「Bグループ」カテゴリーアーカイブ

権力は暴力/ネット記事/縦槍ごめんね

http://www.sankei.com/smp/entertainments/news/170726/ent1707260012-s1.html

昨日、ミヤネ屋の最中に謝罪が行われてましたね。正直浅野もでてこないし、なんかふわっとした謝罪で視聴者の芯を食ってない感じでしたが。まぁ、この問題はミヤネ屋側に問題があるわけで、高須社長の怒りももっともで、そんなことより思ったのが権力を持った人間を敵にまわすのって想像を絶するほど怖いということ。

普通だったらこれは表沙汰にならずに、スポンサーを降りられるかとか訴訟を起こされるとかしてたんだろうけど、高須社長はtwitterで自らの怒りを自分の手で発信している。これは、売られた喧嘩を買ってる感じでとても感情的に見えた。

そして、結果は見ての通り。ミヤネ屋の完全敗北。権力者に楯突くとボッコボコにされんぞ、っていうのをまざまざと見せつけられた。高須社長はこう矢面にたって戦争するから面白いし危険だ。でも世の中の上の方々はもっとヤバイやつらもいると思うと下にいる方が幸せかも。

到達点/ネット記事/手汗王

http://www.yukawanet.com/51097/archives/5242376.html

えげつない、、、トップボディビルダーでもここまで極限の絞りができる人はそういない。段違いなバスキュラリティである。少し細めの足ではあるが、ここまで絞れていればベストボディで入賞はできるだろう。

人間はより強い部位ほどカットやバスキュラリティが出やすいと言われているため、ツールドフランスの選手は相当に脚が強いということになる。腕からも考えるに、この選手は体脂肪率もかなり低い。どんな競技でも極限まで極めるとその人の姿は、人類の到達点に近づくように感じる。かっこいい。

トレーニングに理由付けは必要ないが、強いて理由を付けなければいけないとすると、その一つに人類の到達点に立ちたいという願望がある。これは漫画「テラフォーマーズ」のマーズランキング1位、ジョセフGニュートンを見てとても感化されたのであるが、結局は様々な能力を引き出す上で能力の限界は筋肉で決まっているだろう。どんなスポーツ選手も筋トレは怠らないし、強ければ強い奴らほど、凄いトレーニングをしている。ラグビーニュージーランド代表、オールブラックスのトレーニング動画をみたが、自分がいかに底辺で争っているかを思い知らされる。自分の肉体に満足できた時、それはきっと人類の到達点に立つ時なのだろう。到達が先か死ぬのが先かの勝負だ。人類の到達点というと、もう一つ面白いものがあった。

http://tocana.jp/i/2017/07/post_13852_entry.html

人工知能を駆使して最強のソルジャーをつくることができるそうだ。世界がmarvel化してきている笑。これは、男なら誰もが通る道の一つ。スーパーヒーロー方面の人類の到達点だろう。超能力、超感覚をもった兵士など、キャプテンアメリカしか思い浮かばない。なれるなら一度はなってみたいものだ。筋トレを続けていればスーパーヒーローになれるのではないかとすら思っている。人間の進化は、どちらに進んでいくのだろうか。肉体的進化を遂げるのか。科学的進化を遂げるのか。二項対立、二者択一式の進化の方向に見えるかもしれないが、先にも述べたmarvelヒーローたちは、両方を追うことで人類に到達点を見せてくれているようにも見える。二兎を追うことで二兎を得ることもあるのかもしれない。

最強の人間になりたい

恋愛相談というかキャラテコ入れ/ネット記事/みくじ

 

アルテイシアの恋愛デスマッチ
この連載に最近めちゃくちゃハマっています。
今回取り上げるのは
「ハイスペ婚したけど幸せじゃない」自分がわからない女子にカウンセリング①
「新婚時代なんて思い出したくもない」自分がわからない女子にカウンセリング②
(①が2週間以上なのは許して欲しい)
https://am-our.com/love/218/14333/
https://am-our.com/love/218/14362/

筆者のアルテイシアさんは毒親持ち女子高育ちバリキャリ歴戦の恋愛傭兵でガンダムオタク、既婚者という私が求めていた人生の先輩。もっと早く出会いたかった、

それはともかく今回の相談者がすごい。何がすごいってまあとりあえず見てくれ。

 

相談に来たんだよね…?とそれはもう混乱させてくれる。ちんぷんかんぷんってこういうことか。
脳内でめちゃくちゃ猫なで声の頭の弱いギャルで再生されるのは私だけだろうか。(※相談者はそこそこ育ちのいい32歳派遣社員既婚)
この時点でかなり不安定な気持ちになってくる。

しかしここからが本番である。

 

怒涛の煽り!どこを見てもイラッとくる!
これで天然なら記念物クラス!

