めてから1週間ほどが経過した。この1週間で分かったことがある。
自分は、どうして病院にいるのかという原因はおろか、自分が何をしている者なのか、これまで何をしてきたのか、今何歳なのか、どこに住んでいるのか、名前は何なのか……という、自分にまつわるありとあらゆることを覚えていなかった。

つまり、記憶喪失ってやつなんだろう。

まさか自分が、とは思ったが、どれだけ頑張っても欠片も思いだせないから、結局その事実を受け入れるしかなかった。

 
一方、身体の方は想像より早く快方に向かっていた。今では全く何の違和感も無く体を動かすことができる。
だから、とても不思議であった。最初は事故か何かで記憶を失ったのだと思っていたが、それにしては身体はそんなに損傷を負っていないように思えたのだ。

そのことを医師に伝えたところ、「そうですね、そろそろいいかもしれません」とよく分からないことを言われた。
「はい?」
「では、あなたに何があったのか、わかる範囲のお話をしようと思います」

あなたに何があったのか。

急に、鼓動が速くなるのを感じる。1週間考えても全く思いだせなかったその答えを、こんなにあっさり知ることが出来てしまうのか。戸惑いと恐怖の反面、早く聞きたい好奇心に駆られる。

「お、お願いします」

「あなたは恐らく、自殺をしようとしたのかと」

「じさつ……」

 
可能性の一つとして頭をよぎっていた言葉だった。
なるほど、では自殺をしようと試みたけれど死にきれなかったというわけか。

「はい。あなたは、ビルの屋上で気を失っているところを発見されました」

「なるほど…………

 

……んっ???」

屋上?えっ、なんで屋上?飛び降り自殺なら、ビルの下にいるはずじゃないか???

「なので、自殺をしようとした、とお伝えしたんです」

ちゃんと靴はそろえて置いてあった。遺書?らしいものもちゃんとあった。でもあなたは飛び降りておらず、屋上にいるまま気を失っていた。だから、自殺は未遂だったのではないか。
混乱する私に、医師はそう伝える。

待って、意味が分からない。そうなると、私は実行に移す前に倒れてしまったということなのか。でも、そうするとこの記憶喪失が説明できなくないか?

「でもこれは私の推測の域を出ないので、あなたに、見ていただきたいものがあるのです」

そう言って医師は一枚の折りたたまれた紙を取り出して私に渡した。そこにははっきりと、“遺書”の2文字が記されていた。

「遺書……」
「もしかして、あなたには、なにか書かれているものが見えますか」
「え?」

医師は困ったように眉を下げる。

「実は私たちには、何も書かれていないただの真っ白な紙にしか見えないんです。でも、あなたは発見された時、その紙を大切に握っていました。だから、あなたが見れば何か分かるのではないかと思いまして」

文字が、私にしか見えない?そんなことってあるんだろうか。
訝しく思いながらも、私は遺書と書かれたその紙を丁寧に開いた。

 

 
遺書

今日、私はあなたの元から去る決意をしました。
あなたは、とても辛い人生を今まで送ってきたのだと思う。ことあるごとに、私が消えればいいのにと言っていましたね。
それを言われるたびに、私は辛かった。どんなに辛いことがあろうとも、あなたの人生はひとつしかなくて、そこから逃れることはできない。それなのに、あなたは私に消えろと言った。
あなたは私で、私はあなたなのです。私が消えたら、あなたも消えたことになります。
でもね、もし私が消えることであなたが心機一転新しい一歩を踏み出せるなら、私はあなたのために消えてもいいのかもしれないと思いました。
今までありがとう。これからは新しい人生を歩んでいってください。
生きてください。

あなたの記憶より

 

 

読み終わって、私は頭を抱えた。
混乱が、大きい。何が起こっているのか、理解が追いつかない。

これが……この遺書が正しいとしたら、これを書いたのは、私の記憶、ということだろうか。
私が、自分の記憶が消えるように強く願って、その結果このようにすっぽり自分の記憶だけが思いだせなくなっているのだろうか。
記憶を消したいほど、辛い何かがあったのだろうか。
それでも、死ぬのではなく生き続けたいと、図々しくも思ったのだろうか。

 

 
「先生」
ぼたり、と大粒の水滴が目から零れ落ちた。

「私、生きようと思います」

 

遺言書があればエロ本は親友に相続できる/遺書/さくら

とまあ、こんなテーマになってしまった一端は自分も担っている(毎回手挙げてました)ので、さあ遺言を書いていこうかな、と思うんですが

遺言書の書き方って習ってないよね。

人間誰しも死ぬんだから、どこかでちゃんと遺言の書き方は学ばないといけないわけだけれど、学校ではそういうことは学ばない。学生のうちに死ぬ人だって少なくないのに、彼らが遺せるのは精々「置き手紙」にしか過ぎないもので、法的拘束も何もない。ブラック企業の跳梁跋扈する今の時代において、いつでも安らかに死んでしまえるように、こういった知識は一般常識にしておくべきだと思うんだ。