とまあ見てるこっちも怒りで知能が下がってきましたが一旦落ち着いてよっいせ。

逆にいるんですか?周りは~と小賢しい小学生のような言い方。
内容も、びっくりするほど浅はかだ。ドン引き。
なんでそんな何も考えず結婚してしまったん…?
し、しびあ…?意味分かってる?

また頭が悪くなってきましたので、ふぅ…
お局=40代独身って見方もなんというか、まあ私もこの人には意地悪()する自信がある。

ここで急ぎ足になって申し訳ないがラストのところ。

 

急に聞き分けが良くなる相談者。
スピードラーニングの皮肉も痛快だったけど、突然にいい子になるこの相談者は一体なんなんだ…。

果たして本気で言っているのか、面倒になってとりあえずYesにしてるんじゃと疑う気持ちがある一方で、あんなにでもでもだってだった相談者の吹っ切れにこちらも清々しい気持ちになってきた。オリジナルストーリーが暴走して散々文句を言っていた深夜アニメの最終回のような切なさがある。

ここまで読むと、能天気で考えなしで優柔不断なこの相談者が一周まわって可愛く思えてこないだろうか?
愛されるおバカとはこういう路線もありなのかもしれない。

物申す回みたいになった/ネット記事/杏仁

 

LINE NEWSの恋愛コーナーみたいなのがあって、いっつもしょうもないことばっかり書いてるんですけどなんか見ちゃうんですよね。
この仕草で男は落ちる!とか、今年は○○系女子が流行る!とかいう感じの。全然当てにならないんですけどね。
そんな中で最近見つけた記事をご紹介します。

http://ananweb.jp/soken/topics/koi-tech/121930/

 

いつもは適当にスクロールしているんですけど、さすがに1から3まで見事に当てはまっていたので無視できませんでした。

 

ここでちょっと話は逸れますが。

私はこの記事の通り、いつも同じメンバーと行動して毎日くだらない話でギャーギャー騒ぎながら過ごしてるんですが。清田スタジオにはこういう女たちが嫌いな人多いんだろうなあっていつもいつも感じています。
どうせ群れることしかできない低脳なバカ女共とか思ってるんですよね?みんなで遊んだっていうだけの需要のない写真をインスタにあげて楽しんでいる私達みたいな女のこと嫌いですよね?そんな中途半端な面白フェイスで写真あげてんじゃねえよとか思ってるんですよね?みんな同じような流行りの服を着て同じような色に髪を染めて頭悪そうなテンプレ大学生だなとか思ってるんですよね?

 

何にも染まらない一匹狼の方がかっこいいみたいなこと言っている人よくいますけど、そういう考え方自体がもはやありきたりだと思いますけどね。

 

いやでも別にテンプレ女子大生を擁護したいわけじゃないんですよ。そういう人たちをネタにしてdisるのは好きですし。矛盾してますかね。自分たちもそういう感じなのに、いやそういう感じに見られるからこそなんですかね。

 

髪色とか服装に関しては完全に自分の好みなんで、好きなようにやらしていただきますけど。カラーランだとかバブルランだとかいうよく分からないなんちゃってパリピ製造機みたいなのもよくあるじゃないですか。そういうのを見てなんだよあれバカみたいだなあ、頭悪そうだなあ、って思うんですけど、逆にそういうことを自分でやりたいと思うんですよね。
狂ったようにフォトジェニックを求めておしゃれスポットにお金をつぎ込む方々に関してはどうかと思いますけど。
THE頭悪そうな大学生っていうのやりたいって思っちゃうんですよね。
結局はテンプレ女子大生って思われても仕方ないんでしょうね。まあ何言われてもこのまま自分が好きなようにやるつもりですけどね。

 

なにが言いたいのかもよく分からなくなったしありえないくらい話も逸れてしまったのでそろそろ終わります。

まあ最後なんで大目にみて下さい。

 

そんなこともあった/絶食系男子/みくじ

 

Aセクシャル(アセクシャル、エイセクシャル)
無性愛者ともいう。他人に恋愛感情や性的欲求を抱かない人のこと。

 

私は2年くらい前、自分がそうなんじゃないかとちょっと疑っていたことがある。ちょっとというか割と疑っていた。

 

県内では勉強する学校だったし恋人がいたことがない人も珍しくなかったが、大学生になった途端そんな友人達もみんな彼氏が出来始めた。

1年生の5月、片道1時間半かかるにも関わらず隔週で会っていた地元の友達に初めての彼氏が出来た。
彼氏のクズっぷりをネタにしつつ幸せそうな彼女は今まで見たことないくらい可愛かった。

「彼氏いいよ。暇な時気軽に遊んでもらえるし。」

それはいい。めちゃくちゃいい。
一人暮らしで友達を作るのが苦手な私は、それはもう暇を持て余していた。隔週で多摩に出向くくらいには。
今まで、いたら楽しいかなくらいで必要性は感じていなかったが、初めてここで彼氏が欲しいと思った。

「みくじが誰が好きになるのは難しそうだけど、告白されたらとりあえず付き合いなよ。」

さすが私のことを分かりすぎている。

とりあえず告白されたら付き合う。片っ端から異性(に関わらず人間を)をブロックするのを辞める。オッケー任せろ。
1歩先輩となった友人の簡潔なアドバイスをスッカスカの頭に入れて横浜に帰った。

 

そこから7月までに何故だか3人くらいの男性と1度ずつ出かけたが、その3人とは別の人に「なんか好きになれそうな気がするから付き合って」と言わた。
今思えばこれで付き合うは流石にないのだが、告白されたらとりあえず付き合うと条件付けしたし、18年されなかった訳だから次がいつか分からないので合意してしまった。

しかし元々親しかったわけでもない先輩に対人恐怖症のコミュ障だった私が心を開ける訳もなく、またそんなクソな告白をする先輩が私を恋に落としてくれるはずも無く。

金無しバイト無し単位無しのその先輩はどこかデートに連れて行ってくれるでも無く、ご飯に誘ってくれるでもなく。
ただ私の部屋で何度か飯をたからせたある日、帰るのだるい(いや徒歩15分やろ)と言うので仕方なく泊めた。
その後は簡潔にまとめると、迫られ拒んで音信不通、自然消滅。

 

そこから冒頭に繋がるのだが、その一件が夏休み前くらいだったこともあり、暇で暇で仕方ない夏の間「私ってやっぱりちゃんと恋愛できない欠陥人間だあああ」と凹んだ。

今となってはちょっとした黒歴史だが、両親に「その歳で恋愛したことないなんて頭おかしい、人間じゃない」的なことを(今のでもだいぶオブラートに包んだ)言われまくっていた身としてはかなり深刻に悩んだ。
一人暮らしは寂しいから将来は似たような状況の人と偽装結婚でもしようかと考えた。

 

記憶の彼方に追いやっていたが、絶食系といえばそんなこともあったなあ。そんな呑気になるくらい今は楽しくしているので、あの時の追い詰められていた私にタッパーいっぱいのクッキーをプレゼントしてあげたい。

 

でも親近感はない/絶食系男子/θn

正直な話、人の性欲がどうこうとか知ったこっちゃない。
まして世間一般の男性を平均化したものなんか尚更。
どーっでもいいし、汚らしい。

私は常々もっと綺麗な話をしたいのだ。

とはいえ、別に私は性的な話題を生理的に嫌悪しているであるとか、それらに関して特別に壮絶な経験があるとかそんなことではない。ただ少しだけ遠くに置いておきたいというか、投げかけられると心臓がひゅってなる。居心地の悪さというよりは、どうしようもないものに対しての諦めみたいな。なんでそうなってしまうんだろうみたいな。

せめて全くそういう気持ちの範疇にない人たちと接しているときぐらいは、どろどろした嫉妬とか、決して超えられない誰かのこととか、あるいは肉体的に結ばれることを必須とした人間関係とか、日々を過ごしている間は忘れていたい。どうしたって汚い感情に向き合わなきゃいけないから苦手なだけなのだろうけど、それでも。澄ました顔を取り繕おうと必死だけど、それこそ不幸なことに負けず嫌いに生まれてしまったのである。

いわゆる恋愛感情を抱いてしまうと、どうしても振り向いて欲しくなる。
でもそれって厚かましいし、自分勝手だ。
自分の能力値を棚に上げてしか話ができない。それって恥ずかしいことだ。
最終的にこの人とどうなりたいんだろうって、展望を見据えてしまうと、全部気持ちを認めてしまうような気になって動悸がする。