というわけで、みんなこれを機にいつでも死ねるように遺言が書けるようになっておこう!!いつでも死ねると思うと人生楽だよね。そうだよね。

 

とりあえず遺言の効力について。

満15歳以上であれば、未成年であっても保護者の権力行使を超えて効力を持つそう。つまり、大事なコレクションなどがあれば、死後親が勝手に捨てようとしても遺言書にそのコレクションをどうすべきか明記しておけば、法的に遺言の効力が勝るということになる。エロ本は見ないで捨てといてね、と遺言に明記しておけば、たとえ親でも法の力によってそれを見ずに捨てなければいけないことになるだろう。死後に恥を晒さない為にも、しっかりと抑えておきたいところ。

あとは、基本的に遺言は遺族同士の怨恨を最低限に抑え、相続関係をはっきりさせるための書類なので、先日謹慎処分になったどこぞの自称イケメン芸人(結構好きでした)のように、何股もかけていたりして関係の複雑な人ほど、遺言をしっかり書く必要性があるそうです。

よし!私には直系の親族以外いないから安心だ!…はい。リア充の方々にしか関係のないお話でしたね。

ちなみに、私たちのようなご縁のない人の財産は、国庫に帰属するそうです。ですが、遺言に記載があれば、自分がお世話になった人や団体にその財産を贈与することができるそう。溜まったエロ本は、死ぬときに遺言に明記して仲の良かった友達に分けてあげよう。これは、家業などを親族以外に継承するようなケースでも同じ。

そして、財産の書き漏れが少しでもあると、その残った部分を巡ってハゲしい争いが繰り広げられるらしいので、「その他の」などの言葉を駆使して回避しましょう。

以上のことを踏まえて…と、さっきまで実際に遺言書を書いてみようという流れでなんとなく書いてたんですけど、いろいろと仮名を使わないと面倒だな、って気がついて没にしました。はい。とりあえずは、妻と子供に分与していく感じになるだろなあ。死ぬ間際にいくら媚びられても動じないくらいの心は残しておきたいものですね。

いっそ、死が見えたら財産全部使いきって無一文になってから死ぬのが一番かな!!!宇宙葬だ!!!!!

 

 


◆参考◆

http://rocketnews24.com/2014/10/20/498462/

大気圏で散骨 … 300,000円。

http://xn--29sob915t.com/plan/moon.html

月旅行プラン … 遺骨7gのプランで7,992,000円。

http://xn--29sob915t.com/plan/deepspace.html

宇宙の果てまで無限に遺骨が飛び続けるのは面白そう。月旅行プランと同じく約800万円。

面白いしロマンはあるけど、意外と現実的な金額でした。


 

 

あ、ピクニック割と賛成なんですけど木曜はバイトなんですよね。

分解/全部雪のせいだ/みかん

予期していたよりもずっと早く、身体の分解は始まった。まず、下半身から。細かく格子状に切り込みが入れられ、ブロックのようにボロボロと崩れ落ちていく。身体から分離した小さいブロック達はそれぞれが別々の完結した個体に変化し、直に現実の空気を吸い込んで一瞬で腐敗する。下半身から分解が始まったのは、せめてもの優しさのつもりだろうか。そんな媚びへつらいに苛立ちつつも、既に上半身は水になっていた。水は細かく分解され、四方八方散り散り行き、幽き霧となる。霧は更に分解され、もう眼には見えず、生臭い匂いが残るだけ。そして、最後に顔。最初は上半身と同じように水に変化していったのだが、水になって2.3秒後には悲しくも雪に成り下がった。雪、水にも氷にもなれないどっちつかずの存在。最後の私の形態としては憂鬱ではあるがふさわしい。引力に身を任せ、ゆらゆらと堕ちていく。雪は分解を続け、ただただ堕落する。

ついに私の身体は全てカタチを持たなくなるのだ。私は観念だけの存在になる。しかし、私はそれでよかった。この未分化の世界に何の関心を持たない私にとって、身体は無用の長物だった。世界との接点など思考の邪魔でしかない。世界だって私の欠落に気付いてもいないだろう。世界は私が何をしようと見向きもせずただ息を吸っているだけ。そんな不躾な世界と私は決別したかったのだ。

しかし、私はずっと雪のままだった。分解もせず、水にも氷にも毒にも薬にもなれない。私は身体と観念の境界線上でギリギリのバランスを取っている。どうやら私には研ぎ澄まされたそれだけの存在になる勇気はないようだ。ひたすらに空を舞い、倦怠の揺らぎに溶けていく。出来損ないではあるがそれ自体完結した世界の空で、私は滑稽にも宙づりになっているのだ。私の呻吟は誰の耳にも届かない。それは波ではなく、ただ一つの点になって留まる、そして、私の世界は、彼方に遁走していく。

これも全部雪のせいだ★