もだもだしてしまうし、色んな人に迷惑かけるし、何より自分が大抵虚しい気持ちになるので、極力そういうことは考えないようになっている。
もしかしたら世間で絶食系だの草食系だのと括られる人たちも、そういう傾向があるのだろうか。それならしょうがないよなぁ。恋とか愛とかしんどいだけだもの。

それでもやっぱり絶対的に流麗な身体、崇高な理念を見せられると脳がぶわってなる。性的なとかもはやそういうんじゃないのだ。屈服してしまう。

私はやっぱりまだ他人にも自分にも夢を見ているのかもしれない。
幼稚な承認欲求で精一杯なのだ。

絶食益荒男滑稽譚/絶食系男子/jboy

ある日、絶食益荒男が勃然として雄心兆し、「いざ、かわつるみぞせむ。」とて下穿き脱ぎ去りて、左手に一物、右手にすまほ握りて伏しにけり。例のをかず漁りしに、「何処あなぐれども、こころにかなふものなし。いざ、なかなかにやめむ。」と思いて、脱ぎさりし下穿き履きかけしとき、ふと目に入りし帯心づきて、それ見ることにしき。益荒男履きかけし下穿き再びおろしき。

益荒男、B級AV女優好ましかりき。頂点女優には無し、何とも言はれず魅力覚え取りたりき。其の女優の名は「辰巳ゆい」。益荒男何度や世話になひたりし女優なりき。然し所詮AVなり。益荒男は、「男女みな絡み合ひ、重なり合ふのみの映像にうち過ぎざるならむ。いづれ、一発抜きてぞ止ませたらむ。」と言ひて、再生釦押してすまほ見始めき。

 

磁気式映像記録見始めて驚きけるぞ然はあれど、其は彼女の引退作品なりき。ためしによとは絡みの場面止み、最後の取材に入るに、だういふわけや彼女大粒の涙流したりき。此見たりき益荒男は「嗚呼、なるにうるはしき図ならむ。まさかAV見て、下穿き濡らすぞてはなく、涙にて衣手濡らす日来るには思はざりき。何とも言はれぬ気持ちす。いとをかし。」と言ひて、下穿き履くやと思ひきや、儘別の作品にて「あな、出づ。あな…」と言ひて、あまた抜きけり。

嗚呼、男とは馬鹿なるかな。

 

 

 

 

【現代語訳】

ある日、絶食系益荒男が突然思い立って、「さあ、自慰でもしよう。」と言ってパンツを脱ぎ去って、左手にチン○、右手にスマホを握って横になっていた。いつものようにおかずを漁っているが、「どこを探しても納得できるものがないなぁ。ああ、どうしよう。どれ、いっそのこともう止めてしまおう。」と思って、脱ぎ去ったパンツを履きかけたとき、ふと目に入ったパッケージが気になり、それを見ることにした。益荒男は履きかけたパンツを再び下した。

益荒男は、B級AV女優が好きであった。トップ女優には無い、何とも言えない魅力を感じ取っていた。その女優の名は「辰巳ゆい」。益荒男が何度か世話になっていた女優であった。しかし所詮AVである。益荒男は、「男女が絡み合い、重なり合うだけの映像に過ぎないのだろう。どれ、一発抜いてさっさと終わらせてしまおう。」と言って、再生ボタンを押してビデオを見始めた。

ビデオを見始めて気付いたのだが、そのビデオは彼女の引退作品であった。例によって絡みのシーンが終わり、最後のインタビューに入ると、どういうわけか彼女が大粒の涙を流していた。これを見ていた益荒男は「ああ、なんと美しい光景だろう。まさかAVを見て、パンツを濡らすのではなく、涙で袖を濡らす日が来るとは思わなかった。何とも言えない気持ちがする。大変趣深いなぁ。」と言って、パンツを履くかと思いきや、そのまま別の作品で「ああ、イクイク。」と言って、しこたま抜いたのであった。

ああ、 男ってバカだなぁ。

 

すっかり息切れして/絶食系男子/みかん

女性という生き物は、とてもずるい。僕たち男が、性について、生きることについて、あれやこれやと、端から端まで行ったり来たり、狂ったように考え込んでいるなか、女性という生き物は、僕たちよりも高い所にいて、フフフと笑いながら見下ろして、ヒールをカツカツ鳴らしながら、そして感傷なんて一切ございませんといった風に、蜘蛛の糸を垂らして、僕らが、子供みたいに、暴れながら必死にその糸にしがみつく様を、みんなで楽しくご鑑賞なさっている。だから、女性はずるい。

でも、

僕は、女性と愛し合ったたことがないし、キスも、セックスも、したことがない。僕にとって女性は暴力のようなもので、女性を前にすると、つい刹那主義になってしまう。人間の死を考えてしまうのです。だって、しょうがないじゃないか。女性より男性のほうが感傷的だ、思想がある。だけど、女性にはいつだって敵わない。それは宇宙が出来た時からころからある自明の真理。情欲、そう、情欲とロマンティシズム、矛盾を内包しつつも鼓動を打つ、エロティシズムと愛、もう、勝手にしやがれ。

でも、

僕は恋がしたい。好きな女性に優しくしたい。とにかく大事に大事に、触りたい、そして、優しくしたい。

でも、

自意識が、血に混ざっている。自意識が、手の平、首、お腹、膝の裏で、呼吸をしている。遠くから聞こえる、女性の喘ぎ声。ゆらゆらと揺れる揺り籠の匂いもして、声の方まで走っていくと、男が弾くハープの音だった。垢まみれの愛を首にかけて、ハープの音と共に歌を歌おう。が、あちらこちらに聞こえる女の汚い喘ぎ声が、僕と絡み合って、たまらなく哀しくなって、一人静かに、屋根の無い家に帰って寝た。

でも、

男の死に際は、神様によって、決められている。みんな神様の筋書き通りに、無様に、死ぬ。愛する女性に裏切られ、行き当たりの逃避行、干からびた疲弊感の中、後ろから男に銃で撃たれる。不格好に体を引きずり、10秒ほど経って、倒れる。そしてこう言う、最低だ。

飽食/絶食系男子/奴川

今、断食道場というものが流行っている。山奥にある施設で、飲食を断ちつつヨガなどをして過ごす。だいたい一泊。飲み物はOKというゆるい道場なら二泊三日ほどのプランがあったりもする。いやいや死んじゃうだろ、でも人間は頑丈に出来ているので案外大丈夫らしい。

 

どうせスピチュアルなアレでしょ、と思ったら医学的にもある程度効果が認められているようで、推薦記事がいくつかあった。どうやら、断食は毎日頑張って働いている消化器を休めてくれるそうだ。やっぱりちょっとうさんくさい。でもみんな褒めているからいいものなんだろう、多分。

 

というわけで、世間は断食、つまり絶食に対し寛容だ。批判されるどころか、絶食男子/女子は、健康に配慮できる素敵なピープルとしてテレビに取り上げられちゃったりもする。

 

しかしそれに一文字加えると、世間の評価は一転する。『絶食系男子/女子』に対する評判はすこぶる悪い。彼らに対するあれこれをSNSやらからかき集めてみると、だいたいこんな感じである。

1.自分がモテないのを正当化しているだけでは?
2.絶対に下心がある。キモい。
3.絶食系男子のオトし方♡
4.絶食系女子との付き合い方!

 

なんというか、『絶食系』って褒め言葉ではないんだろうなと思った。当たり前といえばそれまでか。自称するのはイタいんだろうし、他称されるのもちょっと嫌だ。3と4に関してはひどすぎる。おいそこのクソ女、お前はラマダン中のイスラム教徒の口におにぎりを突っ込むのか。

 

でも一方でこんなことも思う。食欲に逆らって疲れた消化器を休めることが出来るのなら、性欲に逆らって疲れた心を休めたっていいんじゃないか。下世話なことを言うなら、食べないと消えない食欲と違って、性欲は他人と関わらずともどうにかなるわけだし。

 

「一日三食は人間本来の機能を考えると食べ過ぎなんです」、と断食道場の人は言っていた。もしかしたら恋愛の食べ過ぎも体に良くないのかもしれない。食べ過ぎたことがないので、よく分からないけれど。

童貞と肋骨/おっぱい/温帯魚

童貞が軽々しくおっぱいについて語ることは許されない。我々にできることは背筋を伸ばした状態で握りしめた拳を突き上げ、どこまでも広がる大空に向かってその名を叫ぶことのみである。

「おっぱい!」

「おっぱい‼」

「おっぱい‼‼」

 

 

書きたかったことがすべて書き終わってしまった。仕方がないので横でXvideoを開いてみたのだが、いつみてもこのサイトは生命力にあふれている。ドパドパだ。今可愛いねえちゃんがもじもじしながら服を脱いでいる。あけっぴろげなのが好きだ。高校生の時に少年ジャンプとプレイボーイはどちらが先に廃刊になるのかとよく考えたものだが、恐らく第二第三のエロ雑誌が表れ消えていくのだろう。滅ばない。滅びさせない。

よくもまあこんなに揺れるものだと見ている。個人的には前から見るアングルより横から見るアングルのほうが好きだ。前から見るアングルだと少し間抜けな感じがしてそれはそれでいいのだが、やはり私としては女性のあの底知れない雰囲気が好きなので形が綺麗に見える横乳がいい。そんなものお前が平面でしか見てないからだと言われそうだが、まあ反論はできない。できないうえで屁理屈をこねるとするならば、それとこれとは別問題なのであると主張したい。主張したいのだ。断固として。現実だろうが画面だろうが、おっぱいは素晴らしい。裸婦画だって何千万と書かれてきていて、コンビニからエロ本がなくなることはこれまで無かった。画面のおっぱいだろうが、そこにいるおっぱいだろうが、等しく愛があるのだ。愛だ。愛の問題なのだ。画面のおっぱいは嫌いか。嫌いならしょうがない。君とはこの点で袂を分かとう。近くのおっぱいのみで満足しているとよい。それが悪いとは言わないが、私はワールドワイドに生きる。ワールドワイドな横乳評論家となって、いつか遠くに生きる君の耳にも届くように努力しよう。

前乳と横乳の命題に戻るのならば、その立体感を出すものとしてブラジャーの存在が欠かせない。ブラジャーと肋骨だ。いやむしろブラジャーの存在によっておっぱいは欠けてしまったと言っても過言ではないだろう。ブラジャーは文明だ。人間はもはや文明から逃れることはできない。存在というものはそれほど重いし、そこから逃げることは不可能だ。しかしだからと言ってそれが恥ずべきことだという訳でも決してない。不完全が完全に劣るなどというのは言葉の綾でしかない。ブラジャーを見ろ。もう一度ブラジャーをその目で確かめろ。良いだろ。最高だろ。おっぱいとブラジャーはお互いを高めあい、より高度な次元にはばたくのだ。罪の味は何よりも濃い。それこそが文明であり、それこそが人間なのだ。翼よ、見ろ。あれがパリの灯だ。パリの灯が照らすおっぱいは、人間という存在そのものの祝福である。よしんば最先端のスマホの明りだ。それはもうもう天使のラッパも絶好調になるに決まっている。ジャズだ、セッションだ、スウィングだ。ぱっぱらぱーのぷーだ。おっぱいが縦に横にと揺れるたびに会場が熱狂する。おっぱいがブラジャーによって隠される。ブラジャーが取り払われおっぱいが我々の前に現れる。音楽の本質は反復と増幅で、それはクラシックもポップミュージックも変わらない。おっぱいを取り巻くすべての世界は波となり我々の感情を揺らすのだ。バッハが何だ。モーツアルトがなんだ。我々はおっぱいさえあれば、ベートーベンだってぶっ潰せる。おっぱい万歳!人類万歳!

全てのおっぱいは美しい。しかしそれは差異がないという訳では決してないのだ。価値とは位置である。だからすべての物質は価値を持つ。報われないおっぱいがあったとして、それでもその存在は素晴らしいということが伝えられるならば、私は何度でもこの拳を突き上げよう。中にはおっぱいを呪う人がいるかもしれない。我々はおっぱいから逃げることはできない。ある点でそれは呪縛である。人間が獣であるように、あるいは機械でもあるように。人生は理想からほど遠く、しかし理想を捨てるには我々はまだ幼い。正誤の問題ではない。あるいはそうだからこそ余計に苦しい。

しかしそれでも私はおっぱいを愛そう。たとえ醜いおっぱいでも無理してそれを慈しもう。男は馬鹿だ。でも男から見れば女だって馬鹿だ。人類は大馬鹿しか居なくて、だからこそ人間は愛という言葉の意味をこれ以上なく素敵に間違えることができる。おっぱいは愛だ。人類は愛と共にあって、きっとこれからもあり続ける。おっぱいと最も遠い童貞だって、こんなに愛を知っているのだ。だからこそ愛そう。おっぱいを、この世界を、そして肋骨を。

「おっぱい‼‼